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ヨーリア王国の王立学園では卒業式の日を迎えた。
国内外の貴族子女が3年間に亘って通うこの学園。卒業式の後で恒例になっているのが卒業記念パーティだ。快晴の空の下、芝生が青々とした庭園の中に設えられた会場に、煌びやかな衣装を纏った17歳前後の卒業生達が集っている。
友人との歓談に勤しむ者、軽食を頬張るのに忙しい者など色々だ。それぞれに思い思いの時が流れて行く。
ところが和やかな雰囲気を切り裂くように、怒声にも似た声が響いた。
「キセンセシル・コンヤハーキ!」
急に名前を呼ばれて驚いた当人は、友人との歓談の合間に頬張っていた軽食をごっくんと飲み込んだ。とととととと、胸を叩く。再度ごっくんと喉を鳴らし、小さく息を吐く。危うく窒息するところであった。
しかしそんなことはおくびにも出さず、優雅な手付きでナプキンで口を拭いてから振り返る。
果たして、佇んでいたのは彼女の婚約者たるこの国の王子だった。あろうことか、彼女と言う婚約者が居ながら、別の卒業生の女性と腕を絡ませながらの登場だ。
キセンセシルは目を瞠った。驚くべき恥知らずが目の前に居るのだ。
「まあ。クースデルセ・ホーニートデア殿下ではいらっしゃいませんか。何か御用でしょうか?」
「他でもない。貴様との……」
「それよりも先に! お隣でぷるぷる震えてらっしゃるピンクの髪のご婦人はどなたでございましょう?」
一度は用事を尋ねてみたものの、キセンセシルは不穏な予感に王子の言葉を遮って、重ねて質問した。
途端に、王子は不敵な笑みを浮かべた。言葉を遮られたことよりも、女性について尋ねられたことに胸を弾ませているらしい。頭の中が一面の花畑に変わったと見える。
「それを訊くか。まあ良い。教えてやろう! 彼女こそシーリー、元いシーリガルテ・ハシターナー。余が生涯の妻と定めた女性だ!」
「左様でございますか」
大方そんなことだろうと考えていたキセンセシルは、凪いだ湖の水面のように平板な声で言った。
それをクースデルセはショックを受けてのものとでも判断したのだろう。ますます不敵な笑みを深くする。そして、鷹揚さを気取って頷きながら口を開く。
「理解したであろう? この場にて、貴様との……「婚約破棄いたしますわ!」
キセンセシルは皆まで言わせずに、婚約破棄を叩き付けた。婚約は政略によるものだから、婚約者との間に愛情は無い。王族などと言う面倒な立場も避けたかった。だから、婚約破棄も躊躇わない。
「なに!?」
クースデルセの驚きの声。言葉を被せられるだなんて、夢にも思っていなかったのだろう。
一方のキセンセシルは顎を突き上げる。
「おや、お耳がお悪うございますか? 殿下との婚約を解消すると申し上げたのでございます。婚約破棄ですわ!」
「貴様! それはこっちの台詞だ!」
「あらまあ、これは異なことをおっしゃいますこと。そしてまたおつむもお弱い」
やはりそうだったかと、キセンセシルは機先を制し得たことに安堵する。婚約者に浮気されたことも、世間体的には無様なことだ。しかし、浮気した婚約者から婚約破棄を、それも公衆の面前で叩き付けられる無様はその比ではあるまい。婚約者に捨てられたとの噂が、尾鰭を伸ばしながら社交界を泳ぎ回るのが目に見えている。少なくともその尾鰭を短くすることには成功したのだ。
しかし、そんな安堵はおくびにも出さずにクースデルセを揶揄した。
クースデルセが色めき立つ。
「な! 余を馬鹿にするな!」
「おやまあ、馬鹿にされたのはわたくしではございませんか。公の場で目の前に愛人を連れて来られて、婚約者のわたくしは大層な恥を掻かされました。この恥を払拭するには婚約破棄するよりございません」
キセンセシルはクースデルセの怒声には眉も動かさず、改めて会場隅々にまで通る声で、自らの立場を主張した。いつしか静まり返っていたパーティ会場では、居合わせた皆の視線が二人に注がれている。ここで誤解無きよう、皆の耳に届けておかなければならない。婚約破棄を叩き付けたのは自分なのだと。
「はん! 誰が貴様の思い通りになどさせるものか!」
クースデルセはどうやら、自らの正当性を主張するキセンセシルが気に食わなかったらしい。足を引っ張る方向に舵を切る。
しかしどうやって足を引っ張るつもりか。キセンセシルは首を傾げるばかり。
「ならばどうなさるおつもりですか?」
「知れたこと! 婚約の解消を拒否する!」
国内外の貴族子女が3年間に亘って通うこの学園。卒業式の後で恒例になっているのが卒業記念パーティだ。快晴の空の下、芝生が青々とした庭園の中に設えられた会場に、煌びやかな衣装を纏った17歳前後の卒業生達が集っている。
友人との歓談に勤しむ者、軽食を頬張るのに忙しい者など色々だ。それぞれに思い思いの時が流れて行く。
ところが和やかな雰囲気を切り裂くように、怒声にも似た声が響いた。
「キセンセシル・コンヤハーキ!」
急に名前を呼ばれて驚いた当人は、友人との歓談の合間に頬張っていた軽食をごっくんと飲み込んだ。とととととと、胸を叩く。再度ごっくんと喉を鳴らし、小さく息を吐く。危うく窒息するところであった。
しかしそんなことはおくびにも出さず、優雅な手付きでナプキンで口を拭いてから振り返る。
果たして、佇んでいたのは彼女の婚約者たるこの国の王子だった。あろうことか、彼女と言う婚約者が居ながら、別の卒業生の女性と腕を絡ませながらの登場だ。
キセンセシルは目を瞠った。驚くべき恥知らずが目の前に居るのだ。
「まあ。クースデルセ・ホーニートデア殿下ではいらっしゃいませんか。何か御用でしょうか?」
「他でもない。貴様との……」
「それよりも先に! お隣でぷるぷる震えてらっしゃるピンクの髪のご婦人はどなたでございましょう?」
一度は用事を尋ねてみたものの、キセンセシルは不穏な予感に王子の言葉を遮って、重ねて質問した。
途端に、王子は不敵な笑みを浮かべた。言葉を遮られたことよりも、女性について尋ねられたことに胸を弾ませているらしい。頭の中が一面の花畑に変わったと見える。
「それを訊くか。まあ良い。教えてやろう! 彼女こそシーリー、元いシーリガルテ・ハシターナー。余が生涯の妻と定めた女性だ!」
「左様でございますか」
大方そんなことだろうと考えていたキセンセシルは、凪いだ湖の水面のように平板な声で言った。
それをクースデルセはショックを受けてのものとでも判断したのだろう。ますます不敵な笑みを深くする。そして、鷹揚さを気取って頷きながら口を開く。
「理解したであろう? この場にて、貴様との……「婚約破棄いたしますわ!」
キセンセシルは皆まで言わせずに、婚約破棄を叩き付けた。婚約は政略によるものだから、婚約者との間に愛情は無い。王族などと言う面倒な立場も避けたかった。だから、婚約破棄も躊躇わない。
「なに!?」
クースデルセの驚きの声。言葉を被せられるだなんて、夢にも思っていなかったのだろう。
一方のキセンセシルは顎を突き上げる。
「おや、お耳がお悪うございますか? 殿下との婚約を解消すると申し上げたのでございます。婚約破棄ですわ!」
「貴様! それはこっちの台詞だ!」
「あらまあ、これは異なことをおっしゃいますこと。そしてまたおつむもお弱い」
やはりそうだったかと、キセンセシルは機先を制し得たことに安堵する。婚約者に浮気されたことも、世間体的には無様なことだ。しかし、浮気した婚約者から婚約破棄を、それも公衆の面前で叩き付けられる無様はその比ではあるまい。婚約者に捨てられたとの噂が、尾鰭を伸ばしながら社交界を泳ぎ回るのが目に見えている。少なくともその尾鰭を短くすることには成功したのだ。
しかし、そんな安堵はおくびにも出さずにクースデルセを揶揄した。
クースデルセが色めき立つ。
「な! 余を馬鹿にするな!」
「おやまあ、馬鹿にされたのはわたくしではございませんか。公の場で目の前に愛人を連れて来られて、婚約者のわたくしは大層な恥を掻かされました。この恥を払拭するには婚約破棄するよりございません」
キセンセシルはクースデルセの怒声には眉も動かさず、改めて会場隅々にまで通る声で、自らの立場を主張した。いつしか静まり返っていたパーティ会場では、居合わせた皆の視線が二人に注がれている。ここで誤解無きよう、皆の耳に届けておかなければならない。婚約破棄を叩き付けたのは自分なのだと。
「はん! 誰が貴様の思い通りになどさせるものか!」
クースデルセはどうやら、自らの正当性を主張するキセンセシルが気に食わなかったらしい。足を引っ張る方向に舵を切る。
しかしどうやって足を引っ張るつもりか。キセンセシルは首を傾げるばかり。
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