婚約破棄は先手を取ってあげますわ

浜柔

文字の大きさ
1 / 6

しおりを挟む
 ヨーリア王国の王立学園では卒業式の日を迎えた。
 国内外の貴族子女が3年間に亘って通うこの学園。卒業式の後で恒例になっているのが卒業記念パーティだ。快晴の空の下、芝生が青々とした庭園の中に設えられた会場に、煌びやかな衣装を纏った17歳前後の卒業生達が集っている。
 友人との歓談に勤しむ者、軽食を頬張るのに忙しい者など色々だ。それぞれに思い思いの時が流れて行く。
 ところが和やかな雰囲気を切り裂くように、怒声にも似た声が響いた。

「キセンセシル・コンヤハーキ!」

 急に名前を呼ばれて驚いた当人は、友人との歓談の合間に頬張っていた軽食をごっくんと飲み込んだ。とととととと、胸を叩く。再度ごっくんと喉を鳴らし、小さく息を吐く。危うく窒息するところであった。
 しかしそんなことはおくびにも出さず、優雅な手付きでナプキンで口を拭いてから振り返る。
 果たして、佇んでいたのは彼女の婚約者たるこの国の王子だった。あろうことか、彼女と言う婚約者が居ながら、別の卒業生の女性と腕を絡ませながらの登場だ。
 キセンセシルは目を瞠った。驚くべき恥知らずが目の前に居るのだ。

「まあ。クースデルセ・ホーニートデア殿下ではいらっしゃいませんか。何か御用でしょうか?」
「他でもない。貴様との……」
「それよりも先に! お隣でぷるぷる震えてらっしゃるピンクの髪のご婦人はどなたでございましょう?」

 一度は用事を尋ねてみたものの、キセンセシルは不穏な予感に王子の言葉を遮って、重ねて質問した。
 途端に、王子は不敵な笑みを浮かべた。言葉を遮られたことよりも、女性について尋ねられたことに胸を弾ませているらしい。頭の中が一面の花畑に変わったと見える。

「それを訊くか。まあ良い。教えてやろう! 彼女こそシーリー、元いシーリガルテ・ハシターナー。余が生涯の妻と定めた女性だ!」
「左様でございますか」

 大方そんなことだろうと考えていたキセンセシルは、凪いだ湖の水面のように平板な声で言った。
 それをクースデルセはショックを受けてのものとでも判断したのだろう。ますます不敵な笑みを深くする。そして、鷹揚さを気取って頷きながら口を開く。

「理解したであろう? この場にて、貴様との……「婚約破棄いたしますわ!」

 キセンセシルは皆まで言わせずに、婚約破棄を叩き付けた。婚約は政略によるものだから、婚約者との間に愛情は無い。王族などと言う面倒な立場も避けたかった。だから、婚約破棄も躊躇わない。

「なに!?」

 クースデルセの驚きの声。言葉を被せられるだなんて、夢にも思っていなかったのだろう。
 一方のキセンセシルは顎を突き上げる。

「おや、お耳がお悪うございますか? 殿下との婚約を解消すると申し上げたのでございます。婚約破棄ですわ!」
「貴様! それはこっちの台詞だ!」
「あらまあ、これは異なことをおっしゃいますこと。そしてまたおつむもお弱い」

 やはりそうだったかと、キセンセシルは機先を制し得たことに安堵する。婚約者に浮気されたことも、世間体的には無様なことだ。しかし、浮気した婚約者から婚約破棄を、それも公衆の面前で叩き付けられる無様はその比ではあるまい。婚約者に捨てられたとの噂が、尾鰭を伸ばしながら社交界を泳ぎ回るのが目に見えている。少なくともその尾鰭を短くすることには成功したのだ。
 しかし、そんな安堵はおくびにも出さずにクースデルセを揶揄した。
 クースデルセが色めき立つ。

「な! 余を馬鹿にするな!」
「おやまあ、馬鹿にされたのはわたくしではございませんか。公の場で目の前に愛人を連れて来られて、婚約者のわたくしは大層な恥を掻かされました。この恥を払拭するには婚約破棄するよりございません」

 キセンセシルはクースデルセの怒声には眉も動かさず、改めて会場隅々にまで通る声で、自らの立場を主張した。いつしか静まり返っていたパーティ会場では、居合わせた皆の視線が二人に注がれている。ここで誤解無きよう、皆の耳に届けておかなければならない。婚約破棄を叩き付けたのは自分なのだと。

「はん! 誰が貴様の思い通りになどさせるものか!」

 クースデルセはどうやら、自らの正当性を主張するキセンセシルが気に食わなかったらしい。足を引っ張る方向に舵を切る。
 しかしどうやって足を引っ張るつもりか。キセンセシルは首を傾げるばかり。

「ならばどうなさるおつもりですか?」
「知れたこと! 婚約の解消を拒否する!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

婚約破棄ですか? では、最後に一言申しあげます。

にのまえ
恋愛
今宵の舞踏会で婚約破棄を言い渡されました。

婚約破棄ならもうしましたよ?

春先 あみ
恋愛
リリア・ラテフィール伯爵令嬢の元にお約束の婚約破棄を突き付けてきたビーツ侯爵家嫡男とピピ男爵令嬢 しかし、彼等の断罪イベントは国家転覆を目論む巧妙な罠!?…だったらよかったなぁ!! リリアの親友、フィーナが主観でお送りします 「なんで今日の今なのよ!!婚約破棄ならとっくにしたじゃない!!」 ……… 初投稿作品です 恋愛コメディは初めて書きます 楽しんで頂ければ幸いです 感想等いただけるととても嬉しいです! 2019年3月25日、完結致しました! ありがとうございます!

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

婚約破棄と言いますが、好意が無いことを横においても、婚約できるような関係ではないのですが?

迷い人
恋愛
婚約破棄を宣言した次期公爵スタンリー・グルーバーは、恥をかいて引きこもり、当主候補から抹消された。 私、悪くありませんよね?

婚約者にざまぁしない話(ざまぁ有り)

しぎ
恋愛
「ガブリエーレ・グラオ!前に出てこい!」 卒業パーティーでの王子の突然の暴挙。 集められる三人の令嬢と婚約破棄。 「えぇ、喜んで婚約破棄いたしますわ。」 「ずっとこの日を待っていました。」 そして、最後に一人の令嬢は・・・ 基本隔日更新予定です。

最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる

椿谷あずる
恋愛
婚約者カインの口から、一方的に別れを告げられたルーミア。 その隣では、彼が庇う女、アメリが怯える素振りを見せながら、こっそりと勝者の微笑みを浮かべていた。 ──ああ、なるほど。私は、最初から負ける役だったのね。 全てを悟ったルーミアは、静かに微笑み、淡々と婚約破棄を受け入れる。 だが、その背中を向ける間際、彼女はふと立ち止まり、振り返った。 「……ねえ、最後に一つだけ。教えてあげるわ」 その一言が、すべての運命を覆すとも知らずに。 裏切られた彼女は、微笑みながらすべてを奪い返す──これは、華麗なる逆転劇の始まり。

悪役令嬢だったので、身の振り方を考えたい。

しぎ
恋愛
カーティア・メラーニはある日、自分が悪役令嬢であることに気づいた。 断罪イベントまではあと数ヶ月、ヒロインへのざまぁ返しを計画…せずに、カーティアは大好きな読書を楽しみながら、修道院のパンフレットを取り寄せるのだった。悪役令嬢としての日々をカーティアがのんびり過ごしていると、不仲だったはずの婚約者との距離がだんだんおかしくなってきて…。

処理中です...