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Ⅰ・アルバイトのつとむさん
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川田勉は、化学会社を定年退職して二ヶ月、どうにも時間をもてあましていた。
たまたま妻に付き合って近所の産直野菜の店『はっぱや』に行ったとき、経理スタッフ募集の張り紙を見て、応募してみた。
店長は、父親よりも歳上のつとむに驚いたようだが、四十年以上の経理経験を確認すると、アルバイト採用を決めた。つとむには畑違いの職場だが、通勤、徒歩五分というのが魅力だ。品出しも手伝ってほしいと言われ、翌日の朝八時、農家からのトラックを待った。生まれて初めて身につけるエプロンの紐を結べず、パートの女性に手伝ってもらった。
「川田さん、こっちに夏野菜並べてもらえますか」
店長の声だ。
(夏野菜とは何だ。聞いたこともない)
つとむは、そう思いながらも、ダンボールからトマトを適当に出していった。見るのも嫌なトマトにうんざりする。今まで、野菜などを買いに行ったことがない。妻と買い物に出かけても、自分は本屋などで時間をつぶしていた。
「川田さん、種類と生産者に分けて並べるんです」
後ろからの店長の声に驚く。食わず嫌いしていたトマトが、こんなにもあるとは信じられなかった。大きさも形も違う。赤しかイメージがなかったのに、黄や紫まであるのだ。しかも、それぞれにカタカナの名前までついている。キャベツとレタスは違うのだ。かぼちゃも、芋も、菜っ葉も、ものすごい種類だ。
(俺は八百屋をなめていたな)
第一日目でそう思った。
なんとか二週間が過ぎた。つとむは、暇を見ては野菜の写真を撮り、家で覚えていった。そんなつとむに妻の智恵は声をかけた。
「経理のお仕事ではなかったの?」
「いや、経理をみてるんだけどな、それはまあ簡単なんだけど、小さい店だからそれだけってわけにもいかないよ。なんとか業績も向上させたいし」
(やれやれどこまでも仕事人間だわ)
そう思いながらも、智恵は、生き生きしている夫に、笑いかけた。
「腰痛めないでね。余計なことだけど、あなたに接客だけは無理だからね」
「わかってるよ。あの主婦たち相手に、俺がしゃべれるとは思ってないよ」
つとむも、笑いながらそう言うと、野菜の写真をながめた。
つづく
たまたま妻に付き合って近所の産直野菜の店『はっぱや』に行ったとき、経理スタッフ募集の張り紙を見て、応募してみた。
店長は、父親よりも歳上のつとむに驚いたようだが、四十年以上の経理経験を確認すると、アルバイト採用を決めた。つとむには畑違いの職場だが、通勤、徒歩五分というのが魅力だ。品出しも手伝ってほしいと言われ、翌日の朝八時、農家からのトラックを待った。生まれて初めて身につけるエプロンの紐を結べず、パートの女性に手伝ってもらった。
「川田さん、こっちに夏野菜並べてもらえますか」
店長の声だ。
(夏野菜とは何だ。聞いたこともない)
つとむは、そう思いながらも、ダンボールからトマトを適当に出していった。見るのも嫌なトマトにうんざりする。今まで、野菜などを買いに行ったことがない。妻と買い物に出かけても、自分は本屋などで時間をつぶしていた。
「川田さん、種類と生産者に分けて並べるんです」
後ろからの店長の声に驚く。食わず嫌いしていたトマトが、こんなにもあるとは信じられなかった。大きさも形も違う。赤しかイメージがなかったのに、黄や紫まであるのだ。しかも、それぞれにカタカナの名前までついている。キャベツとレタスは違うのだ。かぼちゃも、芋も、菜っ葉も、ものすごい種類だ。
(俺は八百屋をなめていたな)
第一日目でそう思った。
なんとか二週間が過ぎた。つとむは、暇を見ては野菜の写真を撮り、家で覚えていった。そんなつとむに妻の智恵は声をかけた。
「経理のお仕事ではなかったの?」
「いや、経理をみてるんだけどな、それはまあ簡単なんだけど、小さい店だからそれだけってわけにもいかないよ。なんとか業績も向上させたいし」
(やれやれどこまでも仕事人間だわ)
そう思いながらも、智恵は、生き生きしている夫に、笑いかけた。
「腰痛めないでね。余計なことだけど、あなたに接客だけは無理だからね」
「わかってるよ。あの主婦たち相手に、俺がしゃべれるとは思ってないよ」
つとむも、笑いながらそう言うと、野菜の写真をながめた。
つづく
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