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おとなりパーク
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あー暑い!朝から鼓膜に響いていた蝉までも、鳴くのを止
一人のリビングにクーラーはもったいないと、私は、窓を開け放つ。そよとも吹かない風のかわりに、にぎやかな声が飛び込んでくる。
「キャー、冷たい!ばーばあ、あっくんが水かけたあ」
幼い声に、今年もこの季節になったんだなあと、右隣の西田さんの庭を覗き込む。
「うほーい!かっこいいじゃん、スライダーじゃん」
続いて左隣の東原さんからも、歓声があがった。そちらを背伸びして見ると、庭いっぱいにカラフルなプールが広がっている。
我が家は築三十年の建売住宅だ。この辺りは、同じような家が軒を連ねている。ほぼ同時に越してきた三世帯。西田、中村、東原とマンガのような並びに大笑いして、仲良くなった。年齢も似通っていて、トラブルもまあちょこちょこあったけれど、今となっては笑い話だ。どちらのお宅も、それぞれお孫さんができ、この時期はお里帰りで大賑わいなのだ。
「今年はまた派手になってるよお」
私は、昼寝から起きた夫に声をかけた。
「ふん、ばかばかしい!ばかでかいプール置きゃいいもんでもないだろうが。毎年毎年飽きもせずに。うちの庭まで、水浸しじゃないか」
「いいじゃありませんか、かわいいわよ、お孫さんたち。東原さんの上のお子さん、もう六年生ですって」
私の話など聞こえないふりをして、夫は、苦虫をかんだ顔でテレビをつけた。高校野球の歓声が、よけい暑くする。私は、台所に麦茶を入れに行く。
西田さんの奥さんのいつもよりトーンの高い声がする。
「こんにちはー!暑いわねえ、お互い大変ねえ、今年は六人なのよ、孫。名前間違ってしかられてばっかり。すごいわねえ、お宅のプール。二つ連結なのね!大きなスライダーまで!」
東原さんも大声を出す。
「まあ、お宅こそ!ワニの噴水、迫力満点じゃない。屋根があると、ちびちゃんも安心だし。うちもそういうのにすればよかったな。来年はがんばる!息子たちは孫ほうりこんで、自分たちだけで旅行なのよ!信じられる?四人のお守りで、おじいさんともうへとへと」
両隣の奥さんが、低いフェンスに身を乗り出し、我が家の庭を通り越して叫んでいる。
応援していた故郷の高校が負けて、夫は、テレビを消した。
「つまらん、いい歳してこのくそ暑い中、あのばあさんたちは、何さわいどるんだ。子供のうるさいのはともかく、ばあさんまではしゃぎおって。ここは遊園地か!この分だと来年は、城が建つな」
そう言うと、夫は、あくびをしながら庭に出た。奥さんたちは、ちょこっとお辞儀をすると、そそくさと孫の相手にもどった。玄関から入ってきた大苦虫の夫の手には、エアメールがあった。
「あらっ、直人ね!今はどこかしら?」
ぱっと顔を輝かせた私の前のテーブルに、封筒を投げる。
「全く心配ばかりかけおって、あの放蕩息子が!」
そう言いながら、横目で私の手元を見ながら、またテレビをつけた。
我が家の一人息子は、大学を中退して、写真を究めるとか、浮ついたことを言うと、アメリカに行ってしまった。それから世界中を渡り歩き、ほとんど連絡してこない。
ぎゅっと手紙を胸に押し当てた私は、息子のにおいがついていないかと、ふんふんと鼻を押し付けて、封を切った。
「お元気ですか?ぼくはすこぶる元気です。仕事も順調です。結婚しました。Eliisaです。そして、年が明ける頃には、多分親父になっています。直人」
同封された写真に、かわいくて知的な女性が写っていた。結婚式だろうか、普通のワンピースにベールだけかぶった女性と、殴りたくなるような笑顔の直人が、写っていた。
「えっ、この人!お嫁さん、んまあ!きれいな方、結納も差し上げないで。でも、いったい、なんて読むの?どこの国の人なのよ!」
手紙を夫に押し付けて、私は、リビングをぐるぐる歩きまわった。くすんだフローリングが、雲のカーペットに変わっている。
「全く勝手にもほどがある。何が結婚だ。孫だ」
そう言うと、夫は、ドアをバンッと閉めて出かけてしまった。
日が暮れかけ、ツクツクボウシも鳴きだした。両隣の大騒ぎも一段落したようだ。両家とも、今夜はバーベキューパーティで、またにぎやかなことだろう。我が家は、その香りを頂戴して、素麺で済ませよう。きちんと料理できそうもないもの。そんなことを頭の隅に浮かべながら、私は、ただぼうっと、何度も何度も写真をなでていた。
すっかり暗くなって帰ってきた夫は、大きな包みを抱えていた。開けると、それは、あひるのかたちをしたベビープールだった。
おしまい
一人のリビングにクーラーはもったいないと、私は、窓を開け放つ。そよとも吹かない風のかわりに、にぎやかな声が飛び込んでくる。
「キャー、冷たい!ばーばあ、あっくんが水かけたあ」
幼い声に、今年もこの季節になったんだなあと、右隣の西田さんの庭を覗き込む。
「うほーい!かっこいいじゃん、スライダーじゃん」
続いて左隣の東原さんからも、歓声があがった。そちらを背伸びして見ると、庭いっぱいにカラフルなプールが広がっている。
我が家は築三十年の建売住宅だ。この辺りは、同じような家が軒を連ねている。ほぼ同時に越してきた三世帯。西田、中村、東原とマンガのような並びに大笑いして、仲良くなった。年齢も似通っていて、トラブルもまあちょこちょこあったけれど、今となっては笑い話だ。どちらのお宅も、それぞれお孫さんができ、この時期はお里帰りで大賑わいなのだ。
「今年はまた派手になってるよお」
私は、昼寝から起きた夫に声をかけた。
「ふん、ばかばかしい!ばかでかいプール置きゃいいもんでもないだろうが。毎年毎年飽きもせずに。うちの庭まで、水浸しじゃないか」
「いいじゃありませんか、かわいいわよ、お孫さんたち。東原さんの上のお子さん、もう六年生ですって」
私の話など聞こえないふりをして、夫は、苦虫をかんだ顔でテレビをつけた。高校野球の歓声が、よけい暑くする。私は、台所に麦茶を入れに行く。
西田さんの奥さんのいつもよりトーンの高い声がする。
「こんにちはー!暑いわねえ、お互い大変ねえ、今年は六人なのよ、孫。名前間違ってしかられてばっかり。すごいわねえ、お宅のプール。二つ連結なのね!大きなスライダーまで!」
東原さんも大声を出す。
「まあ、お宅こそ!ワニの噴水、迫力満点じゃない。屋根があると、ちびちゃんも安心だし。うちもそういうのにすればよかったな。来年はがんばる!息子たちは孫ほうりこんで、自分たちだけで旅行なのよ!信じられる?四人のお守りで、おじいさんともうへとへと」
両隣の奥さんが、低いフェンスに身を乗り出し、我が家の庭を通り越して叫んでいる。
応援していた故郷の高校が負けて、夫は、テレビを消した。
「つまらん、いい歳してこのくそ暑い中、あのばあさんたちは、何さわいどるんだ。子供のうるさいのはともかく、ばあさんまではしゃぎおって。ここは遊園地か!この分だと来年は、城が建つな」
そう言うと、夫は、あくびをしながら庭に出た。奥さんたちは、ちょこっとお辞儀をすると、そそくさと孫の相手にもどった。玄関から入ってきた大苦虫の夫の手には、エアメールがあった。
「あらっ、直人ね!今はどこかしら?」
ぱっと顔を輝かせた私の前のテーブルに、封筒を投げる。
「全く心配ばかりかけおって、あの放蕩息子が!」
そう言いながら、横目で私の手元を見ながら、またテレビをつけた。
我が家の一人息子は、大学を中退して、写真を究めるとか、浮ついたことを言うと、アメリカに行ってしまった。それから世界中を渡り歩き、ほとんど連絡してこない。
ぎゅっと手紙を胸に押し当てた私は、息子のにおいがついていないかと、ふんふんと鼻を押し付けて、封を切った。
「お元気ですか?ぼくはすこぶる元気です。仕事も順調です。結婚しました。Eliisaです。そして、年が明ける頃には、多分親父になっています。直人」
同封された写真に、かわいくて知的な女性が写っていた。結婚式だろうか、普通のワンピースにベールだけかぶった女性と、殴りたくなるような笑顔の直人が、写っていた。
「えっ、この人!お嫁さん、んまあ!きれいな方、結納も差し上げないで。でも、いったい、なんて読むの?どこの国の人なのよ!」
手紙を夫に押し付けて、私は、リビングをぐるぐる歩きまわった。くすんだフローリングが、雲のカーペットに変わっている。
「全く勝手にもほどがある。何が結婚だ。孫だ」
そう言うと、夫は、ドアをバンッと閉めて出かけてしまった。
日が暮れかけ、ツクツクボウシも鳴きだした。両隣の大騒ぎも一段落したようだ。両家とも、今夜はバーベキューパーティで、またにぎやかなことだろう。我が家は、その香りを頂戴して、素麺で済ませよう。きちんと料理できそうもないもの。そんなことを頭の隅に浮かべながら、私は、ただぼうっと、何度も何度も写真をなでていた。
すっかり暗くなって帰ってきた夫は、大きな包みを抱えていた。開けると、それは、あひるのかたちをしたベビープールだった。
おしまい
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