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ペーパーナイフへ 倉吉の旅 後編
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次の日の朝も、倉吉はぬけるような青空が広がっていた。予約の時間があるので、『迷婆』してる余裕はなく、タクシーに乗る。向かう先は
『八島農具興業株式会社』
以前、家で倉吉を検索しているときに、たまたまこの会社のホームページに出会った。
『鉄の釘を使ってペーパーナイフをつくろう!鍛冶のお仕事を体験してみませんか?』
(わあ、おもしろそう! でも無理だろうなあ)
好奇心だけあって体力のない私は、それでもこわごわ電話をかけた。相手の方の声はやさしく穏やかに耳に届いた。
「大丈夫ですよ、お手伝いしますし。お待ちしております」
それなのに、予約した日時を体調を崩したためキャンセルしてしまった。
「お体お大切になさってください」
と、変わらない穏やかな声でほっと安心した。
そして、わくわくと今日を迎えたのだ。
この会社のパンフレットには、
≪創業明治30(1897)年。鍛冶町で「稲扱千刀」を製造していたが、昭和48(1973)年に移転、農具を生産している≫
≪人を支える食、その食を支える農、その農を支える道具で社会貢献したい≫
そろりと入って行くと、一人の男性が丁寧に迎えてくださった。大まかな説明の後、横の工場へと案内される。
天井の高い広い工場、色々な機械をきょろきょろと見渡すと、向こうで若い方が何やら作業をしておられる。持って来たヨレヨレの割烹着を身に着ける。予約のときに
「お洋服が汚れるといけませんので」
と注意くださったのだ。その上にお借りした手袋、腕カバーをつける。
五寸ハンマー釘をで叩いて、ねじり、削って、磨いて、私だけのペーパーナイフを作るのだ。
実は私は、釘を打ったことも金づちを持ったこともないのだ。
(できるかなあ。ご迷惑だなあ)
のこのことやって来てしまったことを、今更後悔する。
真っ赤な火が燃えている炉の前でハンマーを握りしめ、気合を入れる。若い社員さんが五寸釘をつかみばしで掴んで炉に入れる。850度から900度あるらしい。
「はい、叩いてください」
金床に置かれた赤くなった釘を叩く。へっぴり腰もいいところだ。釘の頭の部分を平たくつぶす。社員さんが回してくださるので私はただ叩くだけ。また炉に入れる。これを何度も繰り返す。力が弱いからなかなか平たくならない。
(ナイフになるのかなあ。やっと治ったぎっくり腰がどうかでてきませんように)
赤くなった元五寸釘を見つめながら念じる。
(これがいわゆる『焼き入れ』だよねえ)
なんてお気楽に考えていたら、突然、頭の中に小学校で習った『村のかじや』が響いてきた。
♪しばしも休まず槌うつ響き
飛びちる火花よ はしる湯玉
ふいごの風さえ息をもつかず
仕事にせい出す村のかじ屋♪
つい調子っぱずれに小さく口ずさんでしまい、恥ずかしくて、ぼそっと言った。
「こんな歌ご存じですか?」
若い社員さんは、
「いやー、知りませんね」
そう笑顔でおっしゃった。
(文部省唱歌も遠くなりにけりだなあ)
「大丈夫ですよ。次はねじりましょう」
社員さんが挟んでいる反対の方を思いっきりねじる。自分では力いっぱい回しているのだが、そうたやすくはない。案内して下さった(実は)社長さんも、向こうで作業されていたお父様だろうか、年配の男性も来られて、いろいろアドバイスを下さる。
(うわ、こんな迷惑な婆さんに。皆さますみません。すみません。お仕事の手を止めてしまって)
心の中でひたすら謝る。
次は、削る工程だ。社員さんがベルトサンダーに当てるとものすごい火花がパパパーと飛び出す。私もそっとベルトに当てる。
(うわー、すごい、すごい。なんてかっこいいの!私!! 鍛冶屋さんみたい)
たとえ線香花火のような火花がパチパチというだけでも興奮して、鍛冶屋さんに来てそんなことをうきうき考える。
そうしている間に、何とか刃物らしくなってくるではないか。
最後は、研磨剤をつけて、表面をきれいにする。これはすべて社員さんたちがやってくださった。
受け取ったペーパーナイフが愛しくて顔がほころぶ。
お礼を言って事務所へ戻ると、
「お疲れさまでした」
そう言って、お母様だろうか、お抹茶とお菓子を持ってきてくださった。
(疲れたのは私ではなく皆さまだ)
とは思いつつ、口に運ぶ。やはり、慣れないことをして緊張していたのだろう。体中がほぐれていった。
(うわー、おいしい!)
お母様は
「もう一服いかがでございますか?」
そうにこやかにおっしゃった。
私は慌ててお母様にならって上品に答える。
「とんでもございません。お抹茶が頂けるなんてほんとうれしいです」
ここはみなさまなんてやわらかくて暖かな方ばかりなのだろう。事務員さんも笑顔がとびきりすてきな女性だった。
後でブログを拝見したら『鍛冶屋の嫁』と綴っておられたので、奥様だったようだ。
この会社は、きっと『稲扱千刀』の確かな技術を誇りに、日々農具を真摯に製作されているからだろうと思う。倉吉こそのものだろう。
社長さんが、
「これからどちらへ」
「図書館へ行きます。ありがとうございました」
「ここから距離はあまりないけれど、ちょっと不便ですよ。お送りしましょう」
なんと車で送っていただいた。
本当に本当にお世話になりました。
今、私の小さな机の上のペン立てに『マイペーパーナイフ』がある。ねじったところに赤い紐をリボンのように巻き付けてキュートだ。これはお父様のアドバイスによるものだ。
封書が届く度に、にんまりとぺーパーナイフで封を切る。傍で見ているときっと気持ち悪いだろう。
友人の
「倉吉は僕の故郷、いい街ですよ」
の言葉に、納得の今だ。
『八島農具興業株式会社』
以前、家で倉吉を検索しているときに、たまたまこの会社のホームページに出会った。
『鉄の釘を使ってペーパーナイフをつくろう!鍛冶のお仕事を体験してみませんか?』
(わあ、おもしろそう! でも無理だろうなあ)
好奇心だけあって体力のない私は、それでもこわごわ電話をかけた。相手の方の声はやさしく穏やかに耳に届いた。
「大丈夫ですよ、お手伝いしますし。お待ちしております」
それなのに、予約した日時を体調を崩したためキャンセルしてしまった。
「お体お大切になさってください」
と、変わらない穏やかな声でほっと安心した。
そして、わくわくと今日を迎えたのだ。
この会社のパンフレットには、
≪創業明治30(1897)年。鍛冶町で「稲扱千刀」を製造していたが、昭和48(1973)年に移転、農具を生産している≫
≪人を支える食、その食を支える農、その農を支える道具で社会貢献したい≫
そろりと入って行くと、一人の男性が丁寧に迎えてくださった。大まかな説明の後、横の工場へと案内される。
天井の高い広い工場、色々な機械をきょろきょろと見渡すと、向こうで若い方が何やら作業をしておられる。持って来たヨレヨレの割烹着を身に着ける。予約のときに
「お洋服が汚れるといけませんので」
と注意くださったのだ。その上にお借りした手袋、腕カバーをつける。
五寸ハンマー釘をで叩いて、ねじり、削って、磨いて、私だけのペーパーナイフを作るのだ。
実は私は、釘を打ったことも金づちを持ったこともないのだ。
(できるかなあ。ご迷惑だなあ)
のこのことやって来てしまったことを、今更後悔する。
真っ赤な火が燃えている炉の前でハンマーを握りしめ、気合を入れる。若い社員さんが五寸釘をつかみばしで掴んで炉に入れる。850度から900度あるらしい。
「はい、叩いてください」
金床に置かれた赤くなった釘を叩く。へっぴり腰もいいところだ。釘の頭の部分を平たくつぶす。社員さんが回してくださるので私はただ叩くだけ。また炉に入れる。これを何度も繰り返す。力が弱いからなかなか平たくならない。
(ナイフになるのかなあ。やっと治ったぎっくり腰がどうかでてきませんように)
赤くなった元五寸釘を見つめながら念じる。
(これがいわゆる『焼き入れ』だよねえ)
なんてお気楽に考えていたら、突然、頭の中に小学校で習った『村のかじや』が響いてきた。
♪しばしも休まず槌うつ響き
飛びちる火花よ はしる湯玉
ふいごの風さえ息をもつかず
仕事にせい出す村のかじ屋♪
つい調子っぱずれに小さく口ずさんでしまい、恥ずかしくて、ぼそっと言った。
「こんな歌ご存じですか?」
若い社員さんは、
「いやー、知りませんね」
そう笑顔でおっしゃった。
(文部省唱歌も遠くなりにけりだなあ)
「大丈夫ですよ。次はねじりましょう」
社員さんが挟んでいる反対の方を思いっきりねじる。自分では力いっぱい回しているのだが、そうたやすくはない。案内して下さった(実は)社長さんも、向こうで作業されていたお父様だろうか、年配の男性も来られて、いろいろアドバイスを下さる。
(うわ、こんな迷惑な婆さんに。皆さますみません。すみません。お仕事の手を止めてしまって)
心の中でひたすら謝る。
次は、削る工程だ。社員さんがベルトサンダーに当てるとものすごい火花がパパパーと飛び出す。私もそっとベルトに当てる。
(うわー、すごい、すごい。なんてかっこいいの!私!! 鍛冶屋さんみたい)
たとえ線香花火のような火花がパチパチというだけでも興奮して、鍛冶屋さんに来てそんなことをうきうき考える。
そうしている間に、何とか刃物らしくなってくるではないか。
最後は、研磨剤をつけて、表面をきれいにする。これはすべて社員さんたちがやってくださった。
受け取ったペーパーナイフが愛しくて顔がほころぶ。
お礼を言って事務所へ戻ると、
「お疲れさまでした」
そう言って、お母様だろうか、お抹茶とお菓子を持ってきてくださった。
(疲れたのは私ではなく皆さまだ)
とは思いつつ、口に運ぶ。やはり、慣れないことをして緊張していたのだろう。体中がほぐれていった。
(うわー、おいしい!)
お母様は
「もう一服いかがでございますか?」
そうにこやかにおっしゃった。
私は慌ててお母様にならって上品に答える。
「とんでもございません。お抹茶が頂けるなんてほんとうれしいです」
ここはみなさまなんてやわらかくて暖かな方ばかりなのだろう。事務員さんも笑顔がとびきりすてきな女性だった。
後でブログを拝見したら『鍛冶屋の嫁』と綴っておられたので、奥様だったようだ。
この会社は、きっと『稲扱千刀』の確かな技術を誇りに、日々農具を真摯に製作されているからだろうと思う。倉吉こそのものだろう。
社長さんが、
「これからどちらへ」
「図書館へ行きます。ありがとうございました」
「ここから距離はあまりないけれど、ちょっと不便ですよ。お送りしましょう」
なんと車で送っていただいた。
本当に本当にお世話になりました。
今、私の小さな机の上のペン立てに『マイペーパーナイフ』がある。ねじったところに赤い紐をリボンのように巻き付けてキュートだ。これはお父様のアドバイスによるものだ。
封書が届く度に、にんまりとぺーパーナイフで封を切る。傍で見ているときっと気持ち悪いだろう。
友人の
「倉吉は僕の故郷、いい街ですよ」
の言葉に、納得の今だ。
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鍛冶屋をテレビでしか見たことがありませんが、見るからに熱くて大変だなといつも思います。先日、私も里帰りをした折に和釘かペーパーナイフ作りの体験をさせてくれる所へ行ったのですが、猛暑のため中止でした。きっとそこでも五寸釘をやっとこで持ってハンマーで叩いて作るのでしょう。真っ赤な釘を叩く鍛造は力がいるだろうし、思い通りの形にするのも難しそうですが、叩いた後に水の中へ入れて焼きを入れるジュッという音を聞いてみたかった。暑いのは苦手なのでまた機会があっても体験するかどうかはわかりませんが、自分だけの物を作ってみたいという気持ちを思い出させてもらいました。