1 / 1
ハーモニカのつとむさん
しおりを挟む
川田つとむは、誕生日を迎え七四歳になった。「はっぱや」のアルバイトをやめて二年以上が経つ。毎日の散歩の効果か、元気で晩酌も進む。
五月のある日、自治会館の案内板で「ハーモニカ教室生徒募集」のポスターをみつけた。恐る恐る電話すると、全くの初心者でも構わないという。思い切って申し込んだ。しかし、つとむの『音痴』は筋金入りだ。
会社勤めの頃、社員のバス旅行では、つとむが最初に歌うことが暗黙の了解になっていた。バスの中の苦行を終えてから、楽しもうということだった。つとむの歌が終わると、全員安堵のため息を漏らし、それから旅行気分が車内にあふれたのだ。
宴会では、つとむがカラオケのマイクをにぎると、何故か機械がよく故障した。幹事が
「おかしいなあ。さっきまでどうもなかったのに」
などと言いながらあちこち触ったけれどどうも直らない。でも、次の人がマイクを持つと不思議と直ったのだ。つとむが歌うと、トイレがいつもいっぱいになった。誰もがこぞって逃げ込むのだ。歌い終わった頃に宴席は元のようになった。
そのつとむがハーモニカ!
(音痴の元凶のこの耳で大丈夫だろうか)
そう不安がよぎる。
六月から通いだした。月二回で、月謝は二百円、それも会館使用料込みというから驚きだ。しかも遠くから通っておられる先生までが同額の支払いと知り、なお驚いた。つとむは世話人の方にご厄介をかけ、新しいハーモニカを購入し、譜面受けまで用意した。一人前の演奏家ではないか。ちょっとワクワクした。
「おうまのおやこ」「ちょうちよ」で始まった曲も八月の今日、五回目で、十四曲の楽譜を渡された。家で練習するしかない。エアコン苦手のつとむは、窓を開けてブーハーブーハー、近所迷惑だろうと申し訳なく思う。妻の智恵はひたすら耐えている。
九月には「敬老の集い」で演奏するとか。もちろん上手な方が出演され、つとむは客席だ。それを聞いて智恵は胸をなでおろした。高齢の方が体調崩されたら大変だ。「敬老の集い」は、祝う人も祝われる人も、ほとんど年齢差のないのはご愛敬だ。
(あー、また練習が始まった)
童謡から歌謡曲に進歩して、聞こえてくるのは「いつでも夢を」だ。智恵は耐える。しかし、ブーという音がするやいなや、ダラーっと寝そべっていた三匹の猫たちが、一目散に逃げ出すのだ。
つとむはそれでも真剣に吹き続けている。
小学校一年生のカスタネット以来、自分のための楽器を手にするうれしさがあふれる。
何十年も演奏されているサークルの仲間の足をおもいっきり引っ張りながらも、続けていきたいと思うつとむだった。
またつづく(未定)
五月のある日、自治会館の案内板で「ハーモニカ教室生徒募集」のポスターをみつけた。恐る恐る電話すると、全くの初心者でも構わないという。思い切って申し込んだ。しかし、つとむの『音痴』は筋金入りだ。
会社勤めの頃、社員のバス旅行では、つとむが最初に歌うことが暗黙の了解になっていた。バスの中の苦行を終えてから、楽しもうということだった。つとむの歌が終わると、全員安堵のため息を漏らし、それから旅行気分が車内にあふれたのだ。
宴会では、つとむがカラオケのマイクをにぎると、何故か機械がよく故障した。幹事が
「おかしいなあ。さっきまでどうもなかったのに」
などと言いながらあちこち触ったけれどどうも直らない。でも、次の人がマイクを持つと不思議と直ったのだ。つとむが歌うと、トイレがいつもいっぱいになった。誰もがこぞって逃げ込むのだ。歌い終わった頃に宴席は元のようになった。
そのつとむがハーモニカ!
(音痴の元凶のこの耳で大丈夫だろうか)
そう不安がよぎる。
六月から通いだした。月二回で、月謝は二百円、それも会館使用料込みというから驚きだ。しかも遠くから通っておられる先生までが同額の支払いと知り、なお驚いた。つとむは世話人の方にご厄介をかけ、新しいハーモニカを購入し、譜面受けまで用意した。一人前の演奏家ではないか。ちょっとワクワクした。
「おうまのおやこ」「ちょうちよ」で始まった曲も八月の今日、五回目で、十四曲の楽譜を渡された。家で練習するしかない。エアコン苦手のつとむは、窓を開けてブーハーブーハー、近所迷惑だろうと申し訳なく思う。妻の智恵はひたすら耐えている。
九月には「敬老の集い」で演奏するとか。もちろん上手な方が出演され、つとむは客席だ。それを聞いて智恵は胸をなでおろした。高齢の方が体調崩されたら大変だ。「敬老の集い」は、祝う人も祝われる人も、ほとんど年齢差のないのはご愛敬だ。
(あー、また練習が始まった)
童謡から歌謡曲に進歩して、聞こえてくるのは「いつでも夢を」だ。智恵は耐える。しかし、ブーという音がするやいなや、ダラーっと寝そべっていた三匹の猫たちが、一目散に逃げ出すのだ。
つとむはそれでも真剣に吹き続けている。
小学校一年生のカスタネット以来、自分のための楽器を手にするうれしさがあふれる。
何十年も演奏されているサークルの仲間の足をおもいっきり引っ張りながらも、続けていきたいと思うつとむだった。
またつづく(未定)
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
隣のじいさん
kudamonokozou
児童書・童話
小学生の頃僕は祐介と友達だった。空き家だった隣にいつの間にか変なじいさんが住みついた。
祐介はじいさんと仲良しになる。
ところが、そのじいさんが色々な騒動を起こす。
でも祐介はじいさんを信頼しており、ある日遠い所へ二人で飛んで行ってしまった。
青色のマグカップ
紅夢
児童書・童話
毎月の第一日曜日に開かれる蚤の市――“カーブーツセール”を練り歩くのが趣味の『私』は毎月必ずマグカップだけを見て歩く老人と知り合う。
彼はある思い出のマグカップを探していると話すが……
薄れていく“思い出”という宝物のお話。
まほうのマカロン
もちっぱち
絵本
ちいさなおんなのこは
貧しい家庭で暮らしていました。
ある日、おんなのこは森に迷い込み、
優しいおばあちゃんに出会います。
おばあちゃんは特別なポットから
美味しいものが出てくる呪文を教え、
おんなのこはわくわくしながら帰宅します。
おうちに戻り、ポットの呪文を唱えると、
驚くべき出来事が待っていました
そうして、女の子は人形へ戻ってしまいました。
桗梛葉 (たなは)
児童書・童話
神様がある日人形を作りました。
それは女の子の人形で、あまりに上手にできていたので神様はその人形に命を与える事にしました。
でも笑わないその子はやっぱりお人形だと言われました。
そこで神様は心に1つの袋をあげたのです。
おっとりドンの童歌
花田 一劫
児童書・童話
いつもおっとりしているドン(道明寺僚) が、通学途中で暴走車に引かれてしまった。
意識を失い気が付くと、この世では見たことのない奇妙な部屋の中。
「どこ。どこ。ここはどこ?」と自問していたら、こっちに雀が近づいて来た。
なんと、その雀は歌をうたい狂ったように踊って(跳ねて)いた。
「チュン。チュン。はあ~。らっせーら。らっせいら。らせらせ、らせーら。」と。
その雀が言うことには、ドンが死んだことを(津軽弁や古いギャグを交えて)伝えに来た者だという。
道明寺が下の世界を覗くと、テレビのドラマで観た昔話の風景のようだった。
その中には、自分と瓜二つのドン助や同級生の瓜二つのハナちゃん、ヤーミ、イート、ヨウカイ、カトッぺがいた。
みんながいる村では、ヌエという妖怪がいた。
ヌエとは、顔は鬼、身体は熊、虎の手や足をもち、何とシッポの先に大蛇の頭がついてあり、人を食べる恐ろしい妖怪のことだった。
ある時、ハナちゃんがヌエに攫われて、ドン助とヤーミがヌエを退治に行くことになるが、天界からドラマを観るように楽しんで鑑賞していた道明寺だったが、道明寺の体は消え、意識はドン助の体と同化していった。
ドン助とヤーミは、ハナちゃんを救出できたのか?恐ろしいヌエは退治できたのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる