つとむさん その後

はまだかよこ

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ハーモニカのつとむさん

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 川田つとむは、誕生日を迎え七四歳になった。「はっぱや」のアルバイトをやめて二年以上が経つ。毎日の散歩の効果か、元気で晩酌も進む。

 五月のある日、自治会館の案内板で「ハーモニカ教室生徒募集」のポスターをみつけた。恐る恐る電話すると、全くの初心者でも構わないという。思い切って申し込んだ。しかし、つとむの『音痴』は筋金入りだ。

 会社勤めの頃、社員のバス旅行では、つとむが最初に歌うことが暗黙の了解になっていた。バスの中の苦行を終えてから、楽しもうということだった。つとむの歌が終わると、全員安堵のため息を漏らし、それから旅行気分が車内にあふれたのだ。
 宴会では、つとむがカラオケのマイクをにぎると、何故か機械がよく故障した。幹事が
「おかしいなあ。さっきまでどうもなかったのに」
などと言いながらあちこち触ったけれどどうも直らない。でも、次の人がマイクを持つと不思議と直ったのだ。つとむが歌うと、トイレがいつもいっぱいになった。誰もがこぞって逃げ込むのだ。歌い終わった頃に宴席は元のようになった。

 そのつとむがハーモニカ!
(音痴の元凶のこの耳で大丈夫だろうか)
 そう不安がよぎる。
 六月から通いだした。月二回で、月謝は二百円、それも会館使用料込みというから驚きだ。しかも遠くから通っておられる先生までが同額の支払いと知り、なお驚いた。つとむは世話人の方にご厄介をかけ、新しいハーモニカを購入し、譜面受けまで用意した。一人前の演奏家ではないか。ちょっとワクワクした。
「おうまのおやこ」「ちょうちよ」で始まった曲も八月の今日、五回目で、十四曲の楽譜を渡された。家で練習するしかない。エアコン苦手のつとむは、窓を開けてブーハーブーハー、近所迷惑だろうと申し訳なく思う。妻の智恵はひたすら耐えている。
 九月には「敬老の集い」で演奏するとか。もちろん上手な方が出演され、つとむは客席だ。それを聞いて智恵は胸をなでおろした。高齢の方が体調崩されたら大変だ。「敬老の集い」は、祝う人も祝われる人も、ほとんど年齢差のないのはご愛敬だ。
(あー、また練習が始まった)
 童謡から歌謡曲に進歩して、聞こえてくるのは「いつでも夢を」だ。智恵は耐える。しかし、ブーという音がするやいなや、ダラーっと寝そべっていた三匹の猫たちが、一目散に逃げ出すのだ。
 つとむはそれでも真剣に吹き続けている。
 小学校一年生のカスタネット以来、自分のための楽器を手にするうれしさがあふれる。
 何十年も演奏されているサークルの仲間の足をおもいっきり引っ張りながらも、続けていきたいと思うつとむだった。

   またつづく(未定)
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