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8050
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―小説8050(Hachi-Maru Go-Maru)を読んで―
林真理子 新潮社
新聞の広告が目に留まった。タイトルに衝撃を受けたのだ。
「あーこれ、読まなきゃ。でも怖いな」
そう思いつつ図書館予約を入れた。今年の春に出版されたばかりの人気本で、順番待ちは864人。読めるのはたぶん冬だなあと、考えていた。
私の息子は発達障害のトラブルを抱えている。40歳も半ばを過ぎた。だから、この本のテーマは他人ごとではないのだ。
ある日、友人から届いた宅配便の中に、なんとこの本が入っていた。
表紙は木製のドアの絵、その中に引きこもりの息子がいるのだろう。深夜だろうか、ドアから灯りが漏れている。中央に大きくタイトル。白で「80」ベージュで「50」の文字が印刷されている。
ずっしりとした本を手に取って、こわごわ表紙をめくる。目次は「はじまり・苦悩・決起・再会・再生・裁判」とある。
「うわー、やっぱりなかみも重たそう」
そう思いつつも読み始める。397ページ。結局一気に読んだ。予想していたように、引きこもりの息子をかかえた家族の様子がリアルに描かれている。歯科医師の父親目線で語られ、驚きや、叱責、懇願、諭し、怒りなど様々な感情に襲われる。そして、順風満帆に見えていた家族はバラバラになっていく。
私は、途中で「もう読みたくない」そう思うことも度々だった。でも目はページを追ってしまう。
家庭内暴力の場面では、ドキドキして本を閉じてしまったこともある。
『家庭内暴力』は悲惨だ。障碍者の家族会や『引きこもりの親の会』に参加したことも何度もある。
ある時、一人のお母さんが顔に青あざを作って腕に包帯をして現れた。息子さんのことを少し聞いていたので、痛ましくて直視できなかった。彼女は会が終わると、大きなキャリーバッグを引いてトボトボ帰って行った。
「私が家を出るの。息子を置いて。そうでもしないともう暮らせないのよ。息子のためにね」
そう言い残して。
「どうしておられるかなあ。息子さんの暴力治まったかなあ」
それ以来出会っていない彼女のうつむいた顔を思い浮かべた。
私が参加した会に出席していた親はみんな疲れ果てていた。静かに話している途中涙ぐんでしまう人も多い。それでも、「自分だけではない」そう確かめるためにその場にいる。経済的に厳しい家庭も多い。正に『8050問題』だ。
はっと気づくと、眉根にしわを寄せてため息をついている自分がいる。ずっと鉛のかたまりを胸に抱えて暮らしているようだ。息子は引きこもりではないし、労働意欲も高い。しかし、コミュニケーションがうまくいかず、仕事が長続きしない。直面する問題はいつも過酷で、神経をすり減らしている。支援者も規則と時間に縛られ、十分寄り添うのは難しいようだ。相性もあるし、なかなかうまくいかない。立ちはだかる壁は高く厚く、しかも棘だらけだ。息子の生きづらさを思うと、ただただつらい。
息子と暮らしていると、目の前の80歳からをどう乗り超えようかと、落ち込んでしまう。体力気力の衰えを痛感する日々、認知症の恐怖もある。息子が一人で暮らしていく準備をしなければならないのに遅々として進まないのだ。夫が先に亡くなったときの家計、私が先に亡くなったときの二人の関係。頭を抱えてしまうが、くよくよしていても仕方がない。息子の自立へ向かって今しなければならないことは山積みだ。ただ焦らずにと、自分を戒めている。もう何度も失敗を繰り返して来たのだから。
この本のラストは希望が見える。家族それぞれが悩み、傷つきもがいた長い長い真っ暗なトンネル。やっと、出口が見つかったのだ。そのため体も心もずたずたになったけれど、息子を想う父親の真剣さが道を開いていった。
私は、フーと息をはきながら本を閉じた。
その裏表紙は落ち着いたベージュの地に表と同じ『8050』の文字。でも、目の錯覚を利用して、その『50』は少し静かな色に見える。
「暗示かしら」
そう思いながらその『50』をそっとなでた。
私の『8050』に向かっての決意を固めさせてくれた本だった。
林真理子 新潮社
新聞の広告が目に留まった。タイトルに衝撃を受けたのだ。
「あーこれ、読まなきゃ。でも怖いな」
そう思いつつ図書館予約を入れた。今年の春に出版されたばかりの人気本で、順番待ちは864人。読めるのはたぶん冬だなあと、考えていた。
私の息子は発達障害のトラブルを抱えている。40歳も半ばを過ぎた。だから、この本のテーマは他人ごとではないのだ。
ある日、友人から届いた宅配便の中に、なんとこの本が入っていた。
表紙は木製のドアの絵、その中に引きこもりの息子がいるのだろう。深夜だろうか、ドアから灯りが漏れている。中央に大きくタイトル。白で「80」ベージュで「50」の文字が印刷されている。
ずっしりとした本を手に取って、こわごわ表紙をめくる。目次は「はじまり・苦悩・決起・再会・再生・裁判」とある。
「うわー、やっぱりなかみも重たそう」
そう思いつつも読み始める。397ページ。結局一気に読んだ。予想していたように、引きこもりの息子をかかえた家族の様子がリアルに描かれている。歯科医師の父親目線で語られ、驚きや、叱責、懇願、諭し、怒りなど様々な感情に襲われる。そして、順風満帆に見えていた家族はバラバラになっていく。
私は、途中で「もう読みたくない」そう思うことも度々だった。でも目はページを追ってしまう。
家庭内暴力の場面では、ドキドキして本を閉じてしまったこともある。
『家庭内暴力』は悲惨だ。障碍者の家族会や『引きこもりの親の会』に参加したことも何度もある。
ある時、一人のお母さんが顔に青あざを作って腕に包帯をして現れた。息子さんのことを少し聞いていたので、痛ましくて直視できなかった。彼女は会が終わると、大きなキャリーバッグを引いてトボトボ帰って行った。
「私が家を出るの。息子を置いて。そうでもしないともう暮らせないのよ。息子のためにね」
そう言い残して。
「どうしておられるかなあ。息子さんの暴力治まったかなあ」
それ以来出会っていない彼女のうつむいた顔を思い浮かべた。
私が参加した会に出席していた親はみんな疲れ果てていた。静かに話している途中涙ぐんでしまう人も多い。それでも、「自分だけではない」そう確かめるためにその場にいる。経済的に厳しい家庭も多い。正に『8050問題』だ。
はっと気づくと、眉根にしわを寄せてため息をついている自分がいる。ずっと鉛のかたまりを胸に抱えて暮らしているようだ。息子は引きこもりではないし、労働意欲も高い。しかし、コミュニケーションがうまくいかず、仕事が長続きしない。直面する問題はいつも過酷で、神経をすり減らしている。支援者も規則と時間に縛られ、十分寄り添うのは難しいようだ。相性もあるし、なかなかうまくいかない。立ちはだかる壁は高く厚く、しかも棘だらけだ。息子の生きづらさを思うと、ただただつらい。
息子と暮らしていると、目の前の80歳からをどう乗り超えようかと、落ち込んでしまう。体力気力の衰えを痛感する日々、認知症の恐怖もある。息子が一人で暮らしていく準備をしなければならないのに遅々として進まないのだ。夫が先に亡くなったときの家計、私が先に亡くなったときの二人の関係。頭を抱えてしまうが、くよくよしていても仕方がない。息子の自立へ向かって今しなければならないことは山積みだ。ただ焦らずにと、自分を戒めている。もう何度も失敗を繰り返して来たのだから。
この本のラストは希望が見える。家族それぞれが悩み、傷つきもがいた長い長い真っ暗なトンネル。やっと、出口が見つかったのだ。そのため体も心もずたずたになったけれど、息子を想う父親の真剣さが道を開いていった。
私は、フーと息をはきながら本を閉じた。
その裏表紙は落ち着いたベージュの地に表と同じ『8050』の文字。でも、目の錯覚を利用して、その『50』は少し静かな色に見える。
「暗示かしら」
そう思いながらその『50』をそっとなでた。
私の『8050』に向かっての決意を固めさせてくれた本だった。
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