真ちゃんは紙芝居屋になりたかった

はまだかよこ

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真ちゃんは紙芝居屋になりたかった

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  チョンチョンチョーン!
 拍子木の音が、八幡さまの方から聞こえてきた。登っていたクスノキのてっぺんから、おじさんの茶色いしなびた帽子が動いていくのが見える。五年生の真一は、シューっと下りてくると、全速力で走った。
 昭和三十年、テレビがまだまだ憧れだった時代、子どもたちの一番の楽しみは、学校が終わった頃やってくる紙芝居だった。
 鳥居の前に、古びた自転車が留められていた。そのまわりには、もう何人かが集まっている。
 チョンチョンチョーン!
 おじさんが、拍子木を打ちながらもどってきた。自転車の荷台には大きな木の箱が乗っている。おじさんは、上の枠を立てて紙芝居の舞台を作った。まず、上の引き出しから紙芝居を取り出して横から差し込む。それは、前で見る小さい子のために、少し傾けてあるのだ。この前の続きが気になって仕方がない子供たちは、表紙の絵をじっと見つめていた。そこには、ざんぎり頭に異様に大きな目、二本の出っ歯というおぞましい姿の男の子が描かれている。
「わあ、コケカキイキイや、どないなんねんやろ」
「いや、またこわいのんや」
 真一の妹、洋子とその友だちがさわいでいた。おじさんは、肩から掛けた拍子木を、三段になった真ん中の引き出しにしまった。小さなドラも入っている。そして、下の引き出しを開けると、子どもたちが一斉にのぞきこんだ。引き出しの中は仕切られて、水あめや、酢昆布、せんべいなどがぎっしり入っている。今日は何にしようか、どの顔も真剣だ。決めた子が、鼻水をセーターの袖で拭きながら、五円玉を差し出した。

 洋子は一大決心をしたように、型抜きを買った。三センチ四方の薄い型に絵が描いてあり、その絵をうまくくりぬくと賞品がもらえるのだ。黄色く色づいた銀杏の木の根元に座った洋子に、真一は声をかけた。
「洋子、兄ちゃんがぬいたろ。絶対失敗せんから、ええもんがもらえるで」
「いやや、自分でする。兄ちゃんは自分のお金で買うたらええやん」
「いや、ちょっとな、菓子屋でついくじ引き買うてもたんや」
「うわ、ただ見する気!お母ちゃんに言うたる」
「ごちゃごちゃ言わんと貸せ」
「いやや、わー」
 真一は、取り上げた型を抜き始めた。竹べらをなめなめ集中する。あと一か所、ウサギの耳の付け根で力が入りすぎた。
「あっ、かんにん。割れてもた」
「うわーん、私のん、うわあん!」
「この割れたん食べとき」
「これおいしないもん。お母ちゃんが、でんぷん粉と砂糖だけやて言うてた」
 おじさんが、うすよごれたタオルで手をふきながらこっちへゆっくりやって来て、真一の肩に手を乗せた。
「これこれ、兄ちゃんが妹泣かしたらダメじゃないか。新しい時代の男は女にやさしくするんだぞ。さあ、もう始めるよ」
「おっちゃん、兄ちゃんね、おこづかい使うてもてね、ただ見やねん」
 涙を拭きながら、洋子は、おかっぱ頭を揺らして、怒りをぶつけた。おじさんは、顔のしわを深くして笑うと、言った。
「まあしかたないか。次は買ってくれよ。後ろで見てくれな」
 真一は、坊主頭をかきながら、すごすご後ろにまわった。
「ここからやと、見にくいなあ」
 そう言いながら、ぐるっと首を回した。
「あれっ、徹やないか。なにしとん?お前んとこ大きな家で金持ちやのに、なんでただ見なん?」
「しー、お母さんがおこづかいくれないんだ。不衛生なもの買ってはいけませんって」
 同じクラスの徹が恥ずかしそうに、小さな声で言った。
「かわいそうやなあ。そんでも、おやつとかどないするん?」
「お母さんが、クッキーとかプリンとか作ってくれるんだけどね」
 そう言ってうつむいた。
「あれ、正雄もおったん?妹とただ見か?」
「おうー、真一。おれんとこな、母ちゃんの内職の手間賃が入った時だけ、十円もらえるんや。今日はあかん日。そやからただ見席や。あははは」
「そうか、ただ見席にもいろいろおるんやなあ。おれな、紙芝居屋になるから、そしたら、ただでどんどん見せたるからな」

 ワイワイ騒がしい声も、
 ガガーン
「コケカキイキイ!」
 おじさんの甲高い声が、ドラの音とともに耳に届いたとたんに消えた。どの子もソースの付いたせんべいや、白く練りかけた水飴を持ったまま、口を開けて見入る。手を握りしめる。しばらく、おじさんの声だけが響いていた。
「コケカキイキイの運命やいかに!続きは明日のお楽しみー」
 そう言いながらおじさんは、厚い紙を引き抜いてしまう。
「うわ、どないなるんやろ」
「おっちゃん、コケカキイキイ助かるよね」
「さあどうかな、明日のお楽しみい!はい、では、なぞなぞ始めます。これは、小さい子用なので大きい子は言っちゃだめだぞ。分かった子は手上げて」
 当てるとせんべいがもらえるから、みんな必死だ。
 その後は、『チョンちゃん』という短い楽しい話で終わった。
 おじさんは、自転車にくくっていた箒とちり取りを取り出して、すばやく掃除をすませると、
「ぼくら、早く帰れよー」
 そう言い残して、ギーコギーコ、古びた自転車をこいで行ってしまった。
 
 冬休みが終わろうという日、真一はお母さんと洋子と、電車で五つ向こうの親戚の家に出かけた。お昼ご飯が済むと、大人ばかりの家は退屈で、真一は外に出た。大人の話に目を輝かせて聞いている洋子が不思議だ。遠くから、聞きなれた拍子木の音が聞こえてきた。真一は、ズボンの後ろポケットの十円を握ると駆け出した。
 知らない太ったおじさんが、同じように自転車の舞台を立てている。ソースせんべいを買って食べていると、横で、小さい子が水あめを落として、泣いた。
「こら、拾とけよ。チリ紙ないんか。チッ」
 そのおじさんは、舌打ちをしてチリ紙を乱暴に渡した。
(僕らが見ているおっちゃんとえらい違いや。前、落とした子に代わりの水あめ、あげとったもんな)
 知らない子ばかりの中で見る『鞍馬天狗』はあまり面白くなかった。
(まあ続きもんやからしゃあないな)
 そう思ったけれど、原因はそうでないことを知っていた。そのおじさんは、
「おいこら、ただ見の子は向こうへ行け」
 そう言って追い払っていたからだ。
 
 次の日、また、八幡さまの前でおじさんの紙芝居を見た。終わると、真一は、自転車にくくっていた箒を持った。
「ぼく、手伝うわ」
「おー、いつものぼくじゃないか、ありがとう。助かるよ」
「ぼく、紙芝居屋のおっちゃんになりたいねん」
 履きながら、真一は話した。
「そうかあ、どうして?」
「絵描くのが好きやし、あんな話作ってみたい。自転車もお菓子も好きや」
 おじさんは大笑いをして、真一の坊主頭をぐりぐりなでた。
「悪いことは言わない。やめなさい」
「おっちゃんが絵描いてるんやろ?」
「違う、違う。借りてるだけだよ。一度に借りるお金ないから、毎日返して借りてるんだ。おっちゃんは、貧乏でどうしようもない」
「紙芝居屋は、あんまりもうからんのかあ」
「そうだよ、みんな貧乏だ」
「おっちゃんはなんで紙芝居屋してるん?」
 おじさんは、遠くを見てしばらく黙っていた。
「戦争に行って、シベリアいう寒いところで働かされてね、やっと帰ってきたら、家族は誰もいなくなっていたんだ」
「うわー。かわいそう、せっかく帰ってきたのに。おっちゃん、泣いた?」
 おじさんは、無理に笑おうとしたけれど、うまくいかず、口の端をゆがめた。
「絵元さんが、昔の友だちやったから、仕事させてもらって、今はそこの二階の部屋借りてるんだ」
「絵元さんて?」
「絵描きさんに頼んで新しい話を描いてもらうのが仕事なんだ。それに厚紙を張ったり、ラッカー塗ったりして紙芝居に仕上げするんだ。古い紙芝居を修理して貸し出すのも仕事。お菓子の卸もしてるから、紙芝居屋ほど貧乏じゃないけれどね」
「うーん、ぼく、決めとったんやけどなあ。画用紙でいっぱい紙芝居描いてるんや。妹は、全然面白ないて言うけどな」
「おっちゃんもね、紙芝居は好きだよ。君たちがじっと見ててくれると、とてもうれしんだ。でもね、この仕事には未来がないよ」
「こんな面白そうな仕事ないと思うけど、あかんの?」
「いやいや、今君と話してるとか、楽しいこともあるけどね」
 それからも、真一は、おじさんと仲良くなって、小さい子の世話をしたり、掃除をしたりした。でも、
「紙芝居屋はやめとくんだよ」
 それがおじさんの口癖だった。
 
 紙芝居が一番好きだった真一だけれど、近所に貸本屋ができると、漫画に夢中になった。
 そして、ついに、真一の家にテレビがやってきた。動き回る画面は、もう面白くてたまらず、叱られるまでずっと見ていた。
 拍子木の音が聞こえても、飛び出すことが少なくなっていった。

 
 中学生二年になった真一が、八幡さまの前を通りかかったとき、あのおじさんがいた。その日は、毎日ある野球部の練習がなくて、早く帰って来たのだ。おじさんの自転車の前の子どもたちも、ほんの数人しかいなかったし、おじさんも、なんだかしぼんだみたいだった。
 真一が立ち止まっていると、紙芝居を終えたおじさんが、にっこり笑った。
「ぼく、大きくなったねえ、見違えたよ」
「なんかお久しぶりです」
 恥ずかしそうに、ぺこりと帽子をとった真一に、
「将来の夢は決まったか?」
 そう笑いながらきいた。
「おれ、今、車に夢中で、車造る仕事したいなあっと思てます」
 そう言うと、おじさんは顔中をしわにして笑った。
「それはいいなあ。車は今からのものだ、未来が詰まってる。しっかり勉強してがんばれよ」
 それからしばらく黙っていたけれど、拍子木を取り出すと、
「おじさん、今日で、これで、最後なんだ。体こわしてね、田舎の親戚に世話になることにしたんだ。君に会えてよかったよ。ほんとによかったよ。これ、プレゼント。じゃまになるだけかな。いらなければ捨ててくれ」
 そう言って、拍子木を真一の手に乗せると、自転車にまたがった。
 ギーコギーコ
 すっかりスピードの遅くなった自転車が遠ざかっていく。真一は、拍子木を打ってみた。
 チョンチョン
 洋子が、豆腐屋さんへのお使いの帰りだろうか、鍋を持って路地を横切ったとき、
「また、あほなこと」
 そう言って、ぎろっと真一をにらんだ。
 チョンチョンチョーン
 それは、おじさんのような澄んだ音ではないけれど、静かに夕焼けに消えていった。

   おしまい
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