神は絶対に手放さない

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神は絶対に手放さない

42、今後の展望

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「ちょっと染井川さん、あんたもちゃんと結界張って下さいよ」
「当て馬にされて凹むくらいなら下手に手ぇ出さなきゃいいのに」

 背を向けた森さんや蛍吾たちが騒がしい中、ぐすぐすと泣く志摩宮が落ち着くのを待つ。
 しばらく頭を撫でていてやると、志摩宮は不意に泣き止んで顔を上げた。眉を顰めて唇を尖らせる様は、拗ねた子供のようだ。可愛い、と思わず上がった頰を抓られてしまう。

「……俺にも、させて下さい」
「ん?」
「撫でて、頭にちゅー」

 染井川さんがやった事をしたい、と言われて首を傾げた。

「口にじゃなくていーの?」
「わああ、ちょっ、染井川さん結界切らさないで!!」
「あんたよくその豆腐メンタルで静汰苛めてたな!?」
「ちょっと仲良くなれたからって希望持ちすぎですよ童貞ですか!」
「…………」
「結界から出るな! 死ぬ気か!!」

 後ろ、騒がしいぞ。
 俺の頭越しに後ろをチラッっと見た志摩宮が、恐らくは染井川さんを睨んでいた。

「それもしますけど。……なんか、静汰の頭が汚れた気がして」

 確かに染井川さんは変質者だけど、そこまで言うと可哀想な気がする。気を持たせる気は無いけれど、だからって傷付けたくも無いんだけど、と志摩宮を窺うと、彼は困ったように眉根を下げた。

「そろそろ本気で諦めてもらえないと、いつか取られるんじゃないかと不安で……。静汰、流されやすいから」

 流されやすいのを裏手に取って最初に手篭めにしたのはお前だろうというのは飲み込んだ。志摩宮の喉元へ頭を下げてやり、「やりたいならどーぞ」と促す。
 早速俺の頭ごと抱き締めてきた志摩宮は、後頭部を何度も撫でて頭頂部に口付ける。
 好きが溢れてるみたいな熱烈な撫で方をしてくる志摩宮の所為で、染井川さんの行為がひどく物悲しい手だったのに気付いた。触れられただけでいい、みたいな顔をしていた。少しだけ胸が痛む。

「静汰」

 呼ばれて顔を上げると、唇にキスが落ちてきた。一度目は触れるだけで離れたそれが、二度目に舌を入れてこようとして、すぐに引っ込む。

「……?」
「人前なので」

 志摩宮の常識と非常識の境目が分からない。が、別に俺も見せつけたい訳でもないのでそれ以上は望まない。
 もう志摩宮は落ち着いたようだったので、彼の背を叩いて立ち上がった。
 さて、さっさと例の呪物をどうにかしよう。床に落ちたままの布袋は、そこにあるだけで強烈な邪気を撒き散らして場を澱ませていた。森さん達は結界を張ったままで、触れなければ令慈のようにはならないだろうが、結界が解けた瞬間に苦しんで死ぬ事になるのだろう。

「染井川さん、これまだ使う?」
「いや、そんなもんもう俺が持ってられねぇ。使い切りだ」
「じゃあ浄化しちゃうね」

 持ち主の染井川さんに了解をとってから、それに手を伸ばす。
 さっきを思い出して息を飲んだ志摩宮を軽く振り返り、大丈夫だと目で頷いた。
 依代になった俺は、もう神様と繋がっている。という事は、神様の力を自分の力としてそのまま使える筈だ。神様の力を貸してもらう為の経なぞもう必要ない。ただ、『それ』を浄化したいと思うだけでいい。

「……!」
「うわっ!」
「ひゃっ」

 ぶわ、と指先から閃光が漏れ出し、呪物に注がれた。加減が分からず、初めてシマミヤに経を詠った時の如く目を焼く眩しさにその場の全員から悲鳴が上がった。染井川さんに「加減しろクソガキ!」と罵られ、案外元気な事に少し安心した。
 光が収まってから確認すると、指で触れた布袋からは浄化によって一瞬で邪気が祓われていた。呆気無さ過ぎて、自分でも驚いてしまう。包まれた布をくるりと剥がしてみると、中から白くて細長い石のような物が出てきた。

「これが、呪物……?」
「両面宿儺の足の指だ」

 不思議がる俺に、染井川さんがそれが何かを教えてくれるが、生憎そう言われても俺には分からない。リョウメン……妖怪か何かだろうか。

「あんた何てもん静汰にっ」
「好きな相手になんでそんな物渡せるんですか……」

 蛍吾と森さんがドン引きしているが、浄化が効いたと分かった染井川さんはさっきまでの俺の後ろの騒ぎが嘘のように平然と立ち上がって首を回していた。もしかして、蛍吾と森さんが遊んでいただけで、染井川さんは呆れて黙っていただけかもしれない。
 そう思わせるくらい、染井川さんはいつも通りだ。胸ポケットから煙草を取り出して吸おうとして、ここが学校なのを思い出して肩を竦めてそれを戻す。

「そう言われて買ったんだが、まあパチモンだろうな。呪物としちゃ一級品だからお守り代わりに持ってたんだが、予想以上にヤバかったな」

 煙草吸いてぇから外出るぞ、と踵を返してホールから出て行く染井川さんを先頭に、部下の人たちはぞろぞろと外に出て行くようなので、俺達も後について行く。
 志摩宮をふり返ると、自然に手が繋がれた。思わず頰を染めた俺に、志摩宮が嬉しそうに笑った。

「……そういえば」
「はい?」
「お前、神様になんてなりたかったのか?」

 この小ホールに来た時、志摩宮は言っていた。「箱に願えば神様になれるらしい」と。いきなりそんな事を言われても、普通はなりたいと思わないものじゃないだろうか。
 俺が聞くと、志摩宮はまた唇を尖らせてそっぽを向いた。その表情、本当に可愛い。今度写真撮っておきたい。拗ねる表情にキュンとして見惚れる俺に、彼は俺から視線を外したまま答えてくれる。

「静汰が、いつも俺を置いていくから。ほら、静汰、神子がどうのって言ってたし、神になれたら一緒に連れてってもらえるのかなって」
「……」

 志摩宮の答えに、俺は笑顔のまま青褪めた。
 俺の所為で志摩宮を殺すところだった。

「どこにでも連れて行くから、もう危ない物に触ったり変な人に怪しい壺売られても買わないでくれ」
「あ、ほら。またそうやって、俺のこと弱い者扱いして守るつもりで……それ、結構傷付きます」
「えっと……ごめん」

 でも実際俺からしたら弱いし、と言い掛けて、前を歩いていた蛍吾が我慢し切れないみたいに振り返った。

「あのさぁ、イチャイチャするのは帰ってからやってくれるか!?」
「へっ!? ご、ごめん」

 思わず謝ったら、ついでとばかりに質問責めにされる。

「つーかお前、神子じゃなくなってるよな? 加護も無しに、さっきのどうやった? いやその前に、お前死んだよな? 死んだと思ったら急に後ろにテレポートしてるし、あれなんだ? 何がどうなってそうなった!?」

 学校から出ると、もう染井川さん達は車に乗り込んでいた。
 また森さんと沖さんが運転手で、俺たちは森さんの車の方に乗るよう指示される。染井川さんは今度は森さんの横の助手席に座っていて、窓を開けて煙草を吸い始めていた。後部座席に俺と志摩宮と蛍吾が乗り、他の部下の人たちは皆「沖さんの方に乗りたいです」と言って向こうへ乗って出発した。

「静汰くんは志摩宮くんの家に送ればいい?」
「あ、はい」

 森さんに聞かれてた志摩宮が自宅の住所を教えて、それをナビに入力した森さんが行きと同じような危険走行で街中を走り抜けていく。志摩宮が危ないとかそういうの関係無しにこの運転なら、やっぱり教習所に行くべきは森さんだ。

「で?」

 車に乗るタイミングでうやむやに出来るかと思ったが、蛍吾はそう甘くは無かった。逃げ場の無い車内で詰められ、答えに窮していると、隣の志摩宮に手を握られて、彼にまで責められる。

「静汰、俺も、どこまで理解出来るかは分かりませんが、ちゃんと知っておきたいです。答えて下さい」

 仔犬のような顔で寄ってこられて、久々に耳と尻尾の幻影が見える。あ、これも死んだ後シマミヤにやってもらえるのかな、と考えたのは内緒だ。

「……怒んない?」

 絶対怒られる。依代になってきた、なんて言ったら蛍吾は絶対怒る。「んなこと簡単に決めてんじゃねーよッ」ってキレられる。
 だから先に聞いたのに、蛍吾は黙って顎でしゃくった。無言のそれで、俺が何と答えても怒られるのだと理解した。

「し、シマミヤの……俺の神様の、依代になりまして」
「はあ!?」
「魂になった俺に神様が選択肢をくれて、そのまま死ぬか、依代になって生き返るか選べって言われたから、じゃあ依代でー、って」
「軽いわ!!」

 バシ、と後頭部を叩かれ、前のめりになった俺の肩を志摩宮が支えて直してくれる。ありがとう、とそっちを見たら、志摩宮が笑顔のまま蛍吾にキレていた。

「蛍先輩、静汰を叩かないで貰えますか。これ以上馬鹿になったら困ります」
「これ以上なんてねぇよ、上限いっぱいの馬鹿だろ! お前、依代ってなんだか分かってるか? 死んでも魂が神様に囚われたまんま、消える事も許されず未来永劫、神の奴隷だぞ! んな簡単に決めてんじゃねーよっ!」
「奴隷……」

 蛍吾の説明を聞いて一瞬眉を潜めた志摩宮だったが、一度首を傾げてから、唇に手を当てて考える素振りで隠して唇の端を上げた。

「……でもそれ、神様(おれ)な訳ですよね? 死んでも静汰をしばりつけられる訳ですね?」

 含み笑いをする志摩宮に、蛍吾が真顔になって口を閉じた。そして、無言のまま俺の肩を叩く。

「蛍吾、無言はキツい」
「……」
「せめて怒ってくれ」
「……お幸せに」

 もう何も言うまい、と蛍吾は窓の外を見つめて遠い目になってしまった。
 対して志摩宮は、瞳をキラキラさせながら俺の腕にぎゅっと抱き着いてくる。肩口に頭を乗せて俺を見上げる志摩宮の姿勢は若干無理してそうで、こいつまた背が伸びたなと少し苛ついた。

「嬉しいです」
「なにが」
「静汰が、俺とずっと居ることを選んでくれて」
「お前と居るっていうか、生きてお前に会いに戻ろうと思ったらそうするしか無かったっていうか」
「同じですよ」

 そうかな、と言ったら、そうですよ、と返された。そうなのか。

「……蛍吾は、行くとこあんのか」

 俺と志摩宮が黙ったら、それまで煙草を吸っていた染井川さんが吸い止めて蛍吾に話し掛けた。
 そういえば、蛍吾は父が亡くなって妹が失踪中だ。そこまで気が回らず、終わった終わったと安堵していたのが恥ずかしい。

「父さんが住んでたアパートがあるから、しばらくはそこの片付けかな。母さんに連絡とって、沙美の行方探して……やる事山積みだな」
「そうか、お前は詠美さんと連絡とってたのか」
「まあ、離婚したって言ったって母親だしね」

 使えるツテはなんでも使うよ、と蛍吾はなんでもない風に答えて、それに染井川さんは頷いた。

「仕事が必要なら連絡しろ」
「組織無くなったんだよ? 仕事あんの?」
「僕らの班、組織からのお給料だけじゃ生活苦しいから、組織通さないお仕事の方が多いくらいだよ~」

 運転中の森さんも話に混じってきて、真面目に今後の話になった。

「高校の学費は組織から出してたんだっけ?」
「そっすね。貯金的に通えなくは無いけど、仕事しながらってなると面倒かな」
「高校は出ておけ。馬鹿みてーな話だが、中卒の術師より大卒の術師のが信用度が上がって客が付きやすい」
「……大学まで出て霊媒師とかやってる方が馬鹿っぽいけど」
「同感だがそういうもんだ。よっぽど金が無ぇなら支援してやるからテメェもうちで働け、静汰」
「えっ」
「静汰は俺が養うので」
「だったらお前もうちで働け。んで静汰がサボらねぇように見張れ」
「……俺、しばらくはそーゆー怪しいお仕事とは距離置きたいんだけど」
「御大層にも依代様にジョブチェンジしたんだ、使わねぇとかそれこそ大馬鹿だろうが。働け」
「そんな事言って、俺を傍に置いておきたいんじゃないの?」
「……ああ、ならお前は遠征担当にしてやる。愛しの坊主連れて日本中飛び回ってもらおうか」
「えっ、ちょ」
「俺はどこへでもついて行きますよ、静汰」
「そうだな、しばらくは俺の知り合いの組織に声掛けて顔覚えて貰って……依代だって言やあどこでも引っ張りだこだろうから、変な組織に捕まらねぇように補佐として坊主にも色々教える事が……」

 話しているうちにいつの間にか言い包められた俺は、在学中は週末と長期休暇に駆り出され、卒業後に独り立ちを目指す事にされていた。
 蛍吾は染井川班──いや、もう組織が壊滅してしまったから染井川さんを中心とした極小規模組織になるのかもしれないが──に所属させるというのに、なんで俺だけ独り立ちなのかとぶつくさ言ったら、染井川さんが割と本気の声で「近くに居ると襲いそうだから」と言うので志摩宮が速攻で却下する。

「まあ、何かありゃ森か沖に声掛けろ。法律だの手続きだのはやってくれる」
「お金取りますけどね」

 大人の力が必要になったらいつでもお気軽に、と言われて、少し安心した。どうせ神子になるからと深い人付き合いを敬遠してきたが、これからは改めた方がいいかもしれない。
 志摩宮のアパートに到着した車が停車して、俺と志摩宮が降りる。
 蛍吾はまずは母親の実家に行ってみるらしい。

「スマホは! 肌身離さず持ち歩け!」
「はい……」
「ヤッてる最中でも電話は取れ!」
「うっ……それはちょっと」
「大丈夫です、俺が取ります」

 全然大丈夫じゃないぞ志摩宮。
 蛍吾にしこたま叱られた後、車はやはりすっ飛ぶように走り去っていった。

「……そのうち捕まりますよね」
「いや、あれ普通の人には見えないらしい」

 どうやら森さんの運転は志摩宮からしても非常識だったらしいとホッとした。この先どちらかが運転免許をとるにしても、森さんの運転だけは見習うまいと心に決めた。
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