狡猾な狼は微笑みに牙を隠す

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 高校生に混じって封書の振り分けをしたり荷物を検品したりの小間使いインターンは無事終わり、続けて短期バイトをした。街頭でティッシュ配りするやつで、真夏だからか応募が少なかったらしく即日雇われた。
 デカい俺は目立つので、差し出したティッシュはほとんどの女性が受け取ってくれるし、なんなら十個持っていってあげるから連絡先教えて、なんて結婚指輪をした人に揶揄われたりした。
 ノルマを終えれば帰れるから、拘束時間は短く済むし時給換算で結構割が良い。三日目くらいに俺の配布速度が早すぎるからとこっそり物陰から社員の人に覗かれていたらしく「池の鯉に餌やりしてんのかと思った」なんて言われて背中に冷や汗が流れた。
 ティッシュ配りの制服のTシャツから私服のTシャツに着替えて、「お疲れ様です」と社員に声を掛けて退勤する。まだ昼前だから、コンビニで冷やしうどんでも買ってからサークルに顔を出そうかな、なんて考えつつ足早に駅を目指した。
 比較的空いた電車に乗ると、複数の視線が刺さる。スマホに集中するフリでそれらを無視して、早く目的の駅へ着けと念じ続けた。
 大学近くのコンビニまで行ってやっとホッとした。このコンビニはいつも男の店員しかいない。
 冷やしうどんが売り切れていたからトロロ蕎麦を買って大学のサークルの部室の方へ向かった。『ロボットアニメ研究会』と画用紙に油性マジックで書かれたこの部室へは、数少ない部員しか近寄らない。
 部室のドアを開けるといつも通り誰もおらず、むわっとした熱気が顔に膜のように覆ってきて眉を寄せた。窓を全開にして、一番風が通る窓際の床に腰を下ろしてトロロ蕎麦を食べる。
 このサークルへ入ったのも、『誘われたから』だ。大学へ入学してすぐ、サークル勧誘から逃げる為にこの辺を通って帰ろうとしたら、当時は女の部長が俺を見つけて「うちに入りなよ」と声を掛けてきた。それを断れず、そのまま居着いた。男ばかりで居心地が良く、そして何故だかロボットアニメを全く見なくても追い出されない。
 これくらいでいい。普段は男ばかりに囲まれて、たまに女の子の居る所へ行くとモテているような気分になれる、そんな程度で。
 父のような人生は御免だと、蕎麦を啜ったら汁がTシャツに飛んで染みになった。
 父は、底抜けのお人好しで、そしてそれに輪を掛けた女たらしだ。更にそのうえ、抜群に顔が良い。
 俳優と言われれば誰もが信じてしまうような美貌で、自分に寄ってくる女性を顔やら性格やらで選ぶことなく端から全て食べていく。食べてポイなら恨まれそうなものなのだけど、彼は自分からは絶対に捨てない。日々増えていく女の中で、心が折れた女から順に消えていく。
 まさに来るもの拒まず去るもの追わず。
 離婚して生活が苦しいと言われれば家へ呼び、あなたと一緒に居たいと言われれば家へ呼び。
 その結果がどうなるか。出入りの激しい一夫多妻家庭の誕生である。
 俺の母は、父の一人目の奥さんだった……らしい。俺を産んでからしばらくして居なくなったらしく、俺は母の顔も覚えていない。
 五回目の離婚の後くらいに、「誰とも結婚しない方が全員を幸せに出来ると思う」なんて言って、それ以来誰とも結婚せず、『事実婚の妻とその子供』が増えてはいつの間にか減っている。
 一つ屋根の下、戸籍の上でも血縁としても、父の実子は俺だけだった。俺が出来た後からは絶対にゴム無しではセックスしないようになったと、母のうちの誰かが愚痴っていた。
 虐待されていた訳でもなく、誰かしらがいつも俺の世話を焼いてくれていたから、実母が居ないという理由で寂しい思いはしなかった。けれど、小学校に上がる頃には普通の家庭とは環境が全く違うんだというのは薄っすら分かるようになった。普通の家庭では毎回同じ女性が母として授業参観に来ることとか、一軒家に十五人で住むのは変なのだとか。
 家庭環境が原因で虐められたことは無く、学校生活は普通に送ってきた。
 母似の普通の顔のおかげで中学校まではモテとは無縁で、俺は父と違って普通の家庭を築きたいなぁ、なんて漠然とした夢をもっていた。
 なのに、高校に上がった途端、声を掛けられるようになった。最初は父のようにあからさまに恋されて囲まれる訳ではなかったのだけれど、構われたり頼られたり、なんとなく女性が寄ってきた。
 父のようにはなるまいと思いつつも、性欲もあるし生来押しに弱い性格が災いして、一人と付き合ったら雪崩れるように複数に告白され始めた。最初の一人以外は断ろうとしたのに「どうして私じゃダメなの」と泣かれてしまうと駄目で、結局高校の時は何人と同時に『彼氏彼女』の関係だったのか正確に把握出来ていない。
 大学に入ってからは同じ轍は踏むまいと、出来る限り女性との接触を減らして、彼女も作っていない。
 『ぱらどり』さえあれば性欲も満たせるし、ゲーム内ならどれだけ人に優しくしても本気で惚れられたりしない。
 本音を言えば、一人だけと恋愛して結婚して、幸せな普通の家庭を作りたい。奥さんは一人で、その奥さんとの間に子供を作って、普通の、ドラマみたいな一般家庭を作りたい。
 けれど、身近の悪例がいつも脳裏にチラついて、俺には無理なんじゃないかと諦め半分でもある。
 せめて背が低いまま伸びないでくれていたら、女性の視線を惹き付けるひょろ長いこの背が無ければ、こんな風に逃げ回るような真似をしなくて済んだかもしれないのに。
 ああ、駄目だ、駄目だ。
 嘆いたって仕方の無いことで、それについて考えるのはただの時間の無駄だ。どんなに考えても、俺のこれまでの環境も体質も変わったりはしないんだから。
 昼食を食べ終えて、伸びをしてから立ち上がって窓を施錠した。






「……あ」
「あれ」

 目が合った瞬間、踵を返して走った。
 どうしてヤジが『電車痴漢ルーム』に居るのか。
 こころを探して窮屈な電車内を移動していたら、小柄な美少年とプレイ中のヤジと目が合ってしまった。このアバターの俺を追ってはこないだろうが、彼に言われた事を思い出すと苛立って、早くその空間から去りたくて結果的に走っていた。

「イサトくん!」

 呼ぶ声がする。なんで俺に声を掛けてくるのか。というか、よく声が掛けられるな。
 次の車輌に移動したら、それまでよりぎゅうぎゅうに混み合っていた。どうやら中のプレイヤーがオプションを満員に変えてプレイしているらしい。
 横切りたいだけだからどうか許して、と思いながらNPCの隙間に身体を捻じ込ませて移動していると、指の先を掴まれた。なんだ、と指を見れば、俺のそれを掴んでいるのはヤジだった。もはや懐かしい気のするいつもの笑みを浮かべながら、「イサトくん」と甘い声で呼んでくる。

「どなたですか」
「えー、やだなぁ、そのボケは可愛くないよ? っていうか、そのアバターと名前で知らんぷりは無理でしょ」
「……何か用ですか」
「なんであっちのアバターでインしないの? 俺、ずっと待ってるのに」

 は? と声に出そうになった。腹にモヤが溜まる気分。それが久しぶりに感じる怒りだと理解して、意識して落ち着けるように細く息を吐いた。

「あっちではもうインしないので、忘れて下さい。それでは」
「えー? やだよー、インしてよー。イサトくんとしないと、俺、溜まって溜まって爆発しそう」

 今までもついさっきも、そう言いながら他のプレイヤーと楽しんでいるじゃないか。この人はなんでもない気持ちで呼吸がてら嘘を吐ける人なんだ、と今更ながら理解した。

「もう、絶対、あっちではインしません」

 珍しく語気を荒げて言い切った俺を見上げて、ヤジが目を眇めて首を傾げた。何か企んでいるような表情に、笑顔を消した彼が少し怖くなる。
 掴まれた指を振り払って、システムを呼び出してログアウトを選んだ。

「……あ~……」

 現実に戻ってきて、ヘッドギアを外してベッド脇の戸棚上の定位置に置いてからまたベッドに転がった。暖房は付けっ放しだけれど、それでも肌寒い部屋にズレた掛け布団を直して被る。
 『電車痴漢ルーム』に籠るようになってから、もう三ヶ月。俺に似たアバターはほとんど声を掛けられず、もっぱらこころとばかりプレイしている。正直物足りないけれど、就活中だから熱中して戻ってこれないよりマシだと思うことにしていたのに。

「……こころにメッセ入れなきゃ」

 約束している訳ではないけれど、毎日のようにしているから、急にインしなかったら心配するだろう。
 ヘッドギアのコードを引っ張って引き寄せて、スマホに繋いで認証を済ませてから、専用アプリを開いた。『999+』で新着メッセージが溢れているメッセージボックスを開くと、最近の新着メッセージの送り主がずらりと『ヤジ』ばかりで顔が引き攣った。
 おそるおそる開けば、『インしてー』『イサトくん待ってるよ』『イサトくん会いたい』と短いメッセージが並んでいて少しだけ安堵した。インしなくなった頃から毎日一通ずつ送ってきたらしく、それくらいならまあ普通の範囲内かな、と深呼吸する。
 母のうちの一人が心を病んでしまった時、一緒に住んでいる父にルーズリーフにぎっしり文字の敷き詰められたラブレターを毎日五枚は渡していたのを思い出して、まだ普通まだ普通、と唱えた。
 ヤジからのメッセージの合間に俺似のアバターへの予約申請も混じっていて、これからはメッセージも確認しようかなという気にさせた。
 こころに今夜はイン出来なくなった旨をメッセージで送ると、すぐに返事が返ってきた。

『じゃあ俺も今日は落ちるよ。おやすみ』

 他の人としてもいいのに、と思いつつ、『おやすみ』と返して、スマホを充電器に繋いだ。
 明日はこころとどこか別のルームに行こう。瞼を閉じるとすぐに眠気がきて、そのまま意識が沈んでいった。








 翌日、インする前にこころにメッセージを送ろうとしたら、昨日もヤジからメッセージが入っていた。何か言い訳でもしてきたのかとそれを開いたが、中身の『待ってるからね』という一文を読んで頭を抱えた。
 待つな。そんなにあのアバターが良かったのか。美少年や美青年なんてゲーム内に他にいくらでも居るんだから、もう俺は放っておいてほしい。なんならアバター情報だけ譲渡してやるから、他の人に着せてプレイすればいい。
 ん? それ名案じゃないか?
 思い付きの妙案を早速文面にして、ヤジへ送った。よし、これでヤジとゲーム内で会ってもそう提案して逃げられる。あのアバターに執心しているらしいし、まず間違いなく乗ってくるだろう。
 ルンルンでゲームにインして、こころを探しに『電車痴漢ルーム』を散策する。今日は土曜だからか盛況で、一輌の中で二、三組のプレイヤーが楽しんでいた。それぞれ見せ合うみたいにしたり、複数で一人を痴漢したりしている。
 あんなのもアリなんだなぁ、と思って興味深く眺めていたら、彼らの内側で痴漢されているプレイヤーと目が合った。
 視界に『パーティ申請』の文字が飛ぶ。乱交は初めてだな、と思いつつその申請を受諾して、囲まれて三人に撫で回されている背の低いアバターに近付いた。うるうると涙目で見上げてきた可愛らしい童顔の少年が、助けを求めるみたいに俺を見上げてくる。けれど、俺は周囲の乗客から彼が見えないように囲む壁になっただけで、助けはしない。

「あ……」

 少年の目が絶望に染まる。このプレイヤー、すごく演技派だな。S気なんて無いと思っていたのに、もっと彼が虐められる様が見たくなってゾクゾクする。
 少年の頭には『景』と表示されていて、彼を囲む男たちにはそれぞれ『モブA』『モブB』『モブC』と出ている。噴き出しそうになって深呼吸でやり過ごし、よくこんな綺麗に集めたな、と思っていたら、景が小さく「課金NPCだよ」と呟いた。
 へぇ、NPCとプレイしたりも出来るのか。
 一度課金したら際限が無くなる気がして手を出していないのだけど、面白い機能だ。無感情なNPCに行為を強要されるのはどんな気分なんだろう。

「君もコッチでしょ? お裾分けしてあげる」
「え?」

 こっちってどっち、と面食らった俺の周りに居たNPCが、急に動き出して左右から俺の腕を掴んできた。驚いて見回すと、NPCの頭上に『モブD』『モブE』という表示が浮かぶ。

「あ、あの」
「ぁっ」

 モブNPCに後ろから押されて、景へ身体をぶつけてしまって彼が小さく悲鳴を上げた。すかさずモブAが景の口を塞ぐように掌を被せ、モブBが彼の着ているワイシャツをたくし上げてその胸を露わにした。
 桃色の尖った先端が俺のシャツと擦れて、それに感じてしまったみたいに景が身を捩る。エロさに反応してしまった俺の股間が小柄な景の腹に当たって、彼が目尻に涙を滲ませながら見上げてくる。
 景に気をとられていたら、左右のモブDとEが俺の身体を弄り出した。服の上から尻と股間を揉まれ、逃げようにも男二人の腕でがっちり囲われて敵わない。
 目の前の景はゆっくり服を剥かれていって、段々裸に近い格好にされながらモブNPCに弄り回されている。小さな色の薄い肉茎がぷるぷる震えながら勃起している様は、触れちゃいけないものに悪戯しているみたいで危うい気持ちになった。

「……やぁ……っ、それは、ダメッ……!」

 モブNPCは高性能で、俺の身体を撫で回しながらいい感じに高めてくれていた。されるがままに快感を享受していたら、控えめな悲鳴みたいな声を上げて景が目の前の俺に縋り付いてくる。
 どうしたのか、と見下ろすと、今にもモブBが彼の中に陰茎を差し込もうというところだった。

「や……いやぁ……っ」

 怯えた演技をする景は、しかし頬が赤く染まっていて期待が透けて見える。
 どういう反応を俺に求めているのか考えて、縋り付いてくる景の頭を抱えて撫でた。

「あのっ……、僕、今……! 助けて……!」
「……ごめん。俺も今、君と同じなんだ」

 希望が見えたみたいに小さな声で俺に助けを求めてきた景に、視線で左右の男の手が自分をまさぐっているのを見せて、励ますしか出来ない、と首を振った。応じたようなモブNPCが、俺の腰のベルトを外してズボンをずり下ろしてくる。

「そんな……」

 ぐすぐすと泣き出してしまった景は本当に涙を流していて、だけれど堪えきれない期待が口角を上げている。俺の背後のモブが狭間に肉を押し付けてきて、もしかしてこれ百合プレイに雪崩れ込まされる感じかな、と見当をつけた。

「大丈夫、大丈夫だからね」

 啜り泣く景の頭を撫でて、額に口付けて「大丈夫」と繰り返す。怯える演技の景は嬉しそうにそれを受け入れていて、どうやら彼の求めていたものに答えられているようだと安堵した。
 そのまま突っ込まれるのかと思ったら、狭間に濡れた感触が垂らされた。さすがNPC、痴漢だとしてもプレイヤーへの配慮はするようプログラムされているらしい。

「あ、……ぁ、や、やぁあ……っ」
「……っ」

 景が頭を振りながら叫び、それに合わせて俺にも肉が押し入ってきた。
 そのまま、電車の揺れに合わせて控えめな動きで抜き挿しされる。ずぽ、ずぽ、と粘こい音が電車内に響いて、普通だったらバレバレで通報モノだけれど、車内のNPCはどれも気付かないみたいにプログラムされた動作を繰り返している。
 抽挿に合わせて腰を振ってしまっている景を腕の中に抱いて撫でながら、自分の中を掻き回す肉の気持ち良さに俺も浸る。腰振りは乱暴ではなく、中の良い所を絶妙に擦ってくれて、悪くない。
 なんとなく周囲に視線を回したら、こちらを見ているプレイヤーと目が合った。

「……」

 ニコ、と微笑まれて、テンションが急降下した。なんでお前がいる。
 少し遠くの座席から俺と景のプレイを観戦していたらしいヤジは、俺に見つかるとNPCを掻き分けてこちらへ来ようとしたので、手でシッシッと追い払う仕草をした。俺はともかく、景は真っ最中だ。途中で邪魔しては可哀想だろうと景を指差してから掌を見せると、ヤジは俺の意図を汲んでくれたのかまた座席に腰を下ろした。

「大丈夫? 痛くない?」
「っ! ……ん、うん」

 俺が低く話し掛けると、快感に呆けていた景はハッと意識を浮上させてから慌てて頷いて嫌がっているような表情を作る。

「ごめん、俺、……俺、もう、ダメかも」
「え……?」
「嫌、なのに……、俺……っ、あ、や、やぁ、も、我慢、出来な……っ」

 ぎゅっと景を抱き締めて、身体を震わせる。痴漢に犯される快感に目覚めてしまったみたいに、わざと高くて甘い声で鳴いた。釣られたみたいに景が俺に腕を回してきて、抱き締めてその可愛い顔で鎖骨に口付けてくる。

「僕も、……僕も、です。大丈夫です、僕も……、一緒ですから……っ」
「あっ、やだ、や……ぁ、チンポやだぁ、もうしないでぇ」
「大丈夫です、僕がいますから……っ、あ、ぁっ、も、イく」

 宥める方と甘える方を逆転させると、景は俺を抱き締めながら大きく身体を震わせた。俺の太腿に彼の精液が掛かって、生温かい感触で濡れた。荒い息をする景を片手で抱き締めながら、片手で彼に悟られないように自分で陰茎を擦って出した。

「あ……、ご、ごめ、ん……」
「ん……いい……」

 快楽に夢中だったフリをして彼の裸の腹に精液を掛けてしまったことを謝ると、景は虚ろな目を細めながら緩く首を振った。俺の腕の中が気持ちいいみたいに、瞼を閉じて顔を擦り付けてくる。
 モブNPCは景の思考と連動して動くのか、彼が果ててからは動きを止めている。挿さったままの肉が電車の揺れで少しずつ抜き挿しされて、また股間に血が集まりそうになる。
 もう一回戦するのかな、と景の様子を窺っていたら、大人しく待っていたヤジが寄ってきて声を掛けてきた。俺ではなく、景に。

「景。今日は俺と約束してたのに、なんで他の人としてるの?」
「あ……、ヤジ……」

 ヤジの姿を認めて慌てて顔を上げた景は、俺とヤジの顔に視線を往復させてから、俺の方へ指を振った。『フレンド申請』と『パーティ解除』が続けて飛んできたので、どちらも受諾して、景から身体を離した。
 モブNPCの頭上から名前表示が消え、もとの持ち場へ戻っていく。

「次は、抱いて欲しいな」
「……うん。いいよ。またね」

 そうか、こっちのアバターだと抱く方もアリなのか。どっちかしか出来ないわけではないのに、俺の頭からはすっぽりと外れていた。抱かれる方が気持ちいいからなぁ。
 それじゃ、と手を振ると、景も振り返してくれて、それからヤジに腕を絡めるように抱き付いた。彼にふんわり優しく微笑むヤジに、はいはい良かったね、と冷たい視線を送ると、俺へ向いたヤジが「あの件」と呟く。

「ん?」
「アバター。メッセージで送っといて」
「ああ、はい」

 それだけ言うとヤジは俺へ背を向けて、景を伴って他の車輌へ移っていった。
 良かった、これでもう解決だ。そう思いつつ、もうヤジとは出来ないんだなと思うと、少しだけ景が羨ましくなった。

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