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1.王女と異世界と転生使い

Remember-20 月下に踊る/王国の小さな王女

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 予想外の騒ぎが起こったが、長くは続かなかった。
 騎士兵たちは倒れていた外套の男を回収し(重傷だったが、一応命はあったらしい)、派手に壊れた空き家の屋根裏の被害状況を確認し、王国の中央――国王の城に俺とシャーリィを連れて行き……今に至る。

 踏み込むどころか近づいたことすらない王国の城。その中はなんというか……俺の表現力じゃ上手く言い表せられそうにない。
 石造りなのに不思議なぐらい廊下の空気が暖かいとか、白い大理石の床が宝石みたいにツルッツルに磨かれてるとか、そんな感じ。

「国王陛下を呼んで参りますので、こちらでお待ち下さい」

 俺たちを連れて先導していた騎士兵がそう一言告げて礼をすると、大きな扉の向こうに行ってしまった。この先の部屋は謁見の間で、つまりこの先にこの王国の王様が待っている訳で……やばい、なんか緊張してきたぞ。

「うぅ……まさか、まさかこんなに早く捕まるとは……」
「捕まるって、シャーリィ」

 脱獄犯とかじゃあるまいに。しかしシャーリィの絶望具合は脱獄して最後の最後でヘマをして捕まった人のそれだ。何が彼女をそこまで落ち込ませているのか。
 ……まあ、その原因は薄々感じ取っている。外套の男が口にしたシャーリィの本名、“シャーリィ・フォン・ネーデルラント”。そしてこの場所――ネーデルラント国王の城。ここまで情報が揃えば誰だってある程度は察するのである。

『もしかしてなんだが……シャーリィ、お前はその、国王様の娘なのか?』
「ついでに俺も聞くけど、さっきの発言からしてこっそり城から抜け出していたんじゃないのか?」
「…………」
「……なんで目を逸らすのさ。なんで冷や汗流すのさ」

 ドンピシャか。でもそれに関しては特に文句とかがある訳ではないので一先ず流すことにする。
 ……そもそも、こっそり城を抜け出して俺をスモッグで拾ってくれていなければ命はなかった訳だし。むしろ城を抜け出してくれたことに感謝しかない。

「まあ、それに関しては別に良いんだけどさ……それよりも国王様ってどんな人なんだ? 記憶を色々忘れているのに相手が礼儀作法に厳しい人だったら困るんだけど」
「どんな人って……うーん、なんて言うか……変な人」
「……ソウデスカ」

 ……まるで参考にならねぇ。
 レイラさんとかギルドマスターがいれば、事前に国王と呼ばれる人物が把握できただろうけど、シャーリィに引っ張られるような形で連れて来られたから聞く暇もなかった。
 でも“変な人”ってことは少なくとも凄く厳しい人って訳ではない筈。信じてるぞシャーリィ。嘘だったらまたカミソリで首を掻き切って転生までして全速力で逃げるぞ俺は。

「お待たせしました、ユウマ様、シャーリィ様。国王陛下がお待ちです」
「はぁ………行きましょう、ユウマ」
「あ、ああ。行くか……行くしかないかぁ……」

 心構えが出来ていなくても御構い無しに巨大な扉は開かれる。アーチ状の扉は二人の兵士によって開かれて、俺はカーペットの敷かれた上を慎重に歩き――シャーリィは渋々と仕方なさ気に歩き始めた。
 カーペットから視線を上げると、その先に一人の男が玉座に座っていた。シャーリィの銀髪とは違って歳で白くなったように思われる髪と綿花のような立派な白髭。それらのせいでお年寄りみたいな印象があるが、表情も体格もしっかりとしている。
 容姿が若くて中身が年寄りなギルドマスターとは真逆のタイプか――なんて考えるぐらいにはこういうパターンに慣れている証拠なのだろう。

「初めまして、俺の名はアルベルト・フォン・ネーデルラントだ。こんばんは、勇敢な青年よ」
「……こ、こんばんは」
「うん、ユウマ君だったか。ギルドマスターから君の話は聞いているよ……それと、シャーリィも元気そうで何よりだ」
「…………」

 穏やかで柔らかな笑顔の挨拶と俺のギクシャクした返事、あと隣の無言の圧力。面白いぐらいに三者三様であった。

「先程二人に何があったかは既にギルドマスターの伝書で聞いている。反ギルド団体との一件も、……ユウマ君が転生使いだということも」
「言っておくけど、彼を国の戦力に加えようとか考えないでよ。彼は転生使いだけど、“そっちの件”とは無縁なんだから」
「ふむ……ということはシャーリィよ、フラれたな?」
「んな――」
 
 国王の発言にシャーリィは吠えるようにグァッと口を大きく開くが、流石にこの場で怒るのは自重したのか悔しそうに歯を食いしばって国王をジト目で睨みつけた。
 その様子を見て国王は微笑ましそうに立派な白髭を揺らして静かに笑っている。国王と呼ばれているのだからどれほど厳格な人なのかと思っていたが、威厳を損なわない程度の茶目っ気がある様子。
 ……密かに“そっちの件”というものが何なのか気になったが、それについてはグッと我慢する。

「はは……茶化してしまったが、分かったよシャーリィ。それで話だが……ユウマ君はギルドの方々を助けてくれたとか。その上、この破天荒な娘を今まで何度も助けてくれた」
「ぐるるる……」
「シャーリィ唸ってる、唸りが漏れてる」

 シャーリィはさっきから不機嫌そうにしていたが、国王に破天荒な娘と呼ばれて唸り声を小さく発し始めた。微妙に怖いから止めて欲しい。
 ……さっきから国王と話していて思ったのだが、なんでこの二人父娘は仲が悪い(正確にはシャーリィが一方的に嫌っているのだが)のだろうか。ギルドマスターの時と同じような、嫌悪はしていないけど何か理由があって嫌がっている感じがする。

「その件に関してはどうしても直接礼を言いたくてな。ギルドの人たちも娘も、俺にとって何よりも大切な存在だ。誰かから命じられた訳ではなく自分の意思で護ってくれた君に、俺は感謝だけではなく尊敬の念を抱いている」
「ええっと……ありがとうございます……? ですが、俺は転生が出来て、魔法が扱えて……上手く言い表せられないんですけど、俺はちょっとズルい方法で守ったんです。ですから尊敬されるのは違――痛ッ!?」

 ドス、と脇腹より少し上――骨の部分にシャーリィの肘が突っ込んできた。“何言ってんだか”とでも言いたそうな呆れた目でムッと俺を睨んでいる。
 しかし、今度は“しょうがないわね”とでも言いたそうに首を振ると、国王に向けて口を開いた。

「彼、魔法のことに関してちょーっと悩みが……いや、劣等感? みたいなのがあるの。魔法とか転生について褒められるのはあんまり嬉しく感じられないってやつ」
「そうか……気を悪くしたのならすまない。だが、魔法が使えようが使えまいが関係ない。誰かを守る意思を持って立ち向かう。俺はその決意を行動にした点に尊敬しているのだ。それだけは勘違いしないでいただきたい」

 ……今更言ってももう遅いのだが、今の自分は余計なことを言った確信がある。
 黙っていれば変に拗れたりせずに済んだけど、それでも魔法に関してはなんというか……この力はあくまで“記憶を失う前の自分”が身につけた力だ。きっと弛まぬ努力で得たそれを、何の苦労も努力もせずに使うのはなんだか恥ずべき事のように思えて、ついそんなことを口にしてしまった。

「……だが、どうしたものか。住まいは既にギルドマスターが手配していると聞くし、金銭で礼をするのはどうかと思うし……すまん、少し時間をもらえないか。若い者の流行がイマイチ分からなくってな」
「そんな気を遣わなくても大丈夫です。何でしたらパンでも芋でも、コーヒーでも大喜びしますので」
「そんな謙虚にならなくても良い。流石に限度はあるが自由に願い出ても構わないのだぞ」
「いえ、大丈夫です。いっそ食べられる物なら何だって……小麦でもコーヒー粉でも大丈夫です」
「そ、そうか……最近の若者は変わっているな」

 これは気遣いとかじゃなくてガチ。さっきからお腹が減ってるわ喉が渇いているわでややつらい。そりゃ命を振り絞って身に纏わせて、全力全開で戦ったのだから仕方ない。
 ……というか本当にお腹が減ったな! 考えてみれば夕方に仮眠から目覚めてから今まで一度も飲み食いしていないのか! 通りで腹の横が痛い訳だ。

「ごほん……さて。シャーリィよ、待たせたな。お前にも話がある」
「……何? 城を抜け出した話? 勝手にを探索した話? それとも空き家を風通し良くした話?」
「……?」
「そんな睨まなくても良いじゃないか、別に今回の事件について咎める気はない。むしろ素晴らしいと言えば良いのかな。やれ一般人を巻き込んだとか、近いうちに人が住む家をぶっ壊したことは全く気にしなくて良い。ギルドのあのちびっ子の仕事が増えただけだ」

 それは皮肉……ではなく、ちょっとした冗談なのだろう。確かギルドマスターと国王は仲が良いらしいし、何よりもそう話す国王の顔は優しいものだった。
 それよりも、聞き慣れない単語が聞こえた方が気になるのだが――

「それで本題だが……ユウマ君、すまないがしばらく席を外しては貰えないだろうか。親子のプライベートな会話はあまり他人に見せたくないものでな。希望の物は後でギルドマスターを介して聞くとするよ」
「は、はあ。えっと……分かりました」

 そう話す国王の表情は優しい笑顔だが、理由付けはどことなく嘘っぽい予感がした。声も表情も温かいのに、空気だけは冷たいようなそんな違和感。
 ……まあ、それでも席を外せと言われたら出て行くつもりなのだが。俺は失礼しました、と挨拶をしてちゃんと礼もしてからこの場から離れようとする――前に、シャーリィと目が合った。

「俺は外でのんびりしているから、気にせずゆっくり話しててくれ」
「……分かった、さっさと切り上げて行くわ」

 ……相変わらず国王の事に関しては反抗的な態度のシャーリィを残して、謁見の間から立ち去る。
 俺が外に出ると同時に扉がゆっくりと閉じ、重い音を立ててシャーリィと国王の姿は扉に覆い隠されるみたいに見えなくなった。



 ■□■□■



「……なあ、今って何の季節なんだろう」
『何の季節って、春とか秋とか……そういうことか?』
「うん。考えてみたら今の月日や年すらも知らなかったし誰にも聞いていなかった」

 城の敷地内にある庭は俺とベルの二人ぼっちだ。誰もいないので明かりは当然無く、月明かりがなければまともに歩けそうにない。

『季節なら私でも分かるよ。ほら、スモッグを出た時に麦畑を見ただろ? 小麦がまだ青かったから、まだ春を過ぎたばかりの夏だな』
「おお、そんなことから分かるのか……」
『まあね。年月の基準は自然を元に考えられたものだし、自然を見れば大体分かるよ。私は星読みの知識が無いから分からないけど、分かる人なら夜空を見るだけでもっと詳しく分かると思う』

 そう言いながらベルは誇らしげに胸を張っていた。なんだか見ていて微笑ましい。

「シャーリィならもしかすると星読みとか分かるかもな。後で聞いてみるか。今が何月何日かを星読みで教えて貰って……」
『……いや、月日が知りたいなら直接教えて貰えば良いじゃないか。日付ぐらい誰でも分かってるだろ。別に星読みなんかしなくてもさ』
「………………確かに」
『たまにおバカになるよな、ユウマって……あ。ユウマ、ユウマ』

 あんまりな発言を否定しようとしたが、それよりも早くベルが何かに気がついたらしく、俺に何かを賢明に訴えかけてくる。
 少し耳を澄ましてみれば城の方から軽い足音。ブーツの靴底がレンガの床を叩く音がこちらに向かってきた。

「ごめんなさい、待たせたわね」
「大丈夫。正直に言うと、偉い人の前よりもここの方が落ち着く」
『ユウマ、かなり緊張していたもんな。緊張して時々震えていたんだぞ』

 ちょっとそれシャーリィの前で暴露しますかベルさんや。そんなこと教えたらこれから先何度その話で弄られるのか――

「……そう。それはなんて言うか、私としたことが気遣いが足りていなかったわね」
「……シャーリィ?」

 てっきり笑い飛ばすのかと思っていたが、シャーリィは素っ気なく返事をした。彼女が普段から人をからかってばかりいると言いたい訳ではないが、この反応はなんだか妙だ。

「私たち、別れたはずなのにこうして何度も出会って、行動して……最後には助けられちゃった。正直に言うと、一人でアイツに挑んでたら殺されていたかもね。中々大きな貸しが出来ちゃった」

 星を眺めながら紡ぐようにシャーリィは語る。星空を見上げたことでようやく露わになったその表情は、やはりというかどこか暗く固い。

「本当は、貸しを作っておきながら逃げるような真似はしたくない。だけど――」

 空を見上げていた顔が下ろされ、シャーリィは俺を静かに見据える。月の光のせいで彼女の表情に陰が垂れ下がり、影の中で獣のように緑色の瞳が淡く光って見えた気がする。
 ……夏の暖かい夜の空気。俺とシャーリィの間に、不自然に冷たい夜風が通り抜けていく。そして、シャーリィはその夜風のように冷たい瞳で俺を捉えて。

「……もう一度ここで縁を切りましょう。貴方と私がもう二度と出会わないように」

 突然。夜風や彼女の瞳よりもずっと鋭く冷たい、刃物のような一言を俺に向けて言い放った。
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