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2.辺境の密会、魔女の耳は獣耳
Remember-53 対峙する意見/今後の予定と計画は
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「……それで、先に伺っても良いかしら? 貴女の言うその提案とか相談ってのを」
コトン、と土を焼き固めたような陶器を――湯飲みと言う東の地方の焼き物、食器らしい――テーブルに置いて、シャーリィは遂に口を開いてそう切り出した。
「……オイ、呑気に二杯も飲んでから尋ねるのかよオイ」
一方、シャーリィがどう行動に出るか慎重に様子を伺っていた俺は、口を尖らせて愚痴のように一言呟くのだった。まあ、かという俺も二杯目ですけども。
「そ、そうですね。そろそろ本題を口にしても良い頃だと思いますし」
「……ごちそうさま。呑気にしててごめんなさいね、今後頂ける機会が無いかもって思うと、どうしてもね」
「そうですね……私も折角なので腕によりをかけて淹れましたから、よく味わってくださったのは嬉しいです」
シャーリィの発言に対して、アザミは表情は暗くもなく、明るくもない曖昧な顔で頷きながらそう答えた。
……な、なんだこの、お互いお茶に関して話しているのに、同時に裏で別の会話が同時進行しているような感じは……!?
お互いの会話は、まるで“もうこの場所に来ることはない”とでも言っているかのようで、俺は双方の顔を交互に見て様子を伺うしかできない。
「……本題に入りましょう。とは言っても、私の言いたいことはただ一つです」
遂に話題を切り出したアザミに俺もシャーリィも揃って固唾を飲み込む。
彼女からの提案というのは一体何なのか、今まで何も分からなかったので少し緊張する。
「今度は私がシャーリィさん達に助力させてください。ノールド村に用があるのですよね? そこで通訳者とでも転生使いとでも、なんなりと私を使って構いません」
「……えぇ?」
真剣な様子のアザミに対して、シャーリィの気の抜けたような、困惑したような声がポロリと溢れた。あんな顔してるシャーリィ珍しい。
「え、えっと……言葉通りの意味だったのですが……わ、分かりにくい表現だったでしょうか……」
「……ああ、いえ。話の内容は分かってはいるんだけど、ちょっとビックリしたってだけだから。えっと……随分と藪から棒ね? 貴女の抱えた問題を全部片づけてからで良かったのに」
ウンウンウン、と俺も無言で縦に何度も頷いてシャーリィに同意する。
アザミの抱えている問題を全て解決してから、ようやく俺たちの問題解決にアザミを引き入れて挑める……というのが当初の契約だった。
言ってしまえば、彼女はこのやり取りの中で最も優位な立ち位置に居る。俺達がアザミを必要としている以上、彼女が助力してくれるための交換条件を受け入れるしかないのだ。だから、やろうと思えば彼女は俺達にどんな事でもさせられる。
だというのに、どういう訳か彼女は自分からそれを手放そうとしている。それがシャーリィも俺も、多分ベルも理解が出来ない。
「……私のこの村への不安は、残りはたったの一つ。だけどそれは難しいことなんです。昨夜の様に武器を手に取れば解決する内容ではありませんし、急いで解決できる用件ではありませんから」
「何やら厄介そうね……食糧難?」
「半分はその通り、です」
「当てずっぽうだったのに嘘でしょ……まさか未だに辺境は物資が行き届いていないの? 疑いたくなかったけど、まさか領主の怠慢かしら……!? 担当領土内集落での生活の最低保障は領主の義務で存在理由でしょ!? ちょっと待ってて、ここ担当の貴族を調べて殴り込みに――」
「どうどう、シャーリィ落ち着いて、立ち上がらないで……でも待ってよアザミ。この村は何度か通りすがったし、その際様子を何度か見たけど……別に食料に困っている様子も、状況に愚痴を溢す住民も見ていないぞ? なんて言うかさ、穏やかな感じでそういう危機が迫ってる雰囲気じゃなかった」
これで三度目……いや、一度は深夜だったから実質二度か。一度目の訪問でカーレン村の様子を観察したし、住民とも会話をしている。二度目も村の様子を眺めながらここまで来た。
……だが、飢えていたり貧困にあえいでいるような姿はどこにも見ていない。深刻さは何処にも感じなかった。
「ユウマ、もしかしなくても反ギルド団体が言っていたような飢饉を想像しているでしょ」
「……まあ、確かに飢餓って聞いてイメージするのはそれだな。最近聞いた話だし」
「そんな大飢饉が起きていたら情報紙に真っ先に載るっての……そうじゃなくて、一言で言うなら……そう、ジリ貧なの」
「ジリ貧?」
「そ。緩やかに飢えていくって感じ」
「そうですね。まだ村の農作物、貯蓄で生活は難なく出来ています……ですが、村の畑や家畜だけでは食料はいずれ足りなくなりますし、何より薬品類が調達できません。例年は、足りない分は商人を介して補給していたのですが……」
そこでアザミはこめかみに手を添えてハァ、と溜め息をついてしまった。どうやらその頼みの綱である商人がこの村に来ることが出来ない状況下にあるらしい。
「ちょっと待った。付近に異世界が形成されて交通の便が麻痺しているってなら分かるわ。けど郵便は問題なく届くじゃない。実際、貴女との手紙のやり取りは最近まで問題なく行えていたわよね? なのに商人が来られないのはどういう訳よ」
「ええ、陸路なら問題ないのです……ですが、今までこの村が利用していた商人の経路は海を介するんです。その経路上の灯台のある孤島が異世界の霧に包まれたせいで、灯台が機能しておらず……」
「……そう。確かその話は何日か前に王国の情報紙に載っていたわね。孤島でスモッグの形成、灯台に影響有りとか……確かにそれなら事情も分かるわ。でも他の宛てが無い訳じゃないでしょ? 領主に陸路での商人は要請していないの?」
「要請は既にしています。ですが、急場凌ぎで頼った陸路の商人は……なんて言いますか、地域語訛りが酷くて私の仲介が必要で、品揃えも品質も不十分でしたので……この調子が続くのなら難しいです。その上、私が村を離れると、商人の地域語訛りの問題でこの村はその商人に対して取り引きが何も出来なくなってしまいます」
そう言うとアザミはもう一度大きめの溜め息を溢す。俺たちが思っているよりも彼女は村のことを憂いているらしく、心底悩んでいる様子だった。
「確かに、村の住民も商人について愚痴を溢していたな……アザミのお陰で助かったとか。ってかその商人、そんなに酷いのか?」
「こういった地方の商人は商品さえ揃えられれば誰でもできますからね……品質も、虫食いや麦角――毒カビが繁殖したものが混入していました」
「最悪ね……その問題の解決に当たるなら、ギルドを介して王国に別の商人の手配をして、次に海路の妨げになる異世界の調査、周辺に新しく灯台を建設……確かに急ぎじゃないなら後回しにしてゆっくり解決していくべきね」
「……良かった。その貴族の家に殴り込みとかじゃなくて」
「いや、まあ……勢い余ってああは言ったけど、王族とか貴族には面子ってものがあるからね……他人の管轄に王女の私が殴り込みとかすると結構な問題になるから」
「その結構な問題って?」
「単純に国内の政治的問題が起こる。もしその領主に問題があるなら、王族からの粛正ってことになるわね……公の場でその貴族の首が跳ね飛ばされる。間違いなく歴史に一文が加わるわね」
じゃあなんであんな過激な発言したんです? 頭に血が昇っていたとはいえ、中々に問題のある発言だったぞシャーリィ。
流石に言い過ぎたと思っているのか、シャーリィは俺から目を逸らしてゴホンと咳払いをしていた。
「……失礼、話が逸れたわね。そういうことならアザミさんの提案通り、私達とノールド村の通訳者として来て貰うわ。もう一度確認するけど本当に大丈夫かしら?」
「大丈夫です……が、一つ尋ねておきたいことが。その通訳の仕事は何日掛かりになりそうですか? まだ長期間村を離れるのは心配と言いますか……」
「そこまで長期滞在にならないわ。問題になってた怪物退治なら私とユウマで済ませたし、村のお偉いさんに報告をすればそれで終わり。移動時間含めて二日ってとこかしら。でもまあ、他に困っていることがあるみたいだったら滞在期間が伸びるかもだけど……」
予定通り事が進めば心配しなくても早く済む。だけどもし私達の予想外の問題が判明すればその限りではない――と、大まかに要約するとそうシャーリィは答える。
山に迷い込んだ怪物を仕留めて、至急対応が必要な問題は解決された。しかし、それでもアザミは村を離れるのが気がかりな様子。
「シャーリィ、もしも他の問題があったとしてもあまり長居はしないでおこう。主要の目的は村の安全確保が済んだことの報告なんだ。精々、三日か四日ぐらいにさ」
「……そうね。私達がアザミさんに求めているのは通訳だから、それ以外にも助力を求めるのはちょっと図々しいものね」
「い、いえ! 別にそんなことは思っていませんから、遠慮せず他のことにも私を使って下さい」
ちょっと気を遣った提案をシャーリィは意外にも快諾するが、横から断るような――それこそ、彼女の言う“遠慮”をしているみたいに――アザミがそう口にする。
……俺は何かしら言ってくるだろうと予測できていたが、突然そんなことを言われたシャーリィは驚いたような顔をして、それは次第に冷静な眼に変わり、
「……なんて言うか、苦しそうなぐらい謙虚よね。貴女って」
そう一言、彼女の本質を口にした。
「苦しそう、ですか……?」
「うん。貴女からは人に怒ったり恨んだり、そういう攻撃的な感情が不思議なぐらい感じられない。気を悪くしたなら申し訳ないけど、性格が綺麗すぎて、負の面を丸々覆い隠しているように見える」
「お、おい。シャーリィ」
一瞬、静かな客室は鳥の鳴き声が入り込んでいた。
あまりに堂々とアザミのことを疑い掛かるもんだから、思わず割り込むように口を挟んでしまった。
そんな俺を見てシャーリィは何も言わず、ふぅ……と一息漏らすといつも通りな雰囲気に戻って、仕切り直しと言わんばかりに会話を戻した。
「……まあ、良いわ。ユウマの言う通りに用件が済めばサッサと撤退することにする。以上が今後の予定なんだけど、これで異議とか意見とかある人、居る?」
そう言うとシャーリィはアザミ、俺――と、上着のポケットに――視線を流れるように送る。アザミの目を盗んでポケットから僅かにガラスを取り出すと、ベルは首を横に振っていた。異議は無いらしい。
「……無さそうね。それじゃあ早速馬車で移動を――と、言いたいんだけど、アザミさんにちょっと頼みがあるの」
「うわっとと、シャーリィ?」
何を言おうとしているのか分からないが、シャーリィは急に俺の両肩を掴んで引き寄せる。
シャーリィの整った綺麗な顔は、俺を見るなりニヤリと何か恐ろしいことでも考えているみたいな表情に変貌する。こわい。
「はい? なんでしょう」
「ユウマに色々教えてやって欲しいの。実はコイツ記憶喪失でね、特に魔法や転生絡みに関しては全くと言っていいぐらいに知らないの。まあ、私も転生絡みは疎い部分があるんだけどさ……知ってて当然! って魔法の常識を土壇場で知らない事が発覚することがあるから心臓に悪いのよ」
「……色々忘れててすまないな。でも常識知らずみたいな言い方は止めてくれ、一般常識ぐらいはあるぞ。あとアザミに記憶喪失についてはもう話してる」
「そうね、一般常識までも無かったら多分途中で匙を投げてたわ。そういう意味では、私が匙を投げたくなるぐらいに貴方は魔法に関して常識知らずが過ぎるのよ」
何だと貴様。でも正論なので否定が出来ない。
「えっと、どういった具合なのでしょうか……? 素質はあるのに基本を知らないから魔法の行使がままならない、といった感じですか?」
「いいえ、逆ね。素質もあるし魔法の行使も応用も完璧。なのに行使と応用に至までに必要な基礎を全く学んでいない。こう言うと悔しいけど、天才肌だから本能と感覚だけでコントロールしているような状態なの。例えると、赤ん坊に手綱握らせて馬車走らせてるみたいなものよ。それで今まで無事故なのが不思議でしょうがないわ」
「それは……聞いてみると、もしかして結構恐ろしい状態なのでは……?」
……そろそろ文句言っても許されるのでは?
黙っていれば人のことを散々な例えで色々言ってくるシャーリィに文句を言おうと口が開いて――緑茶を喉に流し込んで言葉を飲み込んだ。もうこれで三杯目だ。
「取り敢えず、私達と同行している間までの契約依頼としてお願いする。当然対価も私から支払うわ。どうかしら、お願いできない?」
「はい。私にできることなら喜んでお任せ下さい」
なんと、シャーリィは契約依頼として対価を支払ってまで俺の教育を担当して欲しい、とアザミに頼み込んだ。
……驚いた。別に彼女がケチだとか言いたい訳ではないけど、支払う対価を彼女から支払うとは思ってもいなかった。俺の件だし、俺がお金を払うものかと思ってた。
「シャーリィ……そこまでしてくれるなんて」
「……ま、まあね。アンタは私の“夢”の第一歩――期待の一人目なんだから。何時までもそんなじゃじゃ馬で居られるとは思わないことね。新人の指導や教育も、組織の大切な仕事なんだから」
髪を払うように梳かしながらシャーリィは笑ってそう言ってのける。
え……何、急に優しいじゃん……他人の教育の手配に金を出すだなんて、肉親か余程の世話焼きでもなければしないってことは記憶喪失でも分かっている。
この手配が飴ならさっきのトゲのある言葉は鞭だろうか。いや、それでも飴と鞭のバランスが保たれていない。ケーキと鞭ぐらいか?
『……まあ、組織って枠で考えるとシャーリィとユウマは同期で新人ではないんだけどな』
あとポケットから小声で正論が飛んできた。やめろやめろ、今俺は心を打たれて感動しているんだ。急な正論は頭が冷静になってしまう。
「……さて、アザミさん。さっそくだけど、これからノールド村に行くわけだから遠出の準備をしてもらうわ。私達は馬車の方に行って色々下準備を済ませてくるから」
「わかりました。昨夜にお伺いしたあの馬車で集合、ということで良いですか?」
「そうね。そっちから来てもらえるなら助かるわ。あ、大荷物で運ぶのが大変ってならユウマを置いていくけど」
「む……そう、ですね。すみませんユウマさん、お願いできますか?」
確かに、二日かそれ以上の遠征なら準備も簡単ではないだろう。着替えの衣類だけではなく、転生使いなら武器とかも必要だ。そこそこ大荷物になってもおかしくはない。
「うん、わかった。この部屋で待っていれば良いのかな」
「はい、すみませんがお願いします! あ、何かありましたら遠慮無くお声かけください!」
準備に時間をかけさせないつもりなのか、アザミは慌てて客室を飛び出して準備に向かってしまった。実際遠くから物音が絶えないので荷造りを開始したのだろう。
「……ほら、王国の人達とは距離感がちょっと違うけど、悪い人じゃないでしょ?」
取り残された中、シャーリィが笑いながら席を立つ。
アザミに言っていたように馬車の方で何かしらの準備とやらをしに行くのだろう。多分だけど、クレオさんに色々今後の計画を伝えたりとかするんだろうなぁ。
「んじゃ、私も準備をしてくるわ。ほらユウマ、昨日の夜言ったでしょ? アザミさんと仲良くね。魔法使い――いや、転生使いとしては私以上に大先輩なんだから、色々教わったりして仲良くしなさいよ」
「ッ、――シャーリィ」
客室を立ち去ろうとするその背中に、思わず声をかけて足を止めさせてしまう。
言いたいこと、伝えたい思いがあった。ホントに彼女――アザミと仲良くするべきなのは俺なんかよりも、シャーリィの方なのではないか、と。
「……何?」
「……いや、無茶はするなよ」
「? わかってるわよ。そっちこそ、荷物運びに無茶して腰を痛めたりしないでよね」
顔はこちらを見ず、挙げた片手をヒラヒラと振ってシャーリィは部屋を去った。このままこの家を去って馬車の所にまで戻るのだろう。
『……ユウマ、やっぱりお前はシャーリィとアザミさんのことを気にしているのか』
「ああ……でも、シャーリィも前とは違って変わっているんだ。お互いやり方が違うだけで、行き着く先が同じだって信じてる」
シャーリィはアザミのことを疑いながら付き合っていくと、そう言った。その分俺が彼女と友好を築けとあの時言い残された。
……今は疑心暗鬼になったりするかもしれないけど、事が終わって疑いが晴れれば、きっとシャーリィは彼女と打ち解け合えると、俺は信じている――
コトン、と土を焼き固めたような陶器を――湯飲みと言う東の地方の焼き物、食器らしい――テーブルに置いて、シャーリィは遂に口を開いてそう切り出した。
「……オイ、呑気に二杯も飲んでから尋ねるのかよオイ」
一方、シャーリィがどう行動に出るか慎重に様子を伺っていた俺は、口を尖らせて愚痴のように一言呟くのだった。まあ、かという俺も二杯目ですけども。
「そ、そうですね。そろそろ本題を口にしても良い頃だと思いますし」
「……ごちそうさま。呑気にしててごめんなさいね、今後頂ける機会が無いかもって思うと、どうしてもね」
「そうですね……私も折角なので腕によりをかけて淹れましたから、よく味わってくださったのは嬉しいです」
シャーリィの発言に対して、アザミは表情は暗くもなく、明るくもない曖昧な顔で頷きながらそう答えた。
……な、なんだこの、お互いお茶に関して話しているのに、同時に裏で別の会話が同時進行しているような感じは……!?
お互いの会話は、まるで“もうこの場所に来ることはない”とでも言っているかのようで、俺は双方の顔を交互に見て様子を伺うしかできない。
「……本題に入りましょう。とは言っても、私の言いたいことはただ一つです」
遂に話題を切り出したアザミに俺もシャーリィも揃って固唾を飲み込む。
彼女からの提案というのは一体何なのか、今まで何も分からなかったので少し緊張する。
「今度は私がシャーリィさん達に助力させてください。ノールド村に用があるのですよね? そこで通訳者とでも転生使いとでも、なんなりと私を使って構いません」
「……えぇ?」
真剣な様子のアザミに対して、シャーリィの気の抜けたような、困惑したような声がポロリと溢れた。あんな顔してるシャーリィ珍しい。
「え、えっと……言葉通りの意味だったのですが……わ、分かりにくい表現だったでしょうか……」
「……ああ、いえ。話の内容は分かってはいるんだけど、ちょっとビックリしたってだけだから。えっと……随分と藪から棒ね? 貴女の抱えた問題を全部片づけてからで良かったのに」
ウンウンウン、と俺も無言で縦に何度も頷いてシャーリィに同意する。
アザミの抱えている問題を全て解決してから、ようやく俺たちの問題解決にアザミを引き入れて挑める……というのが当初の契約だった。
言ってしまえば、彼女はこのやり取りの中で最も優位な立ち位置に居る。俺達がアザミを必要としている以上、彼女が助力してくれるための交換条件を受け入れるしかないのだ。だから、やろうと思えば彼女は俺達にどんな事でもさせられる。
だというのに、どういう訳か彼女は自分からそれを手放そうとしている。それがシャーリィも俺も、多分ベルも理解が出来ない。
「……私のこの村への不安は、残りはたったの一つ。だけどそれは難しいことなんです。昨夜の様に武器を手に取れば解決する内容ではありませんし、急いで解決できる用件ではありませんから」
「何やら厄介そうね……食糧難?」
「半分はその通り、です」
「当てずっぽうだったのに嘘でしょ……まさか未だに辺境は物資が行き届いていないの? 疑いたくなかったけど、まさか領主の怠慢かしら……!? 担当領土内集落での生活の最低保障は領主の義務で存在理由でしょ!? ちょっと待ってて、ここ担当の貴族を調べて殴り込みに――」
「どうどう、シャーリィ落ち着いて、立ち上がらないで……でも待ってよアザミ。この村は何度か通りすがったし、その際様子を何度か見たけど……別に食料に困っている様子も、状況に愚痴を溢す住民も見ていないぞ? なんて言うかさ、穏やかな感じでそういう危機が迫ってる雰囲気じゃなかった」
これで三度目……いや、一度は深夜だったから実質二度か。一度目の訪問でカーレン村の様子を観察したし、住民とも会話をしている。二度目も村の様子を眺めながらここまで来た。
……だが、飢えていたり貧困にあえいでいるような姿はどこにも見ていない。深刻さは何処にも感じなかった。
「ユウマ、もしかしなくても反ギルド団体が言っていたような飢饉を想像しているでしょ」
「……まあ、確かに飢餓って聞いてイメージするのはそれだな。最近聞いた話だし」
「そんな大飢饉が起きていたら情報紙に真っ先に載るっての……そうじゃなくて、一言で言うなら……そう、ジリ貧なの」
「ジリ貧?」
「そ。緩やかに飢えていくって感じ」
「そうですね。まだ村の農作物、貯蓄で生活は難なく出来ています……ですが、村の畑や家畜だけでは食料はいずれ足りなくなりますし、何より薬品類が調達できません。例年は、足りない分は商人を介して補給していたのですが……」
そこでアザミはこめかみに手を添えてハァ、と溜め息をついてしまった。どうやらその頼みの綱である商人がこの村に来ることが出来ない状況下にあるらしい。
「ちょっと待った。付近に異世界が形成されて交通の便が麻痺しているってなら分かるわ。けど郵便は問題なく届くじゃない。実際、貴女との手紙のやり取りは最近まで問題なく行えていたわよね? なのに商人が来られないのはどういう訳よ」
「ええ、陸路なら問題ないのです……ですが、今までこの村が利用していた商人の経路は海を介するんです。その経路上の灯台のある孤島が異世界の霧に包まれたせいで、灯台が機能しておらず……」
「……そう。確かその話は何日か前に王国の情報紙に載っていたわね。孤島でスモッグの形成、灯台に影響有りとか……確かにそれなら事情も分かるわ。でも他の宛てが無い訳じゃないでしょ? 領主に陸路での商人は要請していないの?」
「要請は既にしています。ですが、急場凌ぎで頼った陸路の商人は……なんて言いますか、地域語訛りが酷くて私の仲介が必要で、品揃えも品質も不十分でしたので……この調子が続くのなら難しいです。その上、私が村を離れると、商人の地域語訛りの問題でこの村はその商人に対して取り引きが何も出来なくなってしまいます」
そう言うとアザミはもう一度大きめの溜め息を溢す。俺たちが思っているよりも彼女は村のことを憂いているらしく、心底悩んでいる様子だった。
「確かに、村の住民も商人について愚痴を溢していたな……アザミのお陰で助かったとか。ってかその商人、そんなに酷いのか?」
「こういった地方の商人は商品さえ揃えられれば誰でもできますからね……品質も、虫食いや麦角――毒カビが繁殖したものが混入していました」
「最悪ね……その問題の解決に当たるなら、ギルドを介して王国に別の商人の手配をして、次に海路の妨げになる異世界の調査、周辺に新しく灯台を建設……確かに急ぎじゃないなら後回しにしてゆっくり解決していくべきね」
「……良かった。その貴族の家に殴り込みとかじゃなくて」
「いや、まあ……勢い余ってああは言ったけど、王族とか貴族には面子ってものがあるからね……他人の管轄に王女の私が殴り込みとかすると結構な問題になるから」
「その結構な問題って?」
「単純に国内の政治的問題が起こる。もしその領主に問題があるなら、王族からの粛正ってことになるわね……公の場でその貴族の首が跳ね飛ばされる。間違いなく歴史に一文が加わるわね」
じゃあなんであんな過激な発言したんです? 頭に血が昇っていたとはいえ、中々に問題のある発言だったぞシャーリィ。
流石に言い過ぎたと思っているのか、シャーリィは俺から目を逸らしてゴホンと咳払いをしていた。
「……失礼、話が逸れたわね。そういうことならアザミさんの提案通り、私達とノールド村の通訳者として来て貰うわ。もう一度確認するけど本当に大丈夫かしら?」
「大丈夫です……が、一つ尋ねておきたいことが。その通訳の仕事は何日掛かりになりそうですか? まだ長期間村を離れるのは心配と言いますか……」
「そこまで長期滞在にならないわ。問題になってた怪物退治なら私とユウマで済ませたし、村のお偉いさんに報告をすればそれで終わり。移動時間含めて二日ってとこかしら。でもまあ、他に困っていることがあるみたいだったら滞在期間が伸びるかもだけど……」
予定通り事が進めば心配しなくても早く済む。だけどもし私達の予想外の問題が判明すればその限りではない――と、大まかに要約するとそうシャーリィは答える。
山に迷い込んだ怪物を仕留めて、至急対応が必要な問題は解決された。しかし、それでもアザミは村を離れるのが気がかりな様子。
「シャーリィ、もしも他の問題があったとしてもあまり長居はしないでおこう。主要の目的は村の安全確保が済んだことの報告なんだ。精々、三日か四日ぐらいにさ」
「……そうね。私達がアザミさんに求めているのは通訳だから、それ以外にも助力を求めるのはちょっと図々しいものね」
「い、いえ! 別にそんなことは思っていませんから、遠慮せず他のことにも私を使って下さい」
ちょっと気を遣った提案をシャーリィは意外にも快諾するが、横から断るような――それこそ、彼女の言う“遠慮”をしているみたいに――アザミがそう口にする。
……俺は何かしら言ってくるだろうと予測できていたが、突然そんなことを言われたシャーリィは驚いたような顔をして、それは次第に冷静な眼に変わり、
「……なんて言うか、苦しそうなぐらい謙虚よね。貴女って」
そう一言、彼女の本質を口にした。
「苦しそう、ですか……?」
「うん。貴女からは人に怒ったり恨んだり、そういう攻撃的な感情が不思議なぐらい感じられない。気を悪くしたなら申し訳ないけど、性格が綺麗すぎて、負の面を丸々覆い隠しているように見える」
「お、おい。シャーリィ」
一瞬、静かな客室は鳥の鳴き声が入り込んでいた。
あまりに堂々とアザミのことを疑い掛かるもんだから、思わず割り込むように口を挟んでしまった。
そんな俺を見てシャーリィは何も言わず、ふぅ……と一息漏らすといつも通りな雰囲気に戻って、仕切り直しと言わんばかりに会話を戻した。
「……まあ、良いわ。ユウマの言う通りに用件が済めばサッサと撤退することにする。以上が今後の予定なんだけど、これで異議とか意見とかある人、居る?」
そう言うとシャーリィはアザミ、俺――と、上着のポケットに――視線を流れるように送る。アザミの目を盗んでポケットから僅かにガラスを取り出すと、ベルは首を横に振っていた。異議は無いらしい。
「……無さそうね。それじゃあ早速馬車で移動を――と、言いたいんだけど、アザミさんにちょっと頼みがあるの」
「うわっとと、シャーリィ?」
何を言おうとしているのか分からないが、シャーリィは急に俺の両肩を掴んで引き寄せる。
シャーリィの整った綺麗な顔は、俺を見るなりニヤリと何か恐ろしいことでも考えているみたいな表情に変貌する。こわい。
「はい? なんでしょう」
「ユウマに色々教えてやって欲しいの。実はコイツ記憶喪失でね、特に魔法や転生絡みに関しては全くと言っていいぐらいに知らないの。まあ、私も転生絡みは疎い部分があるんだけどさ……知ってて当然! って魔法の常識を土壇場で知らない事が発覚することがあるから心臓に悪いのよ」
「……色々忘れててすまないな。でも常識知らずみたいな言い方は止めてくれ、一般常識ぐらいはあるぞ。あとアザミに記憶喪失についてはもう話してる」
「そうね、一般常識までも無かったら多分途中で匙を投げてたわ。そういう意味では、私が匙を投げたくなるぐらいに貴方は魔法に関して常識知らずが過ぎるのよ」
何だと貴様。でも正論なので否定が出来ない。
「えっと、どういった具合なのでしょうか……? 素質はあるのに基本を知らないから魔法の行使がままならない、といった感じですか?」
「いいえ、逆ね。素質もあるし魔法の行使も応用も完璧。なのに行使と応用に至までに必要な基礎を全く学んでいない。こう言うと悔しいけど、天才肌だから本能と感覚だけでコントロールしているような状態なの。例えると、赤ん坊に手綱握らせて馬車走らせてるみたいなものよ。それで今まで無事故なのが不思議でしょうがないわ」
「それは……聞いてみると、もしかして結構恐ろしい状態なのでは……?」
……そろそろ文句言っても許されるのでは?
黙っていれば人のことを散々な例えで色々言ってくるシャーリィに文句を言おうと口が開いて――緑茶を喉に流し込んで言葉を飲み込んだ。もうこれで三杯目だ。
「取り敢えず、私達と同行している間までの契約依頼としてお願いする。当然対価も私から支払うわ。どうかしら、お願いできない?」
「はい。私にできることなら喜んでお任せ下さい」
なんと、シャーリィは契約依頼として対価を支払ってまで俺の教育を担当して欲しい、とアザミに頼み込んだ。
……驚いた。別に彼女がケチだとか言いたい訳ではないけど、支払う対価を彼女から支払うとは思ってもいなかった。俺の件だし、俺がお金を払うものかと思ってた。
「シャーリィ……そこまでしてくれるなんて」
「……ま、まあね。アンタは私の“夢”の第一歩――期待の一人目なんだから。何時までもそんなじゃじゃ馬で居られるとは思わないことね。新人の指導や教育も、組織の大切な仕事なんだから」
髪を払うように梳かしながらシャーリィは笑ってそう言ってのける。
え……何、急に優しいじゃん……他人の教育の手配に金を出すだなんて、肉親か余程の世話焼きでもなければしないってことは記憶喪失でも分かっている。
この手配が飴ならさっきのトゲのある言葉は鞭だろうか。いや、それでも飴と鞭のバランスが保たれていない。ケーキと鞭ぐらいか?
『……まあ、組織って枠で考えるとシャーリィとユウマは同期で新人ではないんだけどな』
あとポケットから小声で正論が飛んできた。やめろやめろ、今俺は心を打たれて感動しているんだ。急な正論は頭が冷静になってしまう。
「……さて、アザミさん。さっそくだけど、これからノールド村に行くわけだから遠出の準備をしてもらうわ。私達は馬車の方に行って色々下準備を済ませてくるから」
「わかりました。昨夜にお伺いしたあの馬車で集合、ということで良いですか?」
「そうね。そっちから来てもらえるなら助かるわ。あ、大荷物で運ぶのが大変ってならユウマを置いていくけど」
「む……そう、ですね。すみませんユウマさん、お願いできますか?」
確かに、二日かそれ以上の遠征なら準備も簡単ではないだろう。着替えの衣類だけではなく、転生使いなら武器とかも必要だ。そこそこ大荷物になってもおかしくはない。
「うん、わかった。この部屋で待っていれば良いのかな」
「はい、すみませんがお願いします! あ、何かありましたら遠慮無くお声かけください!」
準備に時間をかけさせないつもりなのか、アザミは慌てて客室を飛び出して準備に向かってしまった。実際遠くから物音が絶えないので荷造りを開始したのだろう。
「……ほら、王国の人達とは距離感がちょっと違うけど、悪い人じゃないでしょ?」
取り残された中、シャーリィが笑いながら席を立つ。
アザミに言っていたように馬車の方で何かしらの準備とやらをしに行くのだろう。多分だけど、クレオさんに色々今後の計画を伝えたりとかするんだろうなぁ。
「んじゃ、私も準備をしてくるわ。ほらユウマ、昨日の夜言ったでしょ? アザミさんと仲良くね。魔法使い――いや、転生使いとしては私以上に大先輩なんだから、色々教わったりして仲良くしなさいよ」
「ッ、――シャーリィ」
客室を立ち去ろうとするその背中に、思わず声をかけて足を止めさせてしまう。
言いたいこと、伝えたい思いがあった。ホントに彼女――アザミと仲良くするべきなのは俺なんかよりも、シャーリィの方なのではないか、と。
「……何?」
「……いや、無茶はするなよ」
「? わかってるわよ。そっちこそ、荷物運びに無茶して腰を痛めたりしないでよね」
顔はこちらを見ず、挙げた片手をヒラヒラと振ってシャーリィは部屋を去った。このままこの家を去って馬車の所にまで戻るのだろう。
『……ユウマ、やっぱりお前はシャーリィとアザミさんのことを気にしているのか』
「ああ……でも、シャーリィも前とは違って変わっているんだ。お互いやり方が違うだけで、行き着く先が同じだって信じてる」
シャーリィはアザミのことを疑いながら付き合っていくと、そう言った。その分俺が彼女と友好を築けとあの時言い残された。
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