∅ 《空集合》の錬形術士 ~カラの異世界と転生使い~

月夜空くずは

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2.辺境の密会、魔女の耳は獣耳

Remember-74 終戦の必殺/悪あがきのボトルメール

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「――! 何だ!?」

 頭上からの音。水面を貫いて水中に飛び込んだ存在。
 予想だにしなかった音を聞いた怪物は“それ”を見上げて――

「……小瓶、だと?」

 その正体を口にした。
 ……どうせ、アザミやシャーリィが助けに来たのだと思ったのだろう。その証拠に、小馬鹿にするような表情が出ている。

 だが、何時だって俺のやり方はこうだ――

「――あグッ!」
「何!? 貴様、何を――」

 ……そう。後でベルとかシャーリィとか――そして今回はアザミからも怒られるような、大雑把で成り行き任せな“型破り”な解決法だということを、この怪物は知らない……!

 俺は水流を操作して、降ってきた瓶を口元に近づけて、噛み付く。
 そして、そのまま顎の力に任せてその瓶を噛み砕いて粉砕した――!

「……!?」

 怪物の困惑の声を聞きながら、バリボリとガラスを咀嚼する。痛い。口の中でガラス片が刺さる感触がする――だが、今俺の両手は封じられているのだから、こんな悪あがきしか手がない……!

(俺の動きを本当に封じるつもりなら、俺の口も塞ぐんだったな、間抜け――!)

 そして俺は、口の中で圧縮した空気と共に、口の中で砕いたガラス片を怪物の顔面に向けて、まるで毒霧のように噴出する――!

「――グギィイャアア██████――ッ!?」

 予想だにしなかったであろう俺の反撃で、怪物の断末魔が可聴域を飛び越える。
 怪物の顔面は俺が噛み砕いたガラス片でぐちゃぐちゃで、片目は特に大きなガラス片で潰されている。

 余裕を無くした怪物は俺への拘束を解いて、逃げるように距離を取る。きっと生物としての防御反応なのだろう。やはりアイツは、生物を全く超越してなんかいない。

「が、ガガ……な、ナぜ……何故瓶が降ってきた……!?」
「お前、俺に律儀に説明してくれたよな? 煙幕を張ったら~とかどうとか。そんな基礎、シャーリィに叩き込まれてるっての」

 魔法の使い方として、シャーリィに狼煙を使った煙幕の張り方とか、そういう戦術的なことは一度教え込まれている。魔術担当がアザミなら、そういう戦い方はシャーリィが以前からチマチマと担当していた。

「煙幕は居場所を示すものだ……おおよそのな。この辺に俺がいるってシャーリィやアザミに伝えるための手段だったんだよ」
「そ、ソんな曖昧なホウホウで……ググッ、何故正確に瓶ノ援護が……!」
「ああ。それだけじゃ俺の正確な場所は伝わらないからな……だから、狼煙を上げた……お前の言う、おもちゃの剣でな」
『……! これは……珈琲? 形を持って上に昇っている……!?』

 珈琲を纏わせたコテを手放したのはわざとだ――いや、激痛で手放したのもあるが、結果的には意図的な行為だ。
 色の付いた水を狼煙のように細く水面に向けて伸ばすことで、俺の正確な位置をシャーリィ達に伝えたのだ。その結果、追加の武器が支援された……という訳だ。

――と、そこで少し遅れて、崖上に置いていってしまったガラス瓶の袋詰めがドポンと音を立てて俺の元に投下される。

「ッ……! この袋ごと投げ込むガサツさは……シャーリィだな。ってことは、さっきの支援はアザミのおかげか」

 ……有難い、武器の援護が何よりも望んでいたことだから、こうしたサポートをしてくれる彼女達には感謝の念しかない。

『その台詞、シャーリィに聞かれたら怒られるぞ』
「いや、これでも心底感謝してるんだぜ?」

 そう言いながら、俺は袋をガサツに取っ払って、中に入っている瓶を展開する。
 ……流石シャーリィだ。水中でのこの戦い方はシャーリィにも提案して、“改良”も加えてくれていたのだ。初めから蓋が開いていて何時でも撃てる状態になっている。

「さあ、今度はお前が追い込まれる番だ――空気魚雷エアロトーピードッ!」

 俺の周囲に展開し、中に空気をチャージした瓶を十個以上、纏めて怪物に向けて射出する。
 だが、今回は初回よりも距離が遠い。向こうも俺の攻撃を警戒しての間合い――俺のこの攻撃が弱まる距離を取っているのだろう。

「ッ!? 中に……何か入っている!?」
「片目しかないから仕方ないとはいえ、人間を超越した割には目が悪いようだな!」

 瓶の中に入っている物――それはあのベルホルトが持っていた魔道具の紙の一部であり、それこそがシャーリィの施してくれた“改良”だった。

「俺からのボトルレターだ。受け取ってくたばりな……ッ!」

 怪物の近くにまで接近した空気魚雷エアロトーピードは威力をほとんど失っている。精々、自壊する程度の圧力しか持っていない。
 だが、それで十分だ。俺は怪物の至近距離まで近づいた瓶を次々と起爆し――

「――ぐぁああああああ!?」
「ッ、痛てて……水中同士だと少し自爆しちまうか……!」
『! アレは……電撃!?』

 瓶に内蔵された雷の魔道具が周囲に電撃を放ち、怪物を痺れさせる――ついでに、同じく海中にいる俺まで少し痺れる。ああクソ、改良したのは良いが、ぶっつけ本番で使用するのは悪かったな……!

 だがおかげで時間は稼げる。俺はその隙に、ポケットからガラスを――ベルを取り出して、面と向かい合う。

『!? どうしたユウマ? こんな時に私に構っていないでヤツに追撃か撤退をするべきだ!』
「ああ、もちろん“追撃”する。だからベル、頼みがある。お前の力を貸してくれ」
『へ……? それってどういう……』
「…………ッ、ググ……貴様、貴様貴様貴様ァアア! 絶対にぶっ殺してやる!!」

 ベルに頼み事をしている最中、怪物が大きく叫んで俺への殺気を全力で放ってきた。その強い“気”に思わず身がすくみかけるが、頼み事は伝えられた。ベルも了承してくれた。後はこれで、ケリをつけてみせる……!

「グァァアアア――!」

 人間を超越したと自称した男は、もはや獣同然に成り下がった。鳴き声のような声と共に何も考えていない一直線の突撃をしようとして――

「――ゴブッ……!?」

 その隙だらけな首を、容易に切断してみせた。

「な、何が……ッ、こ、これは……が、ガラス片、だと……!?」

 怪物の首元を切り裂くように刺さったのは、先程の攻撃で海中を漂うガラス片だった。透明で水と同化しているそれは、怪物からすれば不可視の攻撃も同然だろう。

「き、貴様か……! どうやってこんなことを……貴様も見えていないだろうに……!」
「……言葉を取り戻したか。ああいや、やっと知性が人間ぐらいに戻って来られた、って言った方が正しいか」
「答えろ! 貴様にそんなマネが出来るわけ――グッ!? ゴフッ!? な、何故ッ……!?」

 まるで剣を振るように俺が腕を動かすと、それに合わせて水流は動き、ガラスがヤツの体を切り裂いていく。蛇には“蛇”を。まるで蛇腹剣を操っているような感覚だ。

「まあ、教えても良いか……俺には心強い相棒が居る。それが答えだ」
「……どういう、ことだ――ハッ!?」
『……まあ、そういうことだな。ユウマはこういう咄嗟の転機だけは効くもんな』

 怪物のすぐ隣のガラス片に映ったベルの姿を見て、怪物は理解しただろう……いや、理解が追いついていないかもしれないな。
 俺にも海中を漂うガラス片の位置なんて分からない。透明な空間水中に透明な物体ガラス片なんて、ヤツの言うとおり同化して俺にはコントロール出来ない。

「転機は効くってなんだ、とは! やっぱり記憶喪失でも、地頭が良いってヤツなんだよ、きっと俺はさぁ! ――フンッ! オラァッ!」
「ガッ――グフッ、グエ――!?」

 ……だが、そのガラスに何かが映れば?
 まさにそれが答え。ベルのガラスを渡り歩く力を借りて、海中のガラスを走り回ってもらっている。それで俺はガラス片の位置を記憶し、ガラス片ごと水流を巻き起こして怪物を切り裂いている……というわかりやすい手品だ。

「ぐぅぅぅぅうううううう!! お、おのれぇえええええ!!」
『! ユウマ! あの怪物、水面に飛び出したぞ!』

 俺達の攻撃に耐えきれなくなり、海中だと不利だと悟ったらしい。怪物は一直線に海面を目指して浮上し、そのまま飛び出して行った。
 ……どうやら本当に逃げたらしい。再度頭上から襲ってくる気配は無い。

「ッ、ああ……撃退成功か……早く崖上に戻るぞ」
『ああ、シャーリィ達が危ないからな! 急ごう!』
「……俺達も十分危ない目に遭ってるんだがなぁ……」

 手元に戻って来たベルが急かしてくる……が、俺だって結構危なかったんだぞ?
 だが、その意見には大賛成だ。崖程度なら水に粘度を与えればよじ登れる。早く戻って彼女達に加勢しなければ……!



 ■□■□■



 「――プハッ! はぁ……はぁ……し、新鮮な空気だ……脳に染み渡る……」

 さっきまで呼吸こそしていたが、鮮度がまるで違う。空気に鮮度なんて概念は無いと思うけど、そう感じてしまうほどにさっきまでは本当にヤバかった。窒息死スレスレの危険すぎる戦いだと改めて思う。

『ユウマ! あの時みたいに崖を登れるか!?』
「ああ! 今は地上――いや、海上だけど、ここなら水への形は明確に与えられる……!」

 両手と両足に付着させた水を使って、崖に手を付けて腕力と脚力を使って崖登りを開始する。落ちる心配は無いが、どうしても時間が掛かる。なんとか間に合えば良いのだが――

『……!? あの怪物、宙に浮いているぞ!?』
「何――ッ!? 本当だ! 翼も無いのにどういう原理なんだ……?」

 ベルの声を聞いて空を見上げると、そこには先程の怪物がまるで水中のように宙を泳ぐ姿があった。信じられない光景は、まさしく怪物の特権だ。
 ……いいや、今はそんなことよりも崖登りに集中しなくては。俺は少しずつ、更に上へ上へと手を伸ばして登って行く。

「何よあの蛇……!? 宙に浮いてるの!?」
「や、やっぱり龍じゃないですか!?」
「……ん?」
「……はい?」
「いや、蛇よねアレ。ってか、前から気になってたけど、その……“りゅう”って何かしら」
「いえ、龍は龍ですよ! あんな見た目で、あんな感じに空を飛んで! 鯉という魚が滝を登るとああいう姿になって――!」
「は、はぁ……」
「ッ……なに呑気な会話してるんだシャーリィィイイ! アザミィィイイイ!」

 地獄の底から這い上がるような声で――実際這い上がっているのはただの崖だが――呑気なやりとりをしている二人にツッコミを入れる。いやホント、怪物を前にしてする会話がそれか……!?

「! ユウマ! 大丈夫だったのね!」
「ああ! それよりも気をつけろ! 傷は負わせたが、そいつはかなり手強いぞ!」
「チィ! 胴体が破壊されているだと……!? やりやがったな魔女どもめ!」

 どうやら俺を襲った時に崖上に置いていった胴体は、シャーリィ達の手で破壊されているらしい。再度合体してこの場から逃げるつもりだったらしいが、そうは問屋が卸さないのである。……ところで問屋ってなんだ?

「どいつもこいつも、魔法使いどもは自分が世界を救えるなどと錯覚しやがって――! 覚えておけ時代遅れの魔法使いの残りカスども! 貴様らの薄っぺらいプライドが、この壊死した世界を悪化させているのだとなァ――!!」
「ッ! シャーリィさん、危ない――きゃ!?」
「! アザミ!? 大丈夫か!?」

 激情した怪物の尻尾が恐らくシャーリィを狙い、それをアザミが庇ったらしい。
 こんなところで呑気にしている場合じゃない。あと半分なんだ。早く、早く昇らなければ……!

「ッ、ごめんなさい! アザミさん大丈夫!?」
「大丈夫です……弓の弦でなんとか身を守れたので……、?」

 どうやら無事だったらしい……が、そこで怪物がおかしな行動に出る。
 何故か、俺達を無視してどんどん離れていく。水面を泳ぐ蛇のように、波打つような動きで空を泳いで遠くへと少しずつ行ってしまう……?

「あの怪物、どうして逃げて……ッ!? まさか……!」
「……マズイ、ユウマ! もう時間よ! 異世界の外はもう夜が来ているわ!」
「!? なんだって!? じゃあ……あの怪物は、まさか!」
『外の村を襲いに行っているってことか……! マズいぞ! 早くアイツを撃墜しないと!』

 そうだ、俺達の目的は村を守る為の戦いだ。夜になるより前にヤツを仕留めるのが俺達の作戦だった……が、どうやら既にタイムリミットは来てしまったらしい。
 それは本当にマズイ……! ベルの言うとおり、異世界を出る前に狙撃でもしなければ……!

「アザミさん! またあの矢を――ッ、もうその弓、使えそうに無い……?」
「…………はい。普通の弦ならありますが、あの矢に耐えうる弦はもう予備がありません……」
「そんな……どうすれば……」

 上から絶望的な声がして、思わず俺も心が絶望に染まりそうになった。
 ……嫌だ。こんなところで今までの行いが、彼女達の意思が、“無意味”になるのは駄目だ……! そんなこと、意地でもさせない――!

「ベル! 何か妙案は無いか!? 弦の代わりになる物とか、何か矢を射ることができる方法とかさ!」

 唯一の希望のように、俺はベルに縋りつくように問いかける。
 以前の異世界戦でも彼女の知恵には助けられた。今回も都合の良い案が出てくるとは限らないが、それに近い手段があれば、それに賭けたい……!

『急にそんな!? いや、でも……一応、あることにはあるが……やったこともないし、出来るかもわからないぞ?』
「何度も言っているだろ! どんな無茶でも、俺が“形”にしてみせるって!」
『……そうだ、そうだったな! ああ、一つある。弦が無くても矢を飛ばす方法なら……!』

 ベルを勇気づけるようにそう言ってのけると、ベルも自信を持ってそう宣言してくれた。その自信ある言葉は、崖上で絶望で固まっている二人を動かす原動力になる言葉になり、シャーリィが崖上からヒョイと顔を覗かせてきた。

「ベル!? それは本当!?」
『ああ! 必要なのはアザミさんのその弓だ。弦は無くて良い。それで代用する』
「つ、弦のない弓で矢を放つのですか……!?」

 アザミの困惑した声が聞こえてくる。
 そりゃそうだ。その反応は当然のものだ。弓は弦があるから矢が飛ばせるのに、弦の無い弓なんてただの棒のようなものだが、一体どう使うのか――

『そうだ。だいぶ原始的なやり方だし、私も知識だけでやったことは当然、やっているのを見たことすらないからな……』
「……わかり、ました。その案、私に教えて下さい!」
『ならユウマの所に来て欲しい! ユウマ、海面に下りてくれ! そして形を与えて海面を足場に出来るか!?』
「ッ、ええ!? ここまで昇ったのに!? まあ、できるけど……ッ、と」

 努力が無駄になってちょっと不満があるが、そんなことを言ってる暇じゃない。俺はズルル、と崖を滑り降りて、海面に形を与えて足場にする。
 水中での行使で水についての理解が深まったのか、以前よりも簡易で強固な形を与えることに成功した。これなら水底が見えなくても歩ける足場を作れる……!

「アザミ! 下りてきて大丈夫だ! 一応、柔らかくしてクッションみたいにはしている! 足をくじかないように気をつけてくれ!」
「はい! ――ッ、と!」

 アザミが弦の無い弓を片手に飛び降りる――弦の無い長弓は、本当に槍のような状態だった――と、海面はゼリーのように彼女の着地の衝撃を受け止める。
 足に古傷があると聞いていたから心配だったが、問題は無いようだ……

「アザミ、大丈夫か?」
「はい。ありがとうございます、ユウマさん。それでベルさん、どうやって矢を放つのですか?」
『ああ、昔の狩猟――弓矢の概念がまだ無かった頃、あるは無い文明が使っていた技術で飛ばす』
「弓矢の概念が無かった頃の、技術……?」

 何故そんな知識を持っているのかが不思議な一方で、弓矢の概念が無い頃の矢を飛ばす方法というものにも疑問が浮かぶ。
 本当にそんな技術があるのか――いや、そもそもあったとして、そんなこと練習も無く突然やれるものなのか……?

 だが、他に選択肢は無い。俺はベルの提案を信じ、無茶があれば俺が無理矢理その足りていない部分を補強してみせる――!

『氷河期時代ほど前に使われていた技術――その名も、“アトラトル”だ!』
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