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第3話 バイトの王子様
しおりを挟む「これは……ツイてる……?」
部屋の中央に置かれたテーブルに向かって座りながら、菜々子は独り言ちた。
殿下はバイト先には来なかったけど、玄関先では会えた。しかもせっかくのメイクも無駄にならなかった!
菜々子は何やら、運が回ってきたように感じていた。
その思いを誰かに向けて呟きたくて仕方なかった。
スマホを取り出し、自分のSNSアカウントにログインする。そして、〈さっき玄関先で親王殿下と挨拶しちゃった!〉と投稿しようとする。
しかし、
「……やっぱやめとこう。殿下の一人暮らしがバレたらマズいもんね……」
思い直して投稿をやめた。
大学周辺には、週刊誌やパパラッチが張っている。昨夜見た記事の写真も隠し撮りされたものだ。自分の不用意な投稿で、親王殿下のプライバシーが脅かされるのは忍びなかった。
この辺り、菜々子の感覚は常識的だった。
承認欲求に打ち勝った菜々子は、漠然とSNSを眺めていた。すると、流れてきた一文に目が留まる。そこには、
〈マッハ軒から出てきた素仁さま見たったw〉
とだけあった。
「え? マッハ軒て、まるみ食堂の近くじゃん!?」
「マッハ軒」は老舗の立ち食い蕎麦屋で、まるみ食堂の並びの店である。周辺は主に学生向けの飲食店が立ち並んでいた。
「ということはうちの店に、あとちょっとだったのか……惜しい!」
何が惜しいのか誰にも分からない呻き声を上げて、菜々子は悔しがった。
「よし! 幸先いいぞ! 真面目にバイトしてれば、いつかまるみ食堂にも来るかもしれない!」
菜々子は拳を握りしめ、決意を新たにした。
真面目に働くことが、親王殿下の来店にどう繋がるのか、菜々子以外には分かりようもなかった。
◇
数日後の昼休み。
学内のファストフード店にはいつものように、多くの学生が集まっておしゃべりに花を咲かせていた。
今日の話題は親王殿下のアルバイトである。
「殿下がアルバイト希望してるんだって!」
昨日、週刊誌のネット記事に『親王殿下がアルバイトを希望しているようだ』との匿名の「担当記者」による「分析」が書かれていた。
信憑性に疑問が持たれる記事だった。そもそも、皇族が学生アルバイトをするのは現実的ではない。警備の問題もある。眉に唾を付けて読むべき記事といえた。
因みに、週刊誌の皇室報道における、「関係者」や「担当記者」が記事の執筆者自身であることは、業界では周知の事実である。
しかし、ネット住民や親王殿下が通う大学の学生たちは、ここぞとばかりに楽しんだ。
「殿下が闇バイトに応募して、駆けつけたSPが元締めを成敗するとか……」
「闇バイト屋、余の顔を見忘れたか!……成敗!」
「俺の名前は引導代わりだ。迷わず地獄に落ちるがよい!」
「この紋所が目に入らぬか! ここにおわすお方をどなたと心得る! 素仁親王殿下にあらせられるぞ!」
等々、時代劇の「貴人がお忍びで悪党成敗」シチュエーションを勝手に想像して盛り上がった。
さらには、
「お冷をどうぞ、なんて言ったら『下賜』だな」
「こちらおすすめですよ、は『御用達』」
「領収書を切ったら『宸翰』」
「案内放送したら『玉音放送』」
「バイトリーダーになって指示したら『令旨』」
「殿下が触ったらレシートでもハンバーガーでもみんな『御物』になっちゃう」……等々。
若者たちは現実性がないのは百も承知で、言葉遊びに興じた。
(もし、殿下がうちの店でバイトするようになったら、どうなるんだろう……?)
あり得ないことと知りつつ、菜々子はつい想像してしまう。
(『はい。殿下、ラーメン2つ持ってってください』とか、『空いたお皿下げてください』とか指図しちゃうのかな? それで『お皿の洗い方はこうするんですよー』とか、教えちゃったりして……)
教科書を読みながらも、全く内容は頭に入って来なかった。
(『菜々子先輩、ありがとうございます!』なんて言われちゃうのかな……えへへ)
菜々子の頬が緩み顔がにやける。
それを見ていた葵と美咲は呆れたように呟いた。
「……重症だね」
「うん……相当だね、こりゃ」
◇
その日の講義終了後。
菜々子がまるみ食堂に出勤すると、勤務先にはある変化があった。
それは……
「菜々子ちゃん、新人のバイトが入ったよ」
店主が菜々子に嬉しそうに声を掛ける。元々、この店のアルバイトは2人いたのだが、1人は卒業して辞めていた。以来、人手が足りていなかったのだ。
「おやっさん、どんな子?」
「生命環境学部の1年男子で、明るくて爽やかな子だよ。可愛いって言葉が似合うね」
(生命環境学部の爽やかな1年生男子? それってまさか……?)
親王殿下が在籍する生物学科も同じ学部に属する。
因みに、菜々子は法学部である。
菜々子の胸が期待で高鳴る。
「初めまして! 地学科1年の芹沢秀樹です。よろしくお願いします!」
店の奥から出て来たのは、小柄で童顔の、可愛いらしいという表現が似合う男子学生だった。
長身で大人びた雰囲気の殿下とはまるで印象が違っていた。
……そうだよね。殿下がバイトなんかするわけないよね。しかも、こんな場末の食堂で。
菜々子は、勝手に期待して勝手に失望した自分が酷く虚しかった。
◇
バイトの新人は明るく、愛想もよく爽やかで、確かに可愛気はあった。
しかし……
(大丈夫かな、あの子? 意外と鈍臭さそうだけど……)
秀樹はコップの水をこぼしたり、皿を落としたりとドジっ子ぶりを発揮していた。幸い実害はまだない。
菜々子は不安そうに秀樹の働きぶりを見ていた。
やがて、閉店時間となった。
既に10時を過ぎている。
菜々子が店の外に出て、暖簾を外そうとした時。
1台の自転車が菜々子の目の前を通り過ぎた。
それに乗っていたのは、パーカーを着て律儀にヘルメットを被った爽やかな青年――素仁親王殿下その人だった。
「……!」
菜々子は颯爽と自転車で走り去る親王殿下に目を奪われていた。
(やった……バイトには来なかったけど、殿下の自転車姿を拝めた……!)
菜々子は今までのモヤモヤが晴れたような気がした。
◇
(この時間で、まだ大学の近くにいるってことは、今日も殿下は泊まるかな?)
菜々子は想像を巡らせながら自宅マンションへの帰り道を歩いていた。
マンションの前まで来ると、すぐに入らず、裏に回った。そして、自分の部屋の辺りを見上げる。
(……いた!)
親王殿下の部屋に灯りが付いていた。
(やっぱり今日は泊まってるんだ。もしかしてベランダに出て来て、夜風に髪がふわっと吹かれたりして?)
菜々子がそう思った矢先、引き戸が開いて、部屋から人が出て来た。人影はベランダに出ると、柵に手を付いて夜風に吹かれていた。
(あ、本当に出てくるなんて……。え? うそ? こっち見た?)
その人影は暗くてよく分からなかったが、部屋の位置からして親王殿下に間違いなかった。その殿下が自分の方を向いてほほ笑み掛けたように見えたのだ。
「今、笑ってたよね……」
そう、確かに殿下は自分に気付いてほほ笑み掛けてくれたに違いないのだ。
人影が部屋の中に消えると、菜々子は周囲の目も気にせず、叫んでいた。
「よっしゃあー!」
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