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2 希少価値の高いだけで美形かどうかは別問題

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 ライルディアンという名前が呼び難くくてつかえていたら『ライル』と愛称呼びを許してくれた。なので、僕も後に来るほうが個人名だとおしえて、苗字ではなく名前の『セイジ』呼びにしてもらった。

 ライルはルートリア大公国の大公子だそうだ。

 ライルが17歳の頃、魔王が勢力拡大を図り魔物たちが活性化したそうだ。魔に汚染されると苦しんで死ぬという。聖魔法で浄化するのだが、その聖魔法を使える人は少ないという。魔王軍に追い詰められている連合国の一つスライテスト国が神託を理由に聖女召喚を行った。連合軍と聖女守護隊派は魔王をあと一歩のところまで追いつめた。決戦の前夜、守護隊に食事に毒を盛る裏切りでて守護隊は戦闘のできない状態にされてしまう。連合軍と毒に侵さた守護隊でなんとか聖女を守り抜き、魔王と対峙した。弱体化した守護隊では魔王と魔王軍を殲滅できず、魔王の浄化を完了せずに聖女を守護しながらの撤退となった。
 
 聖女教会の総本山である聖アルファルゼン教国で過ごし、聖女は学院を卒業した。そして、聖女は権威が集中しないよう、聖女の国ではあるという一妻多夫にすることになった。聖女召喚の名声はあっても連合国の承諾なく聖女召喚を行ったスライテスト国は聖女の婚約者になることは許されなかった。

 ライルが20歳になり、聖アルファゼン教国に訪れた。魔王に憑依されたスライテスト国のシルヴァン王子が聖女を攫った。ライルへの警護に集中されたために聖女の警護が手薄になったところを狙われた。今はその奪還の最中でスライテスト国の城で交戦中だったそうだ。

「聖女召喚の儀を成功させたスライテスト国は強力な魔力保持者が多かった。俺は聖女を庇いながらシルヴァン王子と剣と魔法を交えていた。この一撃で終わらせると思って剣を振り下ろすと一面が光気が付けば林に転移させられていた」

「林じゃなくて、日本の住宅街にある公園だね」

「では、転移魔法陣かそれに該当するものはどこにあるか教えてくれないか? 俺の世界は今、決戦の最中なんだ。早く戻らなければならない」

「ソウダネー。神域っていうのは日本だと神社か寺か教会かな。でも、転移装置はナイな」

 うなだれる甲冑男の肩を軽く叩いた。

 帰り道、再びコンビニへ寄って、彼の分の食料と下着類と栄養ドリンクを買うことにした。俺が買い物を済ましている間、彼はコンビニの出入り口の前で警護している騎士らしく立っていってくれた。
 
 レジのアルバイト青年はチラリと外を見た後、『早く連れて帰れ』と無言の圧力をかけてくる。帰宅したら服を渡そう。そう誓った。



 

「そのまま上がらないでくれ。玄関で靴を脱いでほしんだけど、その甲冑というかブーツは脱げる?」

「なに?こんなところで脱ぐのか?」

 驚きながらも脱いでくれた。素直そうな人で良かった。

「甲冑を纏っているのに、ひざ下からは履いていないとちょっと間抜けに見えるよ」

「脱げといったお前が言うな」

 ライルが手を伸ばして俺の髪を優しくまぜっかえした。他人が触れる距離は久しぶりでちょっと緊張してしまうけど、友人のような扱いが心地よい。彼は人との距離が近いタイプなんだろうか。声が低く体格が大きいので怖く感じる。だけど、多弁で一緒にいて楽しいタイプだ。
 
「僕のだから小さいけどこの服を着てリラックスしててくれる? 昼は外で食べるつもりだから、その時に服を買おう。とりあえず、お風呂を入れてくるね」

 クスリと笑いながらそう言うと僕は風呂を洗いに行った。いつもはシャワーで済ませているけど、今日はお客がいるからと思い、湯を張ることにした。遠くでガチャガチャと音がするから文句言わずに着替えているんだろう。またクスリと笑ってしまう。

「もうすぐ、お風呂わくから先入ってくれる????」

 金髪の体格の良い美形がゆったりサイズのスェットをピチピチに伸ばして丈も寸足らずにして着て立っていた。 毛先に癖のある淡い金髪に水色の瞳。白い肌、メリハリの付いた欧米顔だ。背が高い上にこの体格でこの顔がついているって奇跡なのでは? と思うくらい美形だった。

「着方が違っていたか? 身体を締め付ける格好なんだな。ずいぶん見ているが着方が間違っていただろうか?」

 普通のことを話しているのに、耳がくすぐったい。さっきまでフルフェイスだったから声がこもっていたのか。元来の声は低くて甘い、耳に残る声だった。

「美形でびっくりした! しかもすごくいい声だな。その貫禄で20歳なのか。ん、着方はあってるよ。でも、服を買いに行こうな」

 ああ、当然だな。というようにライルは笑って頷いた。自覚がある美形を見るのは初めてだが、ぐうの音も出ないな。

「やはり、これは小さすぎるんだな。セイジは何歳なんだ?」

「27歳だよ。少年じゃなくて悪かったな。綺麗な瞳の色だな。水色かと思っていたけど光が当たると万華鏡みたいにいろいろな色が映るんだな。」

「青銀というんだ。まさか…年上だったのか・・・・・・先ほどはすまなかった」

「それは、ライルが子供のように俺の髪をまぜっかえしたことを言っているのか、それとも、少年と言ったことをいっているのかな?」

「重ね重ね、失礼をした」

 ばつが悪そうに似合わない恐縮する姿のライルが可愛く見えた。これが、若いっていう特権か。

「いーよ。普通に話してくれよ。まあ、王子様なんだろうけど? この世界にない国だからなぁ。異世界に来て家柄とか年功とか序列なんてだろ」

「公子だよ」

 ライルのクスリという笑いはなんだか人を嬉しくさせる。気にしたことなかったけど、僕は面食いだったんだな。 




 風呂の使い方を説明して、ゆっくり風呂に入ってもらった。その間に、僕は栄養ドリンクを飲む。もともと寝に帰るだけでたいして物のない部屋だけど、彼が少しでも居心地良く過ごしてもらえるように掃除をする。

 彼が出てきて、僕も手短に入浴した。腰にバスタオルを巻いて髪を乾かすためにドライヤーの電源を入れる。

 バタンと大きな音を立てて扉を開け放ち、抜き身の剣をもったライルが飛んできた。

「ど、どうしたんだ? 剣はやめてくれ。家が傷つく」

 あまりの勢いにビクビクして困惑顔の彼に声をかけた。独り暮らしの狭い脱衣所で剣を振り回すってどういうことだ。ライルは無言で僕を隠すように構える。彼のピリピリとした緊張が伝わってくる。

「風を操作する音がした。この世界にも魔物が!! しかも室内に入り込んでるとはな」

「魔物なんてこの世界にはいないよ。これは髪を乾かす機械なんだけど、そっちの世界にはないのか?」

 ドライヤーの電源をON/OFFにして操作する。先ほど説明したはずだが、彼は使わずにタオルで髪を拭きながら出てきていた。

「そうだな。濡れたものを乾かすのなら、自然にか俺の場合は蒸発させます。風の魔法使いなら似たようにするとは思いますが。水の魔法使いは流動していると聞きます。魔力の系統によってそれぞれですね。」

「ふーん。この世界には『魔法』はないから、機械が発達したんだ。乾かしてやるよ」

 そう言って彼を鏡の前の椅子に座らせて彼の後ろに立った。美容師のように梳かしながら柔らかい金髪を乾かした。

「初めてのドライヤー体験だな。どうだ?」

「魔力がない人にも使えて良いものだな。」

 下を向いても目線でドライヤーを追っている姿が鏡に映っていた。

「ドライヤーに興味があるみたいだね」

「俺の世界にはないものだから、気になるな」

 興味ある物の前では、僕が上半身裸なのも気になっていないだろう。僕は腰にバスタオルを巻いただけで、かなり無防備な格好だ。彼に比べたら貧相だけど、会社に行くようになってからはスポーツはしていない。気が付けば趣味もなくなっていた。友人に会う機会も減り、休みの日は一週間分の休息を取るためにひたすら寝ている。

 なのに、今は、ライルを構うのが楽しい。

「代わろう。・・・・・・キミの髪も乾かさねばな」

「真っ直ぐでサラサラだな。俺のいた世界では珍しい髪質です。きっとモテるぞ」

「僕が? モテる? ありえないよ」

「いや、セイジは俺を美形と言ったが、俺のような顔はよくある系統の顔だ。だが、お前は聖女のようにしとやかで尊い美人はそうはいない。聖女の家系でもお前ほどはいないだろう」

「聖女ってどういう風貌なんだ?」

「この度の聖女は歴代聖女の中で随一と言われている美しい方だ。俺の世界にはめったにいない小柄でほっそりと慎ましい御姿が印象的な方だ。癖のないサラリとした黒髪に見透かすような神秘的な黒い瞳、しっとりときめ細かい肌だと噂だ。なによりも、3年もたつのにほぼ変わらぬ容姿をされている」

 日本人の女子高生が異世界転生したみたいな感じだろうか。美醜逆転とまではいかなくても、日本人のようなあっさり顔でほっそりした身体の方が希少価値の高い美人になるのか。

「僕程度で美人扱いになると外に行ったらびっくりするぞ。美人が溢れかえっていることになるからね。一目ぼれしてプロポーズとかするなよ」

「それは楽しみだ。だが、俺は面の皮で惚れたりはしないぞ」
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