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1章
第20話 耳としっぽといわれましても
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「さぁ、サキも早く私に耳としっぽをみせてくれないか」
……はい? オキツネサマってば、なに言ってるの!?
わたしに、しっぽなんてないよ。
耳は今、髪の毛に隠れていて みえてないかもしれないけど……。 人の耳がついてるだけ。獣の耳、通称ケモ耳が頭の上にニョキッとあらわれることはないし。
(なんか、とんでもないことになってきたような――)
今この部屋にいるのは、わたし、谷沼 紗季音と『オキツネサマ』と呼ばれる、和服を着た美青年、そして『りんかのリンちゃん』と名乗る、人の言葉を離す不思議な青い炎だ。
この部屋は沢樫荘というアパートの管理人室。
わたしは、今日から沢樫荘で1人暮らしを開始する予定の、ごくごく一般的な二十代女子。
とある出来事の関係で気を失ってしまい、管理人室に運ばれたんだけど……。
わたしをこの管理人室に運んだ、オキツネサマと呼ばれる青年も、管理人さんってわけじゃない。
管理人でない以前に、彼は人類ではないらしい。
ついさっきまでオキツネサマは(とんでもない美形とはいえ)人間の姿をしていた。
だけど。
今、わたしのとなりにいるオキツネサマは――。
頭のてっぺんから足のさきまで、ついさきほどまでと変わらない、人とおなじ見た目をしているのに、獣の耳がピンと頭の上にはえてるし、背後からチラチラとしっぽがみえている。
この三角の獣耳とフサフサで長いしっぽは、わたしがさっきアパートの近所の神社で出会った白いキツネの耳としっぽにそっくり。
どうやらオキツネサマと呼ばれるこの青年は、人の姿にもキツネの姿にもなることができ――。さらには、キツネの耳としっぽを残したまま、人の姿でいることもできる……ようだ。
……でも、ただの人間であるわたしに、そんな変身能力はもちろんない。
なのにオキツネサマは、おだやかな口調で
「さぁ、サキも早く私に耳としっぽをみせてくれないか」
なーんて言ってきたのだ。
(……無理だって、そんなこと!)
そもそも、オキツネサマも、彼の横でプカプカ浮いているリンちゃんも、わたしを、ふたりの昔からの知りあいの誰かとカンちがいしたままだ。
わたしが何度も『人ちがいだ』と伝えても、わたしのほうが彼らのことを忘れてしまったあつかいされる始末。
(だからって……)
今ここでわたしが単なる人間で、動物に変身するなんて、どうころんだってできないんだと、声を大にして主張しなければ――。
きっと彼らは、いつまでもわたしを自分たちの知りあいだと言ってゆずらないはず。
しかも、オキツネサマとリンちゃんの知りあいって――たぶん、人になったりキツネになったりできる女の子なんじゃないかな?
だから、わたしにも「しっぽがみたい」なんて妙ちきりんなお願いをしてきた気が……。
わたしは気分を落ち着けるために大きく深呼吸してから、彼らにしっかりとした口調で伝えた。
「わたしは谷沼 紗季音という、ただの人間であって、キツネが人に変身しているわけじゃないから、キツネの耳やしっぽをみせることは、できないよ」
言った、言えた。はっきりと……。
2人は……今度こそわかってくれた?
どきどきしながら視線を彼らに向けると、オキツネサマは、ポカンとしているご様子。
リンちゃんもそんな感じ。青い炎のようにみえる体をななめにかたむけている、リンちゃんの今の姿は、人が首をかしげているポーズを思いおこさせる。
オキツネサマは数秒間の沈黙ののち、わたしの顔をまじまじとみつめながら。
「サキは、私とリンがそなたのことを『人間に変身できるキツネ』だったらよいと考えている……とでも思っているのか? 私は一度たりとも、もしもサキがキツネであればよかったなどと考えたことはないぞ。安心されよ」
『おれっちだって! サキっちがキツネだったらいいだなんて、そんなこと思ってないからな~』
……あれれ、どういうこと? というか、(わたしがキツネだったらいいとは考えてないっていうのは、よしとして……)何がどう『安心されよ』な、わけ?
ついさっき、オキツネサマはわたしに「しっぽをみせてくれないか」って頼んでたよね。
それって、わたしを仲間のキツネが人間に変身中だとカンちがいしたから――というわけではないの!?
? ? ?
今度はわたしがポカンとする番だ。
オキツネサマは悟すように、わたしに言った。
「サキ、そなたはタヌキのあやかしであろう。私はそなたのタヌキらしい耳としっぽをひさかたぶりにみたいと言ったのであって――。キツネに変身してほしいなど、そなたにとっては無理難題なことを言って、困らせたかったのではないぞ」
――……タヌキの、あやかし……? なんですか、それ――。
……はい? オキツネサマってば、なに言ってるの!?
わたしに、しっぽなんてないよ。
耳は今、髪の毛に隠れていて みえてないかもしれないけど……。 人の耳がついてるだけ。獣の耳、通称ケモ耳が頭の上にニョキッとあらわれることはないし。
(なんか、とんでもないことになってきたような――)
今この部屋にいるのは、わたし、谷沼 紗季音と『オキツネサマ』と呼ばれる、和服を着た美青年、そして『りんかのリンちゃん』と名乗る、人の言葉を離す不思議な青い炎だ。
この部屋は沢樫荘というアパートの管理人室。
わたしは、今日から沢樫荘で1人暮らしを開始する予定の、ごくごく一般的な二十代女子。
とある出来事の関係で気を失ってしまい、管理人室に運ばれたんだけど……。
わたしをこの管理人室に運んだ、オキツネサマと呼ばれる青年も、管理人さんってわけじゃない。
管理人でない以前に、彼は人類ではないらしい。
ついさっきまでオキツネサマは(とんでもない美形とはいえ)人間の姿をしていた。
だけど。
今、わたしのとなりにいるオキツネサマは――。
頭のてっぺんから足のさきまで、ついさきほどまでと変わらない、人とおなじ見た目をしているのに、獣の耳がピンと頭の上にはえてるし、背後からチラチラとしっぽがみえている。
この三角の獣耳とフサフサで長いしっぽは、わたしがさっきアパートの近所の神社で出会った白いキツネの耳としっぽにそっくり。
どうやらオキツネサマと呼ばれるこの青年は、人の姿にもキツネの姿にもなることができ――。さらには、キツネの耳としっぽを残したまま、人の姿でいることもできる……ようだ。
……でも、ただの人間であるわたしに、そんな変身能力はもちろんない。
なのにオキツネサマは、おだやかな口調で
「さぁ、サキも早く私に耳としっぽをみせてくれないか」
なーんて言ってきたのだ。
(……無理だって、そんなこと!)
そもそも、オキツネサマも、彼の横でプカプカ浮いているリンちゃんも、わたしを、ふたりの昔からの知りあいの誰かとカンちがいしたままだ。
わたしが何度も『人ちがいだ』と伝えても、わたしのほうが彼らのことを忘れてしまったあつかいされる始末。
(だからって……)
今ここでわたしが単なる人間で、動物に変身するなんて、どうころんだってできないんだと、声を大にして主張しなければ――。
きっと彼らは、いつまでもわたしを自分たちの知りあいだと言ってゆずらないはず。
しかも、オキツネサマとリンちゃんの知りあいって――たぶん、人になったりキツネになったりできる女の子なんじゃないかな?
だから、わたしにも「しっぽがみたい」なんて妙ちきりんなお願いをしてきた気が……。
わたしは気分を落ち着けるために大きく深呼吸してから、彼らにしっかりとした口調で伝えた。
「わたしは谷沼 紗季音という、ただの人間であって、キツネが人に変身しているわけじゃないから、キツネの耳やしっぽをみせることは、できないよ」
言った、言えた。はっきりと……。
2人は……今度こそわかってくれた?
どきどきしながら視線を彼らに向けると、オキツネサマは、ポカンとしているご様子。
リンちゃんもそんな感じ。青い炎のようにみえる体をななめにかたむけている、リンちゃんの今の姿は、人が首をかしげているポーズを思いおこさせる。
オキツネサマは数秒間の沈黙ののち、わたしの顔をまじまじとみつめながら。
「サキは、私とリンがそなたのことを『人間に変身できるキツネ』だったらよいと考えている……とでも思っているのか? 私は一度たりとも、もしもサキがキツネであればよかったなどと考えたことはないぞ。安心されよ」
『おれっちだって! サキっちがキツネだったらいいだなんて、そんなこと思ってないからな~』
……あれれ、どういうこと? というか、(わたしがキツネだったらいいとは考えてないっていうのは、よしとして……)何がどう『安心されよ』な、わけ?
ついさっき、オキツネサマはわたしに「しっぽをみせてくれないか」って頼んでたよね。
それって、わたしを仲間のキツネが人間に変身中だとカンちがいしたから――というわけではないの!?
? ? ?
今度はわたしがポカンとする番だ。
オキツネサマは悟すように、わたしに言った。
「サキ、そなたはタヌキのあやかしであろう。私はそなたのタヌキらしい耳としっぽをひさかたぶりにみたいと言ったのであって――。キツネに変身してほしいなど、そなたにとっては無理難題なことを言って、困らせたかったのではないぞ」
――……タヌキの、あやかし……? なんですか、それ――。
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