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2章

第12話 ご帰還です

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 沢樫荘201号室。
 ようやく着いた我が家で、いつものように、わたし、興恒おきつねさん、リンちゃんの3名で食卓をかこむことになる。

 今日のわたしは普段と違い、興恒さんといっしょに帰宅した。
 そのこともあって、夕飯の時刻は、いつもよりほんの少しだけ遅い。でも、本当にほんの少しだけ。
 すでに夕食のメニューは、興恒さんがあらかたつくっていてくれたおかげだ。

 今は人間の若者の姿をしているけれど、興恒さんはキツネのあやかし。
 彼は料理がとても上手。
 だからわたしは興恒さんに初めて料理をふるまってもらった日以降も毎日、彼の料理に感激してる。

 そう、毎日。
 とある事情であやかしである興恒さんとリンちゃんとわたしでここ、沢樫荘で共同生活を送ることになってから数週間がたつけど、興恒さんは毎日、料理をつくってくれる。

 わたしも料理するよ、まだまだ上手じゃないけど頑張って続けていくうちに、きっと上手くなるよって何度も言っているのに、そのたび断られてしまっている。

 たしかに今のわたしは料理が下手だ。
 興恒さんのおいしい料理の足元にもおよばない。

 だけど、今月からわたしは、大学の部活動の一環として料理研究部に入ったし!
 それでもまだまだの腕前だけど(今日も料理研究部でつくったシュークリーム、シュー生地がふくらんでくれなかった)。おいしい料理がつくれるようになったら、わたしも興恒さんとリンちゃんに食事をふるまうんだ。

「いただきま~すっ!」

 ダイニングテーブルとイスの隙間すきまに浮かんでいるリンちゃんの元気いっぱいな声が室内に響く。
 リンちゃんは、燐火と呼ばれる青い火の玉で、人の言葉を話す。
 丸いテーブルにならんだ今日の夕食は、見た目のいろどりも香りも、食欲を刺激するものばかり。

 リンちゃんのいただきますは、ちょっとフライングぎみな気もするけど、わたしと興恒さんも彼(リンちゃんの一人称は『おれっち』だから、たぶん男の子)に続いて、いただきますと口にする。

 本日のメインメニューはうどん。
 わたしは興恒さんのつくるうどんがどんなにおいしいか、すでに知っている。
 興恒さんとこの沢樫荘で同居することになった最初の日、彼がつくってくれたのが、うどんだったから。

 今日の興恒さんは、このうどんの生地を寝かせているあいだに、大通りで困った状況になってしまったわたしをむかえに来てくれた。

(結局、わたしが『……こ、これは危機的状況!?』だと、びびりまくったシチュエーションっていうのは、黒っぽい色をした単なるハトを、以前わたしを捕らえようとした黒い霊に見間違えただけだったんだけど。――ああ、思いだすだけでも恥ずかしい!)

 真相はともかく!! うどんの生地を寝かせている時間に、危機におちいった女の子を助けにきてくれて――帰宅したら、うどんをおいしくゆでてくれるって……ちょっとわたし、興恒さんに甘えすぎかも。

 ここまでしてもらって、わたしからの今日のおみやげは『苺大福1個』じゃ、悪い気がしてきた。

 興恒さんは、わたしがこの苺大福を、いろんな店を探し歩いて、ようやく手に入れることができた品だと、なぜか思ってるけど実際は大学と沢樫荘の途中にあるお店で帰りがけに買っただけだし。

 わたしはちゃんとそう説明したのに、興恒さんの返事は……「わかった。サキがそういうのならば、そういうことにしよう。そなたが私のためにほうぼう手を尽くし、苺大福を手に入れてくれた。けれど、そなたがその苦労を悟られたくないと思うのならば――私もその話にのろう。『サキは帰りがけに、通り道にある店で苺大福を買った。わざわざ探してはいない』これでいいか」
 いいかもなにも、本当にそうなのに――。

 今日あったあれこれを思いだしながら、目の前のうどんをみつめる。
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