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3章

気がついたのは手がかりになりそうなことではなく

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 世田谷にある代官屋敷、城跡、豪徳寺と次々にめぐっていったわたしと興常おきつねさんは、ふたたび通称ボロいち通りのボロ市開催会場に戻ってきた。

 だって、ボロ市には約700もの露店が出店しているのに、さっきは素通りしてしまったお店が多い。
 12月で寒いとはいえ、せっかく夜までやっているなら、もう一度ボロ市も見ておきたい。

 しかもボロ市で売られている食べ物は、この場で食べられるものも、持ち帰り用のものも、料理とお菓子、どちらも種類が豊富だ。

 わたしは、露店に並べられたさまざまな食品を吟味ぎんみしながら、隣にいる興常さんに話しかけた。

「ねえ、興常さん! リンちゃんへのおみやげに、リンちゃんのすきそうな食べ物を選ぼうよ。……リンちゃん、どれがすきかなぁ。おいしそうな物がたくさんあって迷っちゃいそう」

 りんご飴やチョコバナナは、縁日気分で ここで食べてこそって感じだよね。
 持ち帰りに向くおみやげで、何かいいのないかなぁ。おいしそうなものがいっぱいで目うつりしちゃう。

 通りの左右に露店が立ちならび、お客さんでにぎわうお祭りムードに感化され、おみやげを迷いつつも、ついつい はしゃいでしまう。そんなわたしに対して、興常さんは、なごやかにこの場の空気を楽しみつつ落ちついているという雰囲気。

 興常さんは、今は和服を着た人間の若者の姿をしているものの、さすが何百年も生きているキツネのあやかしだ。ゆったりかまえ、態度に余裕がある。
 それに、まだまだ大勢の人が通りにいるといっても、昼間のお客さんたちの多くは帰っていったようだ。

 日が沈んだ今の通りは、昼のような大混雑――移動もスムーズにできない、ごったがえし状態――ではない。
 興常さんは、リンちゃんのおみやげをあれこれ悩むわたしに こう告げる。

「リンへのみやげものならば、迷うことはない。リンは基本、人間がこのむような食べ物ならば、なんでもすきだぞ」

 あ! たしかにそうだった。
 初めてボロ市にきてテンションがあがっているわたしは、リンちゃんは「人間がこのむような食べ物はなんでもすき」という基本的情報が頭から抜け落ちてた。
 その点、興常さんは前にもボロ市に来たことがあるだけあって、冷静な判断ができているようだ。

(いつもの興常さんは、なんでそういう考えに至ったんだろう――って疑問に思う、ちょっとズレた発言が多いのに……今の興常さんには何というか……普段より しっかりしてみえるような――)

 そんなこんなで――。
 結局、リンちゃんのおみやげはお菓子を選ぶことにした。
 これは、わたしも知っている某お菓子屋さんの、まだ食べたことないお菓子。ここのお店のお菓子なら、リンちゃんもきっと気にいってくれるだろう。
 リンちゃん、ご飯もすきだけどお菓子も大すきだしね。
 おいしそうなお菓子を買えて、ホッとしたのもつかのま――。

 おみやげを選び終えた使命感からの解放からか(大げさ)、今の気温がさっきまでよりも、かなりさがっていることに気づく。
 寒さのあまり、わたしが体をブルッと ふるわせたことに気づいた興常さんは言う。

「冷えてきたな。甘酒でも飲むか」

 ……甘酒?
 興常さんの言葉を少し唐突に思っていると、彼は少し先にある露店を指さした。
 そこには、ほかほかと湯気ゆげをたてた、甘酒が売られている。

「あ、本当だ。甘酒が売られている!」

   * * * * *

 寒い日に飲む甘酒は格別だ。身も心もあたたまる。
 甘酒を買いたい人で店は行列になっていたけれど、列はスイスイ進んでいき、わたしたちはすぐに甘酒を購入できた。

 紙カップにそそがれた、白くにごった、やさしい甘さに、ほわほわしてくる。
 今日は興常さんの過去に関する手がかりは つかめなかったけど、
興常さんといろいろなところをめぐって――楽しい時間をすごしたな。

(甘酒を飲んでると、心も体も本当に ほわほわしてくる。……あれ、これってもしかして――)

 わたし、甘酒で酔ったかもしれない。
 興常さんはわたしをみつめ、ささやく。

「体は あたたまったか?」

 コクリとうなずくわたしに興常さんは言った。

「この甘酒は米麹からつくられたもので、酒かすでつくったものではない。酔っ払う心配もないからな」

 え? この甘酒にはアルコールは入ってないの!
 こんなにふわふわした気持ちになってきてるのに……!?

 じゃあ、ふわふわした気持ちはアルコールのせいじゃなくて――。興常さんと楽しくデートしてるみたいな気持ちになっちゃって、うかれてるとか?
 まさか……ね?
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