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第36話 今夜、お館にお泊りします!

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 ロエルの館の客間は、壁紙もカーテンもテーブルもベッドも、全部かわいらしい雰囲気がする素敵な部屋だった。
 この館の管理をまかされているペピートが私に告げる。

「お客様。簡単にですが、このお部屋の説明をさせていだたきますね」

「あ、ペピート。そのまえに……」

「はい、なんでしょうか」

 この部屋を説明してもらうまえに、ペピートに伝えておかないと、私はきっとまた言いそびれてしまう。

「……えっと、今日はいろいろありがとう。ロエルから聞いたの。あなたがこの世界の服を用意してくれたって。それにこの部屋の準備まで――」

 今日の私は、ロエルだけでなくペピートにも、結局頼りっきりになってしまった。
 私が恐縮していると、ペピートは笑顔で答えた。

「この館自体に魔力が宿っているので、お部屋の準備もご入浴の準備も、館がみずからやっております。なので、どうかお気になさらずに」

 お風呂は館に宿っている魔力がみずから準備――。
 現代日本の、全自動システムよりもすごそうだ。
 そういえば、この館自体に魔力が宿っていると、さっきも説明された気はする。

 ロエルから聞いたんだっけ、ペピートから聞いたんだっけ。
 情報が多すぎて、ごっちゃになってる。

 そして――。私は、今日泊まることになった客間と、浴室は別々の場所にあるとばかり思っていた。
 けれどペピートの説明によれば……。
 私の案内された部屋は、浴室つきの部屋だそうだ。

(……浴室がついてるなんて、ホテルみたい)

 私がやってきた世界でも、昔のヨーロッパの客間には浴室までついていることもあると聞いたことがある。
 あ、昔のヨーロッパのお風呂事情って、どうだったんだっけ――。
 という考えが頭にうかんだ。

 だけど、この世界は「昔のヨーロッパ」のような外見をした物が多いけど、「昔のヨーロッパ」とは別の、魔力によって独自の進化をとげた世界だということを思いだす。

(いまさっきも、魔力がみずから風呂を準備したと聞いたばかりだし……)

 ペピートから、部屋の奥にみえるカーテンをあければ、そこが浴室になっていると告げられる。
 きっと、あのカーテンにも魔力が宿っていて、湿気の多い浴室でもカビなんて はやすことなく清潔を保っている、すぐれもののカーテンなんだろうなぁ……と、ひとりで納得する。

「この浴室は『巫女』が身を清めるための場所として、聖兎を愛好する集団の女性が使用することがあり、利用された方々からの評判は非常にいいです。なので、お客様もきっと快適にすごしていただけると思います」

 言葉を話すうさぎを『聖兎さま』と呼び、熱烈に愛好している集団の女性――集団内で女性愛好家は全員『巫女』と呼ばれている話は、たしかに聞いたけど。
 それよりも――。

「あのっ、ペピート! いままで言いそびれてきたけど、私、お客様じゃないの。困っているところをロエルに助けてもらった、ただそれだけで……」

 ペピートは、笑顔で答える。

「ですが、僕はあなたをお客様として丁重にあつかってほしいと、ロエル様から頼まれました」

「でも……――」

 くちごもる私にペピートは告げた。

「たとえ、ロエル様から『丁重に』と言われていなかったとしても……。ロエル様の明るい笑顔をひさしぶりにみることができたので、僕はあなたをお客様として丁重におもてなししたいのですよ」

(……えっ!?)

 ペピートの言葉を聞き、私の体に衝撃が走る。
 今日一日だけで、たくさん笑顔をみせてくれたロエル。

 あれは、ひさしぶりの笑顔だったの?
 おどろきを隠せない私に、ペピートはあたたかな笑顔で言った。

「なので、僕からもお礼を言わせてください。ラウレアーノ先生もよろこばれていましたよ。先生はロエル様が子どものころからの主治医ですからね」

 ラウレアーノ先生は、ロエルが子どものころからの主治医だったんだ。
 あらたな事実を知ったおどろきよりも、ペピートにお礼を言われたことに、テレくさくなってしまう。

「――というわけで、僕はあなたをお客様として丁重におもてなしいたしますよ。覚悟してくださいね」

 そう言うと、ペピートは退室していった。
 この部屋にいるのは私ひとりになる。
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