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第十三夜の闇夜に浮かんだ花火 - ③
しおりを挟む「お待たせ」
千紘は、ギャルソンが引いてくれた千香の隣の椅子に、そっと腰掛けた。
結局、一之瀬を追うこともできず、呆然と遠ざかっていく姿を見送ることしかできなかった。
姿が見えなくなってしばらく経った時、急に花火の夜空に花開く音が耳に入ってきて我に返り、やっと歩き始めた。
夢遊病になったように花火と人の間を漂いながら、チケットの示す場所に千紘は辿り着いた。
花火会場の入場チケットの他に渡されたもう一枚のチケットを入り口の係に見せると席に案内してくれた。
並んで花火を観覧できるように、隣り合わせに席が用意されていた。
「やっと来た」
「……ごめん」
千香は大して攻めるでも、気に留めるでもなく、花火を見続けた。
千香の目の前のテーブルには、豪華なディナーが乗っていた。
「それは?」
「舌平目」
「おいしそうだね」
食欲はなかったが、一応社交辞令はしておく。
「失礼します」
先ほどのギャルソンがアミューズとシャンパンを持ってきて、セッテイングすると下がっていった。
招待チケットは、川に面したホテルの屋上というとても豪勢な立地とフレンチという食事条件のもので、しかも目の前に花火も良く見えるという、普通ならば飛び上がってしまう位の素敵な夜になるはずのものだった。
千香は何事もなかったかのように千紘をチラッと一瞥すると、花火に目を戻した。
「話せた?」
千紘を見ずに言った。
「うん」
「そう」
千香は言って、ワイングラスを手に取った。
「じゃあ、まず乾杯か」
千香がグラスを花火に向けて掲げて、一口飲んだ。
千紘もシャンパングラスを掲げる。躊躇したあと、少し口を付けた。
「早く食べなさい。次が来るわよ。肉料理は一緒に食べてもらわないと。ひとりで恥ずかしいったらありゃしない」
「ごめ……ん」
千紘は謝りながら小さく頷いて、アミューズ用フォークを取る。
千香は白ワインのグラス越しに花火を透かし観て、言った。
「花火とフランス料理。…笑っちゃうわね。すぐそこの河川敷には、ビールでたこ焼きをおいしそうに食べてる人がいるっていうのに」
「…うん。せっかく小さいクラーボックスにビール入れてきたのにね」
「まあ、千紘が荷物持ちだし、いいわ。面白い経験よ。こんな体験、そうそうないもん」
「そうだね。ありがたいね」
黙々と千紘は食べた。次に来た前菜もスープも、胸がつかえて、味はしなかった。
千紘のペースが速いせいか、魚料理は少し待たされた。
肉料理の提供を二人一緒に頼んだ千香の皿には、食事中のサインと共に舌平目が一口ほど残っている。
ソルベは千香の好きな桃みたいだけどいいのかなと千紘はなんとなく思う。そして、今の花火は色使いがイマイチだな、大きさや形は好きだなとも思う。
待っている間一之瀬のことを思い出さないように、そんなとりとめのないことを考えながら千紘が黙って花火を観ていると、おもむろに千香が聞いてきた。
「で、どうだったの?」
「どうって……」
「仲直りみたいなことはできたのか、ってこと」
戸惑って返事をした千紘に、すべてお見通しですという口調でさらに聞かれた。
「なんで仲直り? 相手は先生だよ?」
「はー、誤魔化してもねぇ。無駄ということを知らないのね~。いいけどねぇ」
千香は大げさに溜息をつく。
「じゃあ、納得いくまで話せた?」
「納得とまでは、いかないけど……」
「正直でよろしい。まあ、よかったね」
「…うん」
「で、どんな関係?」
「関係?」
きょとんとして千紘は聞く。
「隠さなくったっていいのよ。普通の関係じゃないことくらいはわかるから」
「姉さん!」
「付き合ってた、んじゃない?」
「そ、そんなこと」
わざと強調して断定的に言ったあと、疑問形で千香は聞いた。
千紘は千香の指摘にたじろぐ。
「まぁま~! 素直な反応だこと」
千香は千紘を正面からのぞき込んで来て、顔を近づけると笑った。
「ふーん、やっぱりねぇ。新幹線の中から、な~んか引っ掛かりを感じてたんだよね」
「えっ……」
(そんな前から?)
「ミョーに興奮したり、表情を押し隠そうとしたり、バレバレ。オマケに、"水樹さん"って、名前呼びだし」
「……さすがです、お姉様」
「ふん、それだけ言えるようになれば大丈夫ね。スゴい顔してたからね。一之瀬さん見つけたときも、ここへ来た時も」
「……そっか」
改めて姉の眼力に敬服する。
「だから、誤魔化すのは努力の無駄って言ったのよ」
「その通りでございます」
「それで、何悩んでるの?」
いきなり聞かれて戸惑った。
「姉さん、偏見とかって、ないの?」
「なんで?」
「だって……」
「普通はねぇ…あるよね。でも普通じゃないことが日常だからねぇ。そんなのいっぱい見たし。何、それで悩んでるの?」
「いや、違う」
「潔ぎいいね。そこで普通は悩むんじゃないの。可愛くないわねー。じゃあ、どうしたっていうの?」
千香の顔をみると、目が真っ直ぐにこちらを向いている。
覚悟を決めた。
「……水樹さん、クライアントに…自殺されたんだ。七月に」
「え? …お父さんが話したことと同じようなことがあったってこと?」
「…うん。付き合い始めてすぐに。それで姿を消してたんだ」
「そう……。やりきれないわね」
千香はワイングラスを取ると、中身を一気に飲み干した。
空のグラスを傾けながら、花火を眺める目が据わっていた。千香は千香で苦い思いを反芻しているかのようだ。
「連絡はなかったの」
「あった。一度。心配してたら電話が掛かってきて、自分のことは忘れてくれって言われた」
「それで再会が、あの驚きようだったワケね」
千香はグラスを置いて、なおも睨むようにそれを見つめていた。
「千紘にも同情するけど、一之瀬さん……気の毒ね」
「………」
重みのこもった言い方に、千紘は何も言えなかった。
「千紘は……どうしたいの」
ポツリと聞かれた。
「……諦めきれないんだ」
「悩んでるのはそれね。理性と心のギャップか……。でも、多分、今の一之瀬さんはどうにもならないと思うわよ」
「やっぱり…そうかな」
「あんたが、待ちなさい」
千香が短く、千紘の迷いや未練を断ち切るように言った。
「好きなら黙って待ってなさい。時間が必要な時もあるわ。それがあったものを壊す時もあるけど、その時はその時。今どうにもならないものは、時間に賭けるしかないと思う」
「……ん」
「傷が、大き過ぎる」
千香は静かに、華やかに変化する花火に目を移す。
「それに……」
花火を観ながら千香は軽く腕を組んだ。
「一之瀬さんは…多分、まだ千紘のことを好きよ」
意外な言葉に、伏せていた顔をあげて、色とりどりに変化する千香の顔を見た。
「幸せを祈ってる、みたいなこと、言われた?」
「ううん。元気で、とは言われたけど」
「第三者的なほど遠くに行けてないのよ。現在進行形でまだ一之瀬さんの中に、千紘がいるんじゃない? だから、"元気で"って、自分の中から、本人の言葉が出たのよ」
(そう…なのかな)
千紘は花火も観ないで黙り込む。
「今はごちゃごちゃ考えないで、大きな男になることを目指しなさい。一之瀬さんと一緒にいたいなら、受け止められるくらいの度量を持った男に。それで、迎えに行けばいい」
「迎えに?」
今まで考えたこともなかった。
連絡はいつも一之瀬からだったし、自分から直接一之瀬に対して行動したことはなかった。
「そう、自分から行けばいい。好きなら何度でも迎えに行けばいい。拒否されたら、また待って、その間にもっと一回りも二回りも大きな男になって、また行けばいいのよ」
「…ストーカーみたいじゃんか」
「そんなものと一緒にするな。もっと、男のロマンみたいなもののレベルで考えなさい」
ポツリとした千紘の反論を、千香は一蹴した。
千香の方がよほど男らしい。
「…そんな無茶な」
「それが男の特権だよ。女が男を迎えに行くのは流石にできないからね。構図的にも」
「姉さんならやりそう」
「やりそうじゃない。…そういうことじゃないんだって。わかんない子だねぇ」
「すいません」
「まぁ、でも私なら…自分から迎えに行っちゃうかも」
「やっぱり行くんじゃん」
「そうだね」
二人で顔を見合わせて笑った。
千香のおかげで気分が解れ霧が晴れた。
目標ができた。
一之瀬を迎えに行く。
"迎え"は自分には大きいかな、"会いに行く"。
そうしよう。
そのために自分を誇れる人間になりたい。
まずは自分の足で立つことから始めよう。来年の試験合格、そこからだ。
『バンバンババン!』
決意を促すかのように、ひときわ大きな轟音が鳴り響いて、色も形も様々な花火が次々と夜空に花開いた。
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