[完結]兄弟で飛ばされました

猫谷 一禾

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異世界で生きていく

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 王城、バルコニーに立つ望。そこは城下街の人々にも姿が見える場所であった。本来、王家の方々が姿を見せる場所であり、つい先日も王の死去並びに皇太子の王座への即位の宣言もここが使われた。
3日の眠りから覚めた望はいつも周りを固めているメンバー、ガマズやヒタム、クラーについでにゲンコラとも顔を合わせ、大いに喜ばれた。ちなみに、見習いゲンコラはあの王城に黒い靄が発生した騒動の時、万が一に備えて森の黒い靄が消えた街に待機していた。
目覚めた望は周りにもてはやされ、次の日には状況が呑み込めないままこのバルコニーに立たされていた。目下溢れんばかりの人々が期待の目で望を見ている。おかしな程の静けさで一心不乱に望を見つめる目、目、目……。
望は引きつった表情しか作れなかった。
隣に立つのは勿論、アウロンと樹だった。樹にこっそり肘でつつかれて挨拶を催促される。望はこの世界に来て初めて多くの好意的な視線に晒されていた。考えていたが、言葉なんて直ぐに出てこない。

(口の中カラカラ……何だけど…)

国王と聖職者統括ミラー・ガウが亡くなったことで、望への印象操作の魔術が解かれていた。国王からの依頼で王の側近が橋渡しをし、ミラーが魔術を使っていた。大規模な魔術の為、聖職者や魔術使いたちはミラーに言われるがまま大規模魔術を行使していた。さすが、統括者である。部下を使って異分子排除を国王と企てていたのだった。
その大規模魔術が行使されなくなり、望は正当な評価を得られた。その結果が今に至る。

(えーと、言わなきゃな…クラス発表とか苦手なんだけど…これは…そんなレベルの話じゃないよな~)

多くの視線に耐えられなくなり、頭の中は真っ白のままだったが口を開いた。

「え、えーと……お集まり頂きまして、ありがとうございます。あ、と……林田望です。どうも……あの……使い様の弟です。この度黒い靄を消しました。今後、黒い靄は発生する事は無いと思います。多分、安心して過ごせると思います……えーと本日はお忙しい中ありがとうございました」

気分は壇上に立つ校長先生だった、グルグルしながらしゃべった内容はもう記憶に無い。お辞儀で終えて中々顔を上げられない。まだ静まり返ったままで反応が無いから怖かった。やってしまった、と冷や汗が出てくる。こんな所に立たせた樹が悪い、周りの皆が悪いと心の中で抗議する。瞬く間に色々考えていた望だったがわぁっと凄い音が聞こえた。驚いて顔を上げるとバルコニーの下に集まった人々が歓声を上げていた。
それは信じられない光景だった。この歓声は自分に向けられていると、どうしても信じられなかった。呆然と見る望にアウロンが耳打ちする。

「手を振ってあげて下さい」

「え、俺……が?」

「勿論、人々の顔を見てください。ほら、あんなに手を振って、あちらの方では泣いている人も……望様は求められているのですよ」

「お、俺ぇ?……信じらんない…手ぇ振るとか…アイドルじゃないんだし…恥ずかしいな…」

「そんなこと言わずに、ね?」

晴れやかな笑顔で言われてしまう。おずおずと胸の前あたりで手を振ってみる、すると割れんばかりの歓声が上がった。

「ひぇっ……ちょっと……怖いんですけど…」

(今までと、反応違い過ぎだろ…怖いわ…)

”望さぁまぁーー!!”
”治癒者様ぁ~~ー!!”
”可愛らしいー!”
”召喚者様バンザーイ!!”
”使い様ーー!”

様々な声が聞こえる。

「か、勘弁してよ……俺まで兄ちゃんみたく教祖様みたいになっちゃってんじゃん…だから…顔出したく無かったのに…」

望の顔がもう限界ですと訴えかけて来た。いつまでも変わらない反応をする望に苦笑を漏らし退席を知らせる。ほっとしてバルコニーから部屋の中に戻る望たち。

「はぁ……流されるままこんな事すんじゃなかった…最悪だ…」

この場に立てる者が、人々からどんな眼差しで見られているか理解していないアウロンの愛しい人は溜息をつきながら後悔していた。





 望は王城の庭でのんびり日向ぼっこをしていた。やることが無いので毎日ボンヤリしてしまう。そんな望を咎めるものはここにはいない。しかし、まだ10代の望はこのままでは流石にマズイだろうとこの後の人生に悩んでいた。望の最近の悩みはもっぱらそれだ。周りからすれば治癒者として働くとばかり思われている。望はそんな気サラサラないので、この世界の者たちと望の戦いはまだまだ続きそうだ。望がぼんやり庭の花や空を眺めている後ろでアウロンと樹はそんな望を見守っていた。

「もう少しゆっくりしたら望も治癒者として働き出そうと誘うよ」

樹の浄化能力は何も黒い靄だけに効くと言う訳ではなかった。穢れたものに効くので、これまでと変わらず人々を癒していた。

「望様がそのように…お話を聞いて頂けるかどうか…難しいですね…まぁでも先ずは私と望様の結婚式が先かと…」

「そ……早くないか?…………」

この2人の戦いもまだまだ静かに続いていた。

「ところでさ、私は以前から気になっていたことがあるんだよアウロン」

「はい」

「望の魔力…君のと凄く似ているんだよね…おかしな程…。君さ…望に魔力をいつから流してるの?」

「なんでしょう?」

「惚けてももぅ遅いよ、私は分かっている。そもそも望が魔力を使えるようになったのだって…君が…君のその魔力で望を浸したからじゃないのか?」

「さぁ……?」

「食えない男だ…私は何より君が怖いよ。そんな男に弟を…」

「望様は幸せになりますので…」

いくら言っても聞く耳を持たないアウロンに溜息しか出ない樹。麗しの騎士の目に止まってしまった望は最初からこのアウロンの手の中だったのだろう。少々不憫に思いながら望を見る樹だったが、ぽやんとした弟にはこの男は実はピッタリだったのでは?とも思ってしまう。

望はそんな会話が後ろでなされているとは思わず片手に持った本をパラパラとめくる。その本には何も書かれていない。真っ白だった。
以前は恨みの言葉が書きなぐってあったが、今は何も無い。黒い靄と一緒に消えてしまった。ただ、目覚めてから気が付いた、一番最後のページに丁寧な文字で書かれていたそれを。望は手放せない本を大事そうに人撫でする。あの人からのメッセージ、あの人の存在していた証明。


”バーカ”


望は柔らかく笑うとまた遠くを見る、これからここでどう生きていこうかと。




[完]
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