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stigma
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しおりを挟む「ッ‼︎」
モレッティは殴るでも蹴るでもなく、咆哮した。その音は声というよりも、重厚なヘヴィメタルの一音を切り取り、増幅させた様な音だった。
吐き出された短い咆哮は地面を抉り、壁を砕く。その傷跡は捻じ切るような痕跡を見せている。
放たれた音圧の弾丸。歪んだノイズの様な轟音に、ヴァインの咥えていた煙草は弾け飛んだ。
「逃げんじゃねえ!」
「誰だって逃げんだろ!」
余裕こいてたのはハッタリだったか! ——自分の能力を逃げた敵にモレッティは自信を取り戻し、笑う。そして再び大きく息を吸った。
「——————!!」
イメージするのは大砲——息の代わりに吐き出す轟音の波。シャウトと掻き鳴らされたディストーションサウンドが足元を揺らす。先刻抉られた壁は音の衝撃に崩れ、土煙を上げた。
「デスメタルなんか頼んでねえぞ!」
ヴァインは耳を塞ぎながら走る。音が向けられている方向から離れれば、多少ではあるが衝撃は少なくなった。
「耳塞いどけよ、ビア! キアル!」
「もう塞いでるよ!」
走りながらヴァインがいう。二人は止めたままのバイクを壁にする様にして音に耐えていた。
「アルコ気絶してるっ!」
アルコはというと——泡を吹いて目を回していた。ビアが守る様に自分のシャツの中へ放り込む。
「猫の聴力は人間の三倍ってか!」
ヴァインは滑る様に足を止め、モレッティ目掛け真っ直ぐに走り出した。その口元には薄らと笑みを浮かべて。
「⁉︎」
突然の方向転換にモレッティが面食らう。音が掠れ、フェイドアウトする様に途絶えた。
「もっと肺活量を鍛えないとな」
太陽の姿を裂く様に振り上げられた鉄の棒が空気を割る。
このタイミングを狙っていたのか——脳天を狙う殺意にモレッティは空気中の酸素を舐めとる様に舌を動かした。
「ッ!」
——間に合った!
絞り出す様な短い咆哮が放たれた。折れ、吹き飛んだ鉄の棒が瓦礫を穿つ。
「キアル! こんな棒何の役にも立たんぞ!」
「アンタが勝手に借りたんだろ!」
「喋ってる暇が……ガキもろとも死ねッ!」
直線上に三人の姿がある。
何の余裕か、俺から目を逸らしている隙に呼吸を整えることが出来た。あいつらに最大の音をぶつける。音圧に潰れやがれ! ——モレッティは最大限肺に酸素を送り、
「——————ッ!!!!」
吐き出された音に空間が歪む。
地面に散らばる瓦礫が砕かれ、土煙と共に巻き上がった。その音はもはや何が鳴っているのかも判別がつかない。音はただ純粋なる殺意となって三人を呑み込もうと迫った。
「汚ねえ音だ」
モレッティの耳に口元を緩めた男の声は届かない。
——音が爆発した。
直撃。
「……は、ハハハッ! 死んだ! 死んだぞ!」
土煙にその姿は隠されているが、この土煙が晴れた先に見えるのはボロボロになった男とガキの姿——モレッティは血走った目で涎を垂らす。その舌に蠢く聖痕が陽光をぬらりと反射する。
遠巻きに見ていたモレッティの取り巻きたちからも歓声が上がった。
「音楽は楽しむもんだ」
「……は?」
土煙のなかから声がする。
薄くなっていく煙に浮かぶシルエットにモレッティは眼を剥いた。
想像した光景はそこにはなく、左手を突き出した男がこちらを向いて笑っていた。
ボロボロどころか傷一つない。男は悠長に髪の毛に引っ掛かった礫を払っている。
男の左手を起点に扇状に広がる被害。男はどうやら片手一本で全力の攻撃を受け切ったらしかった。後ろのビアたちに被害はない。
「なんなんだお前……お前も聖痕持ちかぁッ!」
「秘密」
ヴァインは戯けるようにいうと、新しい煙草に火をつけた。ゆったりと吸い込み、煙を味わう。
「さっきからスパスパと……煙草はボスへの献上品の一つだ!」
「献上品? ボスは殿様かなにかか? 欲しけりゃくれてやる」
ヴァインは指に挟んでいた煙草を器用に回し、指で弾き飛ばした。矢の様に飛んだ煙草が大きく開かれたモレッティの口の中へ飛び込んだ。
「しっかり味わえよ」
「——ッ⁉︎」
次の音を放つ準備をしていたモレッティだったが、これには思わず口を閉じた。火種が舌の上で転がり、聖痕が焼けるのが分かる。
吐き出して——と考えた時には既にその口は塞がれていた。
「おやすみ」
そう耳元で囁かれた。
顎が砕けるのではないかと思わせる程の握力に浮遊感。自分よりも小さく細い男が片手で自分を持ち上げ、地面へ叩きつけようと——このモジャモジャッ!!!! 死ッ!
「ヌッ!!!! ————」
最後に見えたのはヴァインの捻れた髪の毛。
地面に後頭部から叩きつけられたモレッティは爆音と共に散った。
「最後までうるせえ! 今、耳から音出たぞ」
キンと耳鳴りがする耳を穿りながら埃を払う。離れた所でモレッティの取り巻きが何やら話していたが、
「なに? まだやんの?」
ヴァインが一瞥をくれただけで蜘蛛の子を散らすように走り去っていった。
「おーい、持ってけよこいつ」
完全に伸びているモレッティ。だらしなく開いた口の中からは紫煙が揺蕩っている。
そして伸びた舌の上から溶暗する様に紋様が消えていった。
「ったく……あ?」
さて、ビアとアルコは……と振り返ったヴァインの目に飛び込んできたのは悲惨な光景だった。
崩れた瓦礫の隙間から突き出たハンドル。漏れたガソリンが、流れ出す血の様に地面を這っている。
「だぁー! 俺のバイク!!」
膝から崩れ落ちたヴァインを見て、ビアとキアルが苦笑を浮かべていた。
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