クロススティグマ—cross stigma— 1.刻まれた街

hane

文字の大きさ
6 / 6
stigma

5

しおりを挟む
 

「ッ‼︎」
 
 モレッティは殴るでも蹴るでもなく、咆哮した。その音は声というよりも、重厚なヘヴィメタルの一音を切り取り、増幅させた様な音だった。
 吐き出された短い咆哮は地面を抉り、壁を砕く。その傷跡は捻じ切るような痕跡を見せている。
 放たれた音圧の弾丸。歪んだノイズの様な轟音に、ヴァインの咥えていた煙草は弾け飛んだ。
 
「逃げんじゃねえ!」
「誰だって逃げんだろ!」

 余裕こいてたのはハッタリだったか! ——自分の能力を逃げた敵にモレッティは自信を取り戻し、笑う。そして再び大きく息を吸った。
 
「——————!!」
 
 イメージするのは大砲——息の代わりに吐き出す轟音の波。シャウトと掻き鳴らされたディストーションサウンドが足元を揺らす。先刻抉られた壁は音の衝撃に崩れ、土煙を上げた。
 
「デスメタルなんか頼んでねえぞ!」
 
 ヴァインは耳を塞ぎながら走る。音が向けられている方向から離れれば、多少ではあるが衝撃は少なくなった。
 
「耳塞いどけよ、ビア! キアル!」
「もう塞いでるよ!」

 走りながらヴァインがいう。二人は止めたままのバイクを壁にする様にして音に耐えていた。
 
「アルコ気絶してるっ!」
 
 アルコはというと——泡を吹いて目を回していた。ビアが守る様に自分のシャツの中へ放り込む。
 
「猫の聴力は人間の三倍ってか!」

 ヴァインは滑る様に足を止め、モレッティ目掛け真っ直ぐに走り出した。その口元には薄らと笑みを浮かべて。
 
「⁉︎」
 
 突然の方向転換にモレッティが面食らう。音が掠れ、フェイドアウトする様に途絶えた。
 
「もっと肺活量を鍛えないとな」

 太陽の姿を裂く様に振り上げられた鉄の棒が空気を割る。
 このタイミングを狙っていたのか——脳天を狙う殺意にモレッティは空気中の酸素を舐めとる様に舌を動かした。
 
「ッ!」
 ——間に合った!
 
 絞り出す様な短い咆哮が放たれた。折れ、吹き飛んだ鉄の棒が瓦礫を穿つ。
 
「キアル! こんな棒何の役にも立たんぞ!」
「アンタが勝手に借りたんだろ!」
「喋ってる暇が……ガキもろとも死ねッ!」
 
 直線上に三人の姿がある。
 何の余裕か、俺から目を逸らしている隙に呼吸を整えることが出来た。あいつらに最大の音をぶつける。音圧に潰れやがれ! ——モレッティは最大限肺に酸素を送り、
 
「——————ッ!!!!」
 
 吐き出された音に空間が歪む。
 地面に散らばる瓦礫が砕かれ、土煙と共に巻き上がった。その音はもはや何が鳴っているのかも判別がつかない。音はただ純粋なる殺意となって三人を呑み込もうと迫った。
 
「汚ねえ音だ」
 
 モレッティの耳に口元を緩めた男の声は届かない。
 
 ——音が爆発した。
 
 直撃。

「……は、ハハハッ! 死んだ! 死んだぞ!」
 
 土煙にその姿は隠されているが、この土煙が晴れた先に見えるのはボロボロになった男とガキの姿——モレッティは血走った目で涎を垂らす。その舌に蠢く聖痕が陽光をぬらりと反射する。
 遠巻きに見ていたモレッティの取り巻きたちからも歓声が上がった。

「音楽は楽しむもんだ」
「……は?」

 土煙のなかから声がする。
 薄くなっていく煙に浮かぶシルエットにモレッティは眼を剥いた。
 想像した光景はそこにはなく、左手を突き出した男がこちらを向いて笑っていた。
 ボロボロどころか傷一つない。男は悠長に髪の毛に引っ掛かった礫を払っている。
 男の左手を起点に扇状に広がる被害。男はどうやら片手一本で全力の攻撃を受け切ったらしかった。後ろのビアたちに被害はない。

「なんなんだお前……お前も聖痕持ちかぁッ!」
「秘密」
 
 ヴァインは戯けるようにいうと、新しい煙草に火をつけた。ゆったりと吸い込み、煙を味わう。
 
「さっきからスパスパと……煙草はボスへの献上品の一つだ!」
「献上品? ボスは殿様かなにかか? 欲しけりゃくれてやる」
 
 ヴァインは指に挟んでいた煙草を器用に回し、指で弾き飛ばした。矢の様に飛んだ煙草が大きく開かれたモレッティの口の中へ飛び込んだ。

「しっかり味わえよ」
「——ッ⁉︎」

 次の音を放つ準備をしていたモレッティだったが、これには思わず口を閉じた。火種が舌の上で転がり、聖痕が焼けるのが分かる。
 吐き出して——と考えた時には既にその口は塞がれていた。
 
「おやすみ」

 そう耳元で囁かれた。
 顎が砕けるのではないかと思わせる程の握力に浮遊感。自分よりも小さく細い男が片手で自分を持ち上げ、地面へ叩きつけようと——このモジャモジャッ!!!! 死ッ!

「ヌッ!!!! ————」
 
 最後に見えたのはヴァインの捻れた髪の毛。
 地面に後頭部から叩きつけられたモレッティは爆音と共に散った。
 
「最後までうるせえ! 今、耳から音出たぞ」
 
 キンと耳鳴りがする耳を穿りながら埃を払う。離れた所でモレッティの取り巻きが何やら話していたが、

「なに? まだやんの?」
 
 ヴァインが一瞥をくれただけで蜘蛛の子を散らすように走り去っていった。

「おーい、持ってけよこいつ」
 
 完全に伸びているモレッティ。だらしなく開いた口の中からは紫煙が揺蕩っている。
 そして伸びた舌の上から溶暗する様に紋様が消えていった。
 
「ったく……あ?」
 
 さて、ビアとアルコは……と振り返ったヴァインの目に飛び込んできたのは悲惨な光景だった。
 崩れた瓦礫の隙間から突き出たハンドル。漏れたガソリンが、流れ出す血の様に地面を這っている。

「だぁー! 俺のバイク!!」

 膝から崩れ落ちたヴァインを見て、ビアとキアルが苦笑を浮かべていた。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

花雨
2021.10.13 花雨

こちらもお気に入り登録しますね(*^^*)

解除

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。