透明の「扉」を開けて

美黎

文字の大きさ
319 / 2,047
7の扉 グロッシュラー

しおりを挟む

「お湯!布は?!早く!!」

おばさんの焦る声、姉さん達が走っている。

ああ、どうやら。


もうすぐこの子とお別れのようだ。

私達の、可愛い子。

一目でも。

顔を見れたら、いいのだけど。


どうか。


幸せに、生きて。


















気が付いたら、いつもの屋根裏だ。

お腹に感じる重みは、もう無い。

悲しくはなかったが、ただ。

涙が出た。

ずっと。


ずっと、ずっと。






「しばらくは誰も来ないから、ゆっくり休んで。」

そう、姉さんが言って。


食事を持ってきてくれる。毎日。

「誰も」来ない、とは。

どういうことだろうか。

考えたくない。

とりあえず、食べ物を口に運んだ。

可能性が少しでも、砂粒程でも、あるならば。

私は。


生きていなければ、ならない。














そうして初めの頃の生活に戻った私。


雲を眺め、食べて寝て、また食べて、寝る。

そんな、日々。

時折チラリと彼の持ってきてくれた本や小物を視界に入れたが、手に取る事はできなかった。

あれは。

危険だ。








そうしてどのくらい、経ったか。

おばさんが私の身体を確かめに来ると、満足そうに頷いて出て行った。


嫌な、予感。

そこから私の神経を使う生活が、始まった。





食堂へ行く度に、姉さんたちの会話に耳を澄ませ。

扉が開く音に怯える日々。

しかし一筋の希望は捨てきれずに。

まだ、息はできていた。

そう、まだ。


終わりではないと、思いたかったのだ。














そんなある日。

とうとう「今日、客が来るよ。」

そう、おばさんに言われてしまった。

「誰が」とは、訊けなかった。

聞くのが怖かったし、聞いたところで。

私に、拒否する事はできないからだ。


息を潜めて。

待っていた。







そうして扉を開けたのは。

一人の見知らぬ、男だった。


「ああ、これは、いい。」


その、声、話し方、目つきに動き。

全てに鳥肌が立ち、身体が固まる。


解っていた、つもりだった。

ここが、どこなのか。

そう、ここまできてやっと。


私は、幸せだったのだと。

夢を、見れたのだと。


解ったのだ。





ただ、私の胸の中を占めていたのは「この男は受け入れられない」よりも「この男が来たという事はあの人はもう来ない」ということだった。


「あの人はもう来ない」

その事実は。


どうやら私にとって、かなりの事だった。




男が近づいてきて、私の手を、取る。

 ああ嫌だ。穢らわしい。触らないで。

ベットに転がされる。

 もう。どうでもいい?このままぼーっとしていれば、大丈夫?



しかし、その、男が私の身体に触れた瞬間。

解ってしまった。

    
    「私には、無理だ」と。




どうしよう

どうしよう

でもまじないは使えない

使ったことがない

使ったことがないけど?

使えないの?

わからない

わからないけど でも

これ以上は  むり

心が壊れて

好きにされる前に

消えなきゃ  いけない

こいつに 触れられた 身体では

あの人に もう  会えない

会えないけれど

今世いまじゃなくていいから

会いたい

それなら

どう する?

消えなきゃ

もう  駄目


ああ

せめて  あの子を




守る






















気が付いたら。

白い、森にいた。

なんとなく、ここがティレニアで輪廻の森だという事は分かっていた。

どうしてなのかは。

分からなかったけど。


でも、輪廻の森に来れたという事は。

あの人にも、いつかは会えるのだろう。

それなら、いい。


私が「どう」なったのかは、分からない。

でもきっと。

あの子の側に。

それだけは、願った筈だ。

どんなカタチかは、分からないけど。






私は、何のために生まれて。

どうして、死んだのだろうか。

死んだ、よね?

多分。



何故、人は生まれて。

死んでゆくのだろうか。


私は。

「人」であり得ただろうか。

生きている間は籠の中の鳥で。

「人」では、無かった気も、しなくもない。

ただ、一つだけ。


あの人を知って、あの子が生まれて。

ああ、一目だけ。

一目だけでも、見れたなら。


「人」の親の気分に、なれただろうか。






いつか、あの子にも会える事を願って。

ここに。


待っていることに、しよう。

ただ、静かに。



訪れる時を、願って。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...