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7の扉 グロッシュラー
揺り籠
しおりを挟むああ、そうか。
透き通る幾重にも重なる、硝子の様な空間。
しかし何故だか柔らかさを感じさせるその透明な壁は、きっと私をその向こう側に連れて行く事も可能なのだと示唆している。
白く、明るい空間を満たす、薄い水の色と反射する鈍い光。
キラリと光る、この壁に含まれる、何か。
それはきっと、空気、水、そして呼吸をも含んで。
しっとりと息づく、その空間は思いの外、優しい場所だった。
そう、ここはあの石屈の中だ。
私はここを覗き込んだ時、中は夜なのかと思っていた。
だって、中は暗かったし夜空の様なイメージだったからだ。
しかし今は、それがここの外側だった事が、解る。
見せかけ、とは違うのだけど。
「外側」がああなっていて、「内側」がこうなのだろう。
何しろ安心して揺蕩いたくなる、この空間に暫く身を委ねていたのである。
コポコポと、どこからか音がする。
時折目の前を動く光は、何処からか差していると言うよりはこの空間の中を彷徨っているに近い。
しかし、行く宛もなくフラフラとしている訳でもなく、どちらかと言えばこの空間をくるくると巡り、楽しんでいる様である。
何しろ、心地が良いのだ。
きっと、水も、光も。
私と同じように、ここを揺蕩っているのだろう。
「お母さんの、お腹の中ってこんな感じかなぁ?」
一人、ポツリと呟きながら少し動いてみる事にした。
地に足は着いているのだが、何やら浮いている様な感覚。
辺りは厚い硝子の様にも見えるし、氷の様でもある。
寒くも無いし、暑くも無い。
ただ清々しくも柔らかな空気のここを、もっと味わう為に私は動き始めた。
「おお。」
その、壁の様なものに手を付けると、少し水の中を通る様な感覚があって、向こう側に行ける。
それが解ると、なんだか楽しくなってぐるぐると壁を通り抜け遊ぶ。
厚い壁、薄い場所、低い所、高く、大きく厚い壁。
その全てに水と空気が含まれているのが分かり、所々に土の様なものがある事にも気が付く。
「なんだろうな………。ねぇ?ここは。「真ん中」、なの?」
きっと聞いているであろう、あの石に問い掛けてみる。
私の予想では、ここはグロッシュラーの大地の中だ。
白の様な、少し灰色の様な大きな世界で、内部には生命を生み出す準備がされている。
きっと、今は灰色の表には出ていないけれど、生来この島が持っている、生み育む力。
それをこの空間に感じたのだ。
少し遊びながら待っていると、忘れた頃に返事が来た。
「そうだ。久しいの。ここ迄来るのはいつぶりか。」
久しぶり?
ここ?
来たの??
うーん?「あの人」がって事だよね?
それは、判る。
きっとハキがここにあるという事は、立ち寄っている筈だから。
その時、来たのかな?
「どう?ここは、もう一度外に出られる?以前、あった様に表も息づく場所にしたいんだけど。」
この、ひっそりと内包されているものが外に出られれば。
きっと可能なのだろうけど、それは私の一存では不可能だろう。
神が、そうしたのか。
この子が、人を見限ったのか。
どちらだろうか。
もう一度、私達に齎してくれる事は、あるのだろうか。
「祈りが。充分であらば。」
「この前のあれも、よく通った。もっとしっかり廻せよ?」
この前の「あれ」?
なんだろう。
あ。
多分、あれだ…………。
チカラがぐるっと、巡っちゃったやつね………。
成る程。
そんな感じね?
オッケー、オッケー。
何しろとにかく。
祈れば、ぐるっと、チカラを。
巡らせれば、いいと。
うんうん、得意分野。
「分かった。あのね、あと、一つお願いがあるんだけど。」
聞いて、くれるだろうか。
「なんだ。」
「あの、ね?」
ぐっと、力を入れて話し始める。
これは、お願いじゃなくて私の中では決定事項だから。
「今度の祭祀で。祈るんだけど、その時ね?島、全体にチカラを巡らせるから。その時、「みんな」を探すのに、協力して欲しいの。」
「想い」とか。
「魂」とか。
言い方は色々あるんだろう。
でも。
形は無いけど、見えないけど。
それは「無いもの」でも、「あるかどうか分からないもの」でもなくて。
きっと、今もこの島の何処かにある、いる、「みんな」なんだ。
それは。
「人」であったのか、「人」で在れたのか。
全てが霞の様だったのか。
無いも有るも、人によって判断が分かれるものか。
そんなものでは、ないのだ。
この世界に、生まれて。
生きて、死んだ、人たち。
しっかりと、その存在を、私は認めて祈らなくてはならないから。
暫く。
静かだった。
再びの水音と、優しい空気にただ癒されながら待つ。
考えているのか。
石なのか、大地なのか、それともまた別の存在なのか。
「それ」は、考えることをするのか。
何を基準にして決めるのか。
どう、なんだろうな…………。
この子も、やっぱり色んな事を見てきて、それで迷うのかな…………。
でも…………。
NOは、無いよね…………??
心地のいい壁に凭れていると、声が降ってきた。
「何故。それを?」
「そうして、どう、する?」
「それに意味は、あるのか。」
え。
何故ってそれは人として…………。
うん?
なんだろな?
そう、改めて言われると………?
「何故」は。
エルバにも言ったけれど、「無かった事にはできない」からだ。
私は人として、彼ら、彼女らを送る義務があると思っている。
気が付いて、しまったから。
そう生きた人がいること、今も何処かで彷徨うこと。
きっと、貴石以外での石となったロウワ達も。
みんな、みんな。
いる筈だから。
それを無視する事は、できない。
それは「私じゃない」から。
「何故」と「どうして」は殆ど一緒かな?
なら、「それに意味はあるか」。
「意味」?
もう、寧ろ「意味」ってなに?って感じだけど??
いや、いかん。
この子に、他意は無い。
「意味」か…………。
「「意味」ね。あるよ。それは「彼等が人である」と「私が人である」事の同義だ。」
コポコポと動く水音に、心が落ち着いてくる。
全てが、凪ぐ世界で。
私達が嘆き、悲しみ、苦しみ、喜び、楽しみ、笑う事も。
それは不思議な事なのだろうか。
「人を人として認められなければ。それはその人も人では無いのだと、思う。それだけだよ。」
「今更なのかもしれない。でも、ここにはティレニアもあるから。扉を開いて、あの輪の中に還すよ。私の、そう、全力でまじないをかけて。」
そうか。
ポロリと出た言葉に自分で納得する。
「祈りを。沢山、祈るから。力を貸して欲しいの。全て、一人残さず見つけて、扉へ送る。そしてまじないをかけて次の、生には。」
「しあわせに。なれるように。」
「何が、しあわせか。どれがそうなのか。その、一人一人のできれば理想も聞きたいなぁ。無理かなぁ?でもやってみればいいよね?うん。記憶は、継げないと思うけど。せめて、次の生では。思った、しあわせを。受け取れる、ように。」
「ね?いいでしょう?」
あ。
全体が眩い光に覆われ出した。
少し影であった部分も無くなり、全てが、白、そして光に変化し始める。
ああ、もう終わりなのね。
返事は?勝手に、オッケーにするよ?
そうして白く塗りつぶされる空間から声が降ってくる。
それは、なんとも言えない音を含んだ、柔らかな声だった。
「良かろう。」
なら、良かった。
どうやって、戻って来たのだろうか。
次に、目を開けるとそこには硬く燃える、金の瞳があった。
まず…………。
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