559 / 2,047
8の扉 デヴァイ
消失
しおりを挟む出来心だったの。
ほんの、少しの。
鉱山に石を埋め、さあ帰ろうかと思った私の頭に浮かんだのは、あの鮮やかな色の建物だった。
そう、私が生まれたという。
あの。
ほんの少し、勉強をしに滞在したあの、大きな神殿。
そう時間の許されていなかった私に、少しだけ余暇が出来たのはあの時が初めてだった。
それから時々、人目を忍んで出掛けていたけれど。
始めは少し、何かを考えていた風のあの人は私に手紙を託してくれた。
そう、誰に訊いても教えてくれなかった、あの。
私の、母のこと。
その、手紙は母が私に遺したものだった。
「ありがとう」が、ただただ、沢山綴られたその手紙は空白の部分もあって、もしかしたら何かを書こうとして書けなかったのかと。
すぐに、私には解った。
だって、その手紙から漏れる馴染んだ「色」は。
私をずっと守る、この石と同じ色だったからだ。
言葉にできない、想い、それが溢れて。
その「ありがとう」の前に入る言葉が、自分の「なか」にふわりと浮かんでくる。
とても短い、その手紙を滲ませない様に読むのは大変だったけれど、それは頑張ったわ。
私にとっては、二つ目の「母」が遺してくれた大切な、ものだったから。
本当は、持って行こうと思った。
ずっと。
肌身離さずに。
でもそれは、自分にとって難しい事も分かっていた。
私にそう自由は無かったし、見つかれば取り上げられないとも限らない。
あの家は、優しい人が多いけれど。
「その時」が、来たならば。
私が身に付けれるものはあるのかどうかも、分からない。
本能的に、「これ」は持っていてはいけないと。
私の「なか」は告げていて。
本にする事に、した。
「長」の絵と一緒にこの文字で書き留めておけば、研究の一部だと思われるだろう。
この旧い神殿の文字を解読できたのは、私だけの筈。
そうして私は触れるのも躊躇われる様な豪華な装飾を施した、「長」の本を創った。
そう、呼んだ事は、無いけれど。
確かに「父」であろう、その色を持つ、あの人の本を。
ふと思い立ったあの色、しかし私の「なか」はそこに「行け」と言っている。
一目だけ。
挨拶しておいた方がいいだろうか。
もうきっと、会えない。
私の母を唯一知る、あの人に。
それならばやはり、挨拶した方がいい。
そう思って、こっそりと渡って行ったのだ。
久しぶりの、あの扉を。
「待て!」
「止まれ!!」
「見つけたぞ!」「こっちだ 」
「傷付けるな!」
「プラシオライト、あれは 」
「私のだ。」
やっぱり間違っていたのかも知れない。
あの館を出て旧い神殿へ挨拶をして、帰ろうと思っていた。
アーチ橋を渡る私の背後から足音が聞こえてきたのは、もう雲が大分暗くなってから。
もう外を歩く人もいないだろうと、油断していたのだろう。
気が付くとかなり近く迄迫っていた男達、聞き覚えのある名前。
「プラシオライト」
その名に、捕らえられたならば。
ブルリと身震いをして必死に走り出した。
ただ、私の足は速くない。
そもそもあの世界で走る必要など無かったし、ただ美しく整えられていた私に体力はあまり無い。
それでも向こうの世界へ行って、幾分体力もついたと思っていたけれど。
やはり、男の脚に追い付かれるのは時間の問題だった。
「よし!捕まえたぞ!!」
強く乱暴な力で引かれた腕、襲ってきた恐怖の記憶、白い部屋の光景。
"私には、無理だ。"
過ぎる「なにか」と、自分の行く末、「帰れないのなら死んだ方がいい」という思いが一瞬で固まった。
「こっちだ!」
「そっと 」
「 え?」「どうした?」
一瞬にして。
「自分」から離れる事を選んだ私は、自分の抜け殻を少し離れた場所から、見ていた。
「プラシオライト!」
「なんだ、どうしたんだ?」
「誰が 」「俺じゃない!」
戸惑う男達を冷静に眺める自分、掴まれた腕の感触に手をやるが今は何とも、無い。
けれども自分が「なにか」に引かれる感じがして、ここへ留まっていられないのは分かる。
沢山の色のローブ、見覚えのある顔がチラリと見えた所で勢い良く何かに引かれる様に、自分が飛んだのが解る。
そうして白い、安心の中。
私は、暫く眠ることと、なったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる