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2. 手持ちの武器
しおりを挟む「やったわ! セバスチャン、私、やったわ――!!」
少し無理な設定だから、騙されてくれるかしらと心配していたが、なんとかバレずに済んだらしい。
借金を完済し、使用人達へ未払いの給与を払い終わっても、少しだけ金貨が余る。
ナタリーが働きながら細々と暮らせば、ロイが成人するまでなんとかなるかもしれない。
そんなことを考えていると、セバスチャンが悲しげに一通の手紙を差し出してきた。
「え!? また督促状!?」
赤く縁取られた督促状の中身は、滞納した分の利子を支払えというもの。
その額、金貨二十枚。
「全然足りない……」
せっかく解決したと思ったのに。
平民を騙してまで、選んだ方法だったのに。
両親亡き今、その滞納額が嘘か本当か確かめる術もなく、言われるがまま涙を呑んで払うしかないのだ。
ナタリーはショックのあまり、督促状を抱きしめるようにして、ガクリと膝から崩れ落ちた。
***
約束の場所『ハナニワ』の一室で、子爵令嬢ナタリーはやっと人心地ついたのか、優雅に紅茶を口にした。
腹ペコだったらしく、目の前には食べ終わったお皿が山積みになっている。
昨夜は暗がりで顔がよく見えず、だが声からして若そうだとは思っていたが、いざ仮面を外すとより一層若く見えた。
「お腹が空いていたのですか?」
「はい! 美味しいです」
待ち合わせ場所に登場した際は、なにやら思い詰めたような深刻な顔をしていたが、お腹がいっぱいになり少し落ち着いたようである。
ルドルフはナタリーの様子をつぶさに観察しながら、先日の仮面舞踏会でのやりとりを思い出していた。
あれから持ち帰った皿の欠片を調べ、工業用ではなく家庭用の安い土で作られた物だと判明した。
つまりはどう転んでも金貨百枚にはならない代物。
だが騙すにしてもあまりにお粗末な計画に、呆れて調査を依頼したところ、馬車の事故で両親を亡くし幼い弟と二人きり……さらには借金まであり、後見人も未だ決まっていないという。
かなりハードな状況に同情はするが、平民から金を騙し取ろうとした言い訳にはならない。
所詮は貴族。
平民とは相容れず、利己主義な彼らはいつだって、理不尽に搾取をする側なのだ。
「そういえば金貨百枚ですが、あの、大変言いにくいのですが利子がつきまして」
「……は?」
「あの、百二十枚になりました」
お高く止まるでもなく、ほんわかとした雰囲気につい気を許しそうになったが、金貨百枚に味を占めたのだろうか。
数代前に武功をあげ、当時の領主に賜った土地で、ルドルフが燃える液体を見付けたのは十年前。
弧状に湾曲した地形のため、適する農作物がなく処分に困っていたところ、落雷により地表に染み出した液体が燃えているとの報告が入った。
馴染みの商人に問い合わせたところ、外国では液体燃料として高値で取引されるとのこと。
すぐさま出資者を募り、技術者を呼び寄せて掘削し――、安定採取と流通経路の確保に成功したのが三年前である。
ここまで七年もかかってしまったが、わずか三年でお釣りがくるほど儲けさせてもらった。
実家は男だらけの五人兄弟、上三人はルドルフを含め、すでに成人済みである。
ルドルフは長男だが、相続の際に争いにならないよう両親に願い出て、成人と同時に生前贈与の形で兄弟にも分割してもらった。
燃える液体……つまり、油田を持つルドルフにとって、金貨が百二十枚に増えたところで困りはしない。
だがこれに味を占めて度々頼られては困る。
今回は百歩譲って自分に原因があったかもしれないと、わずかばかりでも思ったからこそ弁償するのだ。
本来であれば、借金を肩代わりしてやる理由などない。
「金貨百枚がどれほど高価か、ナタリー様はご存知ですか?」
ルドルフの言葉に、ナタリーはこくりと頷いた。
金の価値が分かっていないわけではないらしい。
「さらに金貨二十枚となると、私財をすべて売り払わなければならず、俺の生活が立ち行かなくなります。それでも払えと仰いますか?」
……嘘だけど。
実際にはすぐに払える額なのだが、相手がどうでるかも見てみたい。
「で、では追加分は結構です……」
がっかりしたのだろうか。
しゅんと肩を落とし、瞬くナタリーの目が、少しだけ湿り気を帯びてくる。
ルドルフは、まるで自分が悪者にでもなったような気持ちになるが、無茶を言っているのは相手のほうだ。
「承知しました。見たところ護衛もいらっしゃらない御様子。いくらなんでも心配なので、このまま屋敷までお送りします」
「――えっ!? い、いえ、結構です!」
「さすがに承諾しかねます。金貨百枚をこのままハイどうぞと渡した日には、ものの数分で強盗に襲われてしまいますよ?」
思いもよらない提案だったのだろうか。
ナタリーは銅像のように動きを止め……それから、ゴクリと息を呑みこんだ。
***
「これは……?」
呆然と立ち尽くすルドルフに、だから屋敷には来てほしくなかったのだとナタリーは俯いた。
使用人達を雇う余裕はないので、給与の未払い分は後ほど払うことを約束し、すでに暇に出している。
価値のありそうな物はすべて持っていかれ屋敷内は閑散とし、皮の擦り切れたソファーと古びたテーブルだけが、ポツンと応接室に取り残されていた。
「屋敷の物を売ったんです。あの、私、広々としたほうが好きなので」
「さすがにそれは無理があるだろう……」
思わず敬語を忘れて呟いたルドルフを、ナタリーはチラリと見た。
平民のお金持ちリスト最上位に名前があったものだから、金貨百二十枚など物の数ではないと勘違いしていたが……。
まさか私財を売り払わないと生活できなくなるほどの額だったなんて!
お金持ちだからすぐに出せるだろうと思っていた自分が恥ずかしい。
だが彼は、言いがかり的に大金をせびられたにも関わらず、無防備に持ち歩くのを心配して、忙しい中屋敷にまで来てくれた。
「本日は御足労いただき、ありがとうございました。金貨百枚、間違いなく受領しました」
丁寧にお辞儀をした後、ナタリーはルドルフの顔を改めてまじまじと見つめる。
人当たりの良さそうな、優しい顔立ち。
二十代半ばくらいだろうか、穏やかな空気を身にまとい、少し心配そうにナタリーを見つめている。
あんなひどい皿にかこつけて、金貨百枚も騙し取られたのに、人がいいにも程がある。
だがこれ以上彼は頼れない。
何かしらの方法で、残りの金貨二十枚を用立てなければならないのだ。
手持ちの武器のうち、『貴族であること』、亡き父が趣味で作った一見『高価に見える皿』はもう使ってしまった。
残っているのは、『若い未婚女性であること』。
手付かずの貴族令嬢であれば、高値で買い取ってくれる人がいるだろうか。
ルドルフの乗る馬車を見送った後、ナタリーは粗末なソファーに腰を掛け、ぼんやりと思案しながら、ゆっくりと紅茶を飲んだのである――。
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