祓い屋都築とはざまの住人

音成さん

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01.祓い屋都築

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「そ、それは……! おにぎりでは……!?」

血走った目をかっ開いて、蘭太がかぶりついた不格好なおにぎりを震える指でさしたのは、モデル体型の小顔なイケメン男性だった。長時間砂漠をさまよった末辿り着いたオアシスが目の前で他の旅人に独占されてしまったかのような形相に、蘭太は食べかけのおにぎりを持っている方とは反対の手でアルミホイルに包まれたおにぎりを差し出す。

「食べます?」

イケメンは蘭太の座るベンチに並んで腰掛け、ただの塩むすびを両手で持ち、恐る恐る一口かじった。米の一粒一粒を噛みしめるようにゆっくり咀嚼し、喉仏が上下して、閉じていた目蓋を開いたと思ったら、だあーっと、滝のように落涙する。

「え、しょっぱかったですか?」
「おいしい……」

その後は、一心不乱におにぎりを貪った。

「お腹空いてたのかな?」

思わずそうこぼしてしまうほど、イケメンは必死におにぎりを食らっていた。しかも泣きながら。

「おいしい……うまい……っ!」

その様があまりに憐れだったので、蘭太は最後のおにぎりも彼に譲った。

「おいしかった。あまりにうまかった。こんなにおいしいおにぎりがあったなんて! どこで買える?」
「僕の手作りです」
「きみは料理の天才か?」

ただの塩むすびである。しかも素人もど素人の適当に握った歪な具なしおにぎりである。

「握手してください」
「一週間くらい絶食してたのかな?」

感動に打ち震えるイケメンの握手に応じると、両手でぐっぐっとしっかり握り、引き寄せられる。

「きみの名前を聞いても?」
「新堂蘭太です」
「新堂蘭太。蘭太くんか。私はーー」

そこでようやくがっちり握っていた両手を解いたイケメンは、懐から名刺入れを取り出し、中身を一枚差し出してきた。

「こういう者です」
「祓い屋都築、都築利音……さん。祓い屋……」
「ああ、あやしい職業だよね。わかるよ。でも一応言っておくね。あやしい者ではないです」

蘭太の鈍い反応を彼をあやしんでのものと思ったのか、都築は慣れた様子で述べた。微笑みさえしていた。

「いや、都築さんをあやしいと思ったわけじゃなくて。実は僕、祓い屋によって職と貯金を失ったばかりでして」






◇◇◇






新堂蘭太のこれまでの人生は、ごくごく平凡な、ありふれた一人の男のものだった。特筆すべき事柄が見つからない、世界中見渡せば、誰も彼もが辿ってきたような、ごく普通の一般家庭の一般人。勉学に秀でていたとか、芸術の才能があるとか、泳ぐのがすこぶる下手だとか、ハムスターと会話できるとか、学校の窓ガラス叩き割ったとか、事故って複雑骨折したとか、そんなようなことは、特になく。平々凡々に生きてきた。今までもそうだったし、これからもそうだと思っていた。就職するまでは。

べつに職場がブラックだったわけではない。ホワイトでもなかったが。

就職してから、何故か蘭太の周りで怪奇現象が頻発するようになったのだ。物が落ちたり、引き出しが開いてたり、ドアがひとりでに閉まったり。はじめは気の所為だと思っていた。しかし、一人暮らしのはずの家の中を他の誰かが走り回る音がしたり、テレビが勝手についたり消えたりし、たった今蛇口を閉めたばかりのシャワーから水が噴射されたりしたら、それは、もう。いるじゃん。確実に。何かが。

迷惑を被るのが自分だけなら、蘭太はまあとりあえず自分のそばにいる何かしらとの共存も考えただろう。実際、気づいてからもしばらくは素知らぬふりをしたのだ。だが、職場にまで被害が広がり、同僚の皆さんに多大なるご迷惑ご心労をおかけするにいたっては、もうなんの対処もしないわけにはいかなくなった。

そこで、眉唾物ではあるが、祓い屋というものを頼ってみた。

蘭太はもっと仰々しいものを想像していたのだが、祓い屋を名乗る女はパッと見どこぞの主婦といった風貌で、さっさとお祓いを済ませると大金を請求し、蘭太の部屋に塩撒いて、去り際妙に愛想よく言った。

「お祓いはしましたが、この部屋はよくないですねえ。早急に引っ越すことをおすすめします。職場もよくない。今の仕事は霊を呼び込みやすいですね、はい。辞めた方がいいです。引っ越しと、辞職。した方がいいです。アパートにも職場にも幽霊騒ぎで迷惑かけたでしょう? ねえ? 今の生活とはおさらば、心機一転、イチからやり直しましょう。ね? 同じ場所に留まっていたらまた寄ってくるかもしれないし。いえ、きます。寄ってくるので、ねえ? 仕事辞めて、引っ越しちゃいなさい。ね? いいね? ね?」

と、なんかやたら圧の強い女だった。あまりにも辞職と引っ越しを勧められるので、そんなに今の住処と職場はヤバい所なのかと、だんだん信じてきてしまった蘭太は、精神的に弱っていたのも災いして、女の言葉に従ってしまった。

しかし、一時はおとなしかったはずの怪奇現象は、引っ越し先でも暴れ回るようになり。

結局、蘭太は職と貯金を同時に失っただけで、なんの解決も得られなかったのだった。






「それは……インチキ引いちゃったねえ」
「やっぱりそうですよねえ? やっちゃったなあ……」

蘭太の話を聞いた都築は、艶々の唇を苦笑の形に歪め、労るように肩を撫でてきた。

「で、怪奇現象は、まだ続いてるの?」
「最近は寝ている僕の顔に濡らしたタオル落とすのがブームみたいです」

昨夜もそれで飛び起きた。

「ふむ。蘭太くん」
「はい」
「きみの家に案内してくれ」
「僕んちですか?」
「私は祓い屋だ。おにぎりを恵んでくれた恩返しに、蘭太くんちの怪奇現象の原因を取り除こうじゃないか。そして!」
「そして?」
「ついでに追加でおにぎり握ってもらっていいですか。あの、お金払うんで。材料費だけじゃなくて、労働に見合った額もプラスするんで。なにとぞ。なにとぞ」

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