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第一章「剣鬼の誕生」
第一話「復讐者の誕生」
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二月一日、今日は妹の十歳の誕生日だ。五歳年下のエルザは好奇心旺盛で、将来は国家魔術師になるのが夢だ。俺はそんなエルザのために、少ない小遣いを一年間貯金し、魔法の杖を購入した。
妹の誕生日を祝うために、前日にはケーキを焼き、夜遅くまで室内を飾り付けた。俺の家は裕福ではないが、誕生日等のお祝い事にはこうしてケーキを用意し、家族全員で祝う決まりになっている。
ファステンバーグ王国、王都アドリオンの南部に位置する農村、レーヴェ。窓を開けて空気を換気する。冬の冷たい空気が狭い室内に流れ込み、体温で暖められた布団の熱を奪った。
四十センチ程の木製の杖を構え、魔術師の真似事をしてみるが、俺は魔法の才能が無いのか、人生で一度も魔法が成功した事はない。しかし、妹のエルザは強い魔力を持っている。生まれつき魔力が高い者は魔法を習得して魔術師となり、地域を守りながら暮らすのが一般的だ。
俺もエルザの様に魔力が高かったら、きっと魔術師を目指していただろう。俺自身、十五歳の今日まで一度も夢を持った事が無い。農村で暮らしているから、将来は農業に携わり、村で恋人を作り、そのまま結婚するのだろうと思っている。
エルザは幼いが向上心があり、将来は必ず偉大な魔術師になると心に決めているのだ。この美しい杖は彼女の夢を応援するために購入した物。杖があれば魔法の威力を上昇させる事が出来ると聞いた事がある。きっと妹なら将来は大陸の歴史に名を残す魔術師になれるだろう。
エルザに贈るための杖を持ち、服装を整えてから、部屋の扉を開けた。すると、俺の目の前には頭部から血を流す父が居た。普段なら綺麗に整えている髪は乱れ、右手にはロングソードを持っている。エルザの誕生日だというのに、村で何か騒動でもあったのだろうか。
レーヴェは小さな農村だからか、時折魔物が村を襲撃する事がある。そういう時は父の様に力が強く、剣の心得がある者や、魔法を使用出来る村人が魔物を討伐する決まりになっている。きっとゴブリンかガーゴイルのような低級の魔物でも湧いたのだろう。
「大変だ! 村の上空にデーモンが現れた! すぐに逃げる準備をするんだ!」
「デーモン? それは何の冗談だい? 幻獣クラスの魔物がこんな小さな村を襲う訳が無いよ」
「馬鹿者! この怪我を見ろ! 幻獣のデーモンが無数の魔物を従えて襲撃してきた! エルザを起こしてすぐに逃げるぞ!」
「まさか! 本当なのかい……?」
「これは避難訓練ではない! クラウス! 俺や母さんが死んでも、お前がエルザを守り抜くんだぞ! さぁ、すぐにエルザを起こせ!」
普段は声を荒らげる事も無い父が大声で怒鳴った。幻獣クラスの魔物は一体で村や町を壊滅させる力を持つ。とても一介の村人達では太刀打ち出来る魔物ではない。
国家魔術師の様な、魔術師の中でも最も優れた、強力な魔法を操る者か、熟練の冒険者集団でも居ない限り、幻獣クラスの魔物を仕留める事は出来ない。村の外から悲鳴が聞こえてきた。木造の家を震わせる程の火の魔法が上空で炸裂すると、俺は自分の死を予感した。人間を殺すには十分すぎる程の強烈な魔法が次々と炸裂しているのだ。
それから父が飛び出すと、俺は妹の部屋を叩いた。可愛らしいピンク色のパジャマを着た愛らしい妹が眠たそうに扉を開くと、エルザは俺が手に持っている杖を見て微笑んだ。
「おはよう! お兄ちゃん! こんなに早くからどうしたの? 大好きな妹の顔を見たくなったのかな……?」
「エルザ。落ち着いて聞いてくれ。今、俺達の村が魔物の襲撃を受けている。残念だけどエルザの誕生日パーティーはお預けだ」
「嘘! どうして私の誕生日にそんな嘘をつくの? お兄ちゃんなんて大嫌い……! 今日は私の十歳の誕生日なのに!」
「エルザ。頼むから良い子にしておくれ。今はそんな事を言っている場合じゃないんだ!」
「そんな事って! 妹の誕生日なんてどうでもいいんだ……もう知らない! 勝手にすれば! 魔物が村まで入ってくる訳が無いじゃない! いつものゴブリンかガーゴイルでしょう? そんな魔物なんてお父さんが倒してくれるもん!」
エルザはエメラルド色の瞳に涙を溜め、すっかり機嫌を悪くして座り込んだ。話していても埒が明かない。俺はエルザの小さな体を無理矢理抱き上げ、家を飛び出した。
そこには凄惨な光景が広がっていた。巨大な石の魔物、ゴーレムが民家を叩き潰し、ガーゴイルが上空から村に炎を放っている。木造の住宅がゴーレムに叩き潰される爆音が静かな村に轟き、上空には一体の黒い体をした魔物が旋回している。
「クラウス! 森に逃げろ! 俺達は魔物を食い止める!」
「娘を任せたわ……! クラウス!」
魔術師の母は氷の魔法をゴーレムに対して放ち、敵を食い止めようとしているが、体長が四メートルをも超える石の魔物には母の魔法は通用しなかった。父は上空を舞うガーゴイルに対して跳躍し、ロングソードの一撃を放った。父の剣は大理石の様な肌をしたガーゴイルを砕いたが、ガーゴイルの群れの注意を引いたのか、無数のガーゴイルが父に炎を放った。こんな時に魔法が使えたら父に加勢するのだが。俺は何と無力なのだろうか……。
しかし、十五歳から冒険者として魔物討伐を生業としていた父が魔物との勝負で負けた事はない。だが、今回は敵があまりにも多すぎる。俺の瞳には自然と涙が溢れ出し、幼い妹は村の状況を理解したのか、俺の手から魔法の杖を奪い取り、上空を旋回する人型の幻獣、デーモンに向けて掲げた。
「何をしているんだ! デーモンを挑発するな!」
「私の村を襲うなんて許さない! 私は国家魔術師になるんだから! デーモンだって倒してみせる!」
「やめろ! 殺されるぞ!」
エルザは以前母から教わった、氷の塊を飛ばすアイスショットの魔法を使用すると、杖の先端が輝き、小さな氷が宙に浮かんだ。エルザは杖で突きを放つ様に、デーモンに向けて氷の塊を飛ばすと、デーモンはエルザの魔法を退屈そうに手で払った。
まるで人間が小さな虫を追い払う様に、圧倒的な力の差を見せつけながら、俺とエルザを睨みつけた。瞬間、デーモンは爆発的な咆哮を上げて、急降下を始めた。エルザの魔法がデーモンの気に障ったのか、背中から黒い翼が生えた悍ましい魔物が接近してくると、俺はエルザを抱き上げて冬の森に入った。
背後から母の悲鳴が聞こえた。母がデーモンの注意を引くために攻撃を仕掛けたのだろう。それから父の叫び声が聞こえると、俺は泣きじゃくりながら森を駆けた。体力が限界に達しても、決して後ろを振り向かず、エルザを抱えながら走った。瞬間、俺達の目の前にデーモンが着地した。
体長は三メートル程だろうか。黒い皮膚に血走った瞳。爪は刃物の様に鋭利で、頭部からは二本の黒い角が生えている。俺は巨体のデーモンを見上げた瞬間、生命の終わりを予感した。人間を殺すには十分すぎる程の体格、体から感じる強烈な闇の魔力。右手には黒い魔力が纏わり付いており、俺はデーモンの初撃で確実に命を落とすと悟った。人間が立ち向かって良い相手ではないのだ。とても一介の村人が倒せる相手ではない。
だが、両親からエルザを任されているんだ。せめて妹だけでも助けなければ……。俺はエルザの前に立ち、両手を広げた。
「殺すなら俺を殺せ!」
「お兄ちゃん! 何してるの……? 本当に殺されちゃうよ!」
「良いんだ! エルザを守れるなら! さぁ、俺を殺せ! その代わり妹は逃してくれ! 俺一人の命で満足だろう? 逃げろ! エルザ!」
「お兄ちゃんを置いて逃げるなんて……」
エルザは大粒の涙を浮かべながらゆっくりと後退を始めると、デーモンは悍ましい表情を浮かべてエルザを睨みつけた。まるで俺の事など眼中に無い様だ。せめてデーモンに一撃でも喰らわせてから死にたいものだ。妹を守って死ねるなら本望。エルザが生き延びれば、彼女はきっと偉大な魔術師になり、俺の仇を討ってくれる筈だ。死ぬ事は恐ろしいが、家族を守りながら死ねるのだから、人生に悔いはない。
デーモンが翼を開き、エルザを睨みつけた瞬間、敵の狙いがエルザだと分かった。男が命を捨てて妹を守る覚悟で立っているというのに、俺を無視するとは……。
俺は拳を握り締め、全力でデーモンの腹部を殴った。デーモンの皮膚は鉄の様に固く、俺の拳は一撃で砕けた。手には激痛が走り、俺は痛みに悶えながら左手でデーモンの腕を掴み、敵の手に噛み付いた。格好悪くても良い。一秒でも長くデーモンの注意を引けるならそれで良いんだ……。
全力でデーモンの手を噛むと、黒い皮膚が裂け、口にはデーモンの血が流れてきた。デーモンは人間に体を傷つけられた事が気に触ったのか、まるで服に付いた埃でも落とす様に手を払うと、俺の体は宙を舞った。
上手く着地出来ずに地面に落下すると、両足に激痛が走った。きっと骨が折れているのだろう。意識を失いそうな激痛に耐えながら、俺はデーモンの足首を掴み、何度も敵の足を噛んだ。
「そんなに死にたいのか……?」
デーモンが低い声で訪ねると、俺は返事をせずに敵の皮膚を噛み切った。デーモンは森を逃げる妹を見たあと、俺の体を持ち上げて妹の傍に投げた。体はまるで言う事を聞かないが、俺はそれでも必死に這いつくばってデーモンの前に進んだ。
「逃げろ……! エルザ!」
「お兄ちゃん……ごめんね……いつか国家魔術師なったら……お兄ちゃんの仇を討つから! 絶対に私がデーモンを倒すから!」
エルザが叫ぶと、デーモンは右手を突き出して妹に向けた。瞬間、黒い魔力の塊が空を裂き、エルザの体に激突した。殺された……。俺は妹の死を悟った。俺は何と無力なのだろうか。愛する妹すら救えなかった。俺に魔法の力があったら、国家魔術師級の力があったらデーモンを殺せたかもしれない……。
「生かすべきは勇敢な者。いつか俺を殺しに来い」
「よくもエルザを……! 復讐してやる……力を付けて必ずお前を殺す!」
「いつでも相手になろう」
デーモンは捨て台詞を吐き、巨大な翼を開いて上空に飛び上がった。それからデーモンは暫く村の上空を旋回すると、村からは魔物が撤退を始めた……。
妹の誕生日を祝うために、前日にはケーキを焼き、夜遅くまで室内を飾り付けた。俺の家は裕福ではないが、誕生日等のお祝い事にはこうしてケーキを用意し、家族全員で祝う決まりになっている。
ファステンバーグ王国、王都アドリオンの南部に位置する農村、レーヴェ。窓を開けて空気を換気する。冬の冷たい空気が狭い室内に流れ込み、体温で暖められた布団の熱を奪った。
四十センチ程の木製の杖を構え、魔術師の真似事をしてみるが、俺は魔法の才能が無いのか、人生で一度も魔法が成功した事はない。しかし、妹のエルザは強い魔力を持っている。生まれつき魔力が高い者は魔法を習得して魔術師となり、地域を守りながら暮らすのが一般的だ。
俺もエルザの様に魔力が高かったら、きっと魔術師を目指していただろう。俺自身、十五歳の今日まで一度も夢を持った事が無い。農村で暮らしているから、将来は農業に携わり、村で恋人を作り、そのまま結婚するのだろうと思っている。
エルザは幼いが向上心があり、将来は必ず偉大な魔術師になると心に決めているのだ。この美しい杖は彼女の夢を応援するために購入した物。杖があれば魔法の威力を上昇させる事が出来ると聞いた事がある。きっと妹なら将来は大陸の歴史に名を残す魔術師になれるだろう。
エルザに贈るための杖を持ち、服装を整えてから、部屋の扉を開けた。すると、俺の目の前には頭部から血を流す父が居た。普段なら綺麗に整えている髪は乱れ、右手にはロングソードを持っている。エルザの誕生日だというのに、村で何か騒動でもあったのだろうか。
レーヴェは小さな農村だからか、時折魔物が村を襲撃する事がある。そういう時は父の様に力が強く、剣の心得がある者や、魔法を使用出来る村人が魔物を討伐する決まりになっている。きっとゴブリンかガーゴイルのような低級の魔物でも湧いたのだろう。
「大変だ! 村の上空にデーモンが現れた! すぐに逃げる準備をするんだ!」
「デーモン? それは何の冗談だい? 幻獣クラスの魔物がこんな小さな村を襲う訳が無いよ」
「馬鹿者! この怪我を見ろ! 幻獣のデーモンが無数の魔物を従えて襲撃してきた! エルザを起こしてすぐに逃げるぞ!」
「まさか! 本当なのかい……?」
「これは避難訓練ではない! クラウス! 俺や母さんが死んでも、お前がエルザを守り抜くんだぞ! さぁ、すぐにエルザを起こせ!」
普段は声を荒らげる事も無い父が大声で怒鳴った。幻獣クラスの魔物は一体で村や町を壊滅させる力を持つ。とても一介の村人達では太刀打ち出来る魔物ではない。
国家魔術師の様な、魔術師の中でも最も優れた、強力な魔法を操る者か、熟練の冒険者集団でも居ない限り、幻獣クラスの魔物を仕留める事は出来ない。村の外から悲鳴が聞こえてきた。木造の家を震わせる程の火の魔法が上空で炸裂すると、俺は自分の死を予感した。人間を殺すには十分すぎる程の強烈な魔法が次々と炸裂しているのだ。
それから父が飛び出すと、俺は妹の部屋を叩いた。可愛らしいピンク色のパジャマを着た愛らしい妹が眠たそうに扉を開くと、エルザは俺が手に持っている杖を見て微笑んだ。
「おはよう! お兄ちゃん! こんなに早くからどうしたの? 大好きな妹の顔を見たくなったのかな……?」
「エルザ。落ち着いて聞いてくれ。今、俺達の村が魔物の襲撃を受けている。残念だけどエルザの誕生日パーティーはお預けだ」
「嘘! どうして私の誕生日にそんな嘘をつくの? お兄ちゃんなんて大嫌い……! 今日は私の十歳の誕生日なのに!」
「エルザ。頼むから良い子にしておくれ。今はそんな事を言っている場合じゃないんだ!」
「そんな事って! 妹の誕生日なんてどうでもいいんだ……もう知らない! 勝手にすれば! 魔物が村まで入ってくる訳が無いじゃない! いつものゴブリンかガーゴイルでしょう? そんな魔物なんてお父さんが倒してくれるもん!」
エルザはエメラルド色の瞳に涙を溜め、すっかり機嫌を悪くして座り込んだ。話していても埒が明かない。俺はエルザの小さな体を無理矢理抱き上げ、家を飛び出した。
そこには凄惨な光景が広がっていた。巨大な石の魔物、ゴーレムが民家を叩き潰し、ガーゴイルが上空から村に炎を放っている。木造の住宅がゴーレムに叩き潰される爆音が静かな村に轟き、上空には一体の黒い体をした魔物が旋回している。
「クラウス! 森に逃げろ! 俺達は魔物を食い止める!」
「娘を任せたわ……! クラウス!」
魔術師の母は氷の魔法をゴーレムに対して放ち、敵を食い止めようとしているが、体長が四メートルをも超える石の魔物には母の魔法は通用しなかった。父は上空を舞うガーゴイルに対して跳躍し、ロングソードの一撃を放った。父の剣は大理石の様な肌をしたガーゴイルを砕いたが、ガーゴイルの群れの注意を引いたのか、無数のガーゴイルが父に炎を放った。こんな時に魔法が使えたら父に加勢するのだが。俺は何と無力なのだろうか……。
しかし、十五歳から冒険者として魔物討伐を生業としていた父が魔物との勝負で負けた事はない。だが、今回は敵があまりにも多すぎる。俺の瞳には自然と涙が溢れ出し、幼い妹は村の状況を理解したのか、俺の手から魔法の杖を奪い取り、上空を旋回する人型の幻獣、デーモンに向けて掲げた。
「何をしているんだ! デーモンを挑発するな!」
「私の村を襲うなんて許さない! 私は国家魔術師になるんだから! デーモンだって倒してみせる!」
「やめろ! 殺されるぞ!」
エルザは以前母から教わった、氷の塊を飛ばすアイスショットの魔法を使用すると、杖の先端が輝き、小さな氷が宙に浮かんだ。エルザは杖で突きを放つ様に、デーモンに向けて氷の塊を飛ばすと、デーモンはエルザの魔法を退屈そうに手で払った。
まるで人間が小さな虫を追い払う様に、圧倒的な力の差を見せつけながら、俺とエルザを睨みつけた。瞬間、デーモンは爆発的な咆哮を上げて、急降下を始めた。エルザの魔法がデーモンの気に障ったのか、背中から黒い翼が生えた悍ましい魔物が接近してくると、俺はエルザを抱き上げて冬の森に入った。
背後から母の悲鳴が聞こえた。母がデーモンの注意を引くために攻撃を仕掛けたのだろう。それから父の叫び声が聞こえると、俺は泣きじゃくりながら森を駆けた。体力が限界に達しても、決して後ろを振り向かず、エルザを抱えながら走った。瞬間、俺達の目の前にデーモンが着地した。
体長は三メートル程だろうか。黒い皮膚に血走った瞳。爪は刃物の様に鋭利で、頭部からは二本の黒い角が生えている。俺は巨体のデーモンを見上げた瞬間、生命の終わりを予感した。人間を殺すには十分すぎる程の体格、体から感じる強烈な闇の魔力。右手には黒い魔力が纏わり付いており、俺はデーモンの初撃で確実に命を落とすと悟った。人間が立ち向かって良い相手ではないのだ。とても一介の村人が倒せる相手ではない。
だが、両親からエルザを任されているんだ。せめて妹だけでも助けなければ……。俺はエルザの前に立ち、両手を広げた。
「殺すなら俺を殺せ!」
「お兄ちゃん! 何してるの……? 本当に殺されちゃうよ!」
「良いんだ! エルザを守れるなら! さぁ、俺を殺せ! その代わり妹は逃してくれ! 俺一人の命で満足だろう? 逃げろ! エルザ!」
「お兄ちゃんを置いて逃げるなんて……」
エルザは大粒の涙を浮かべながらゆっくりと後退を始めると、デーモンは悍ましい表情を浮かべてエルザを睨みつけた。まるで俺の事など眼中に無い様だ。せめてデーモンに一撃でも喰らわせてから死にたいものだ。妹を守って死ねるなら本望。エルザが生き延びれば、彼女はきっと偉大な魔術師になり、俺の仇を討ってくれる筈だ。死ぬ事は恐ろしいが、家族を守りながら死ねるのだから、人生に悔いはない。
デーモンが翼を開き、エルザを睨みつけた瞬間、敵の狙いがエルザだと分かった。男が命を捨てて妹を守る覚悟で立っているというのに、俺を無視するとは……。
俺は拳を握り締め、全力でデーモンの腹部を殴った。デーモンの皮膚は鉄の様に固く、俺の拳は一撃で砕けた。手には激痛が走り、俺は痛みに悶えながら左手でデーモンの腕を掴み、敵の手に噛み付いた。格好悪くても良い。一秒でも長くデーモンの注意を引けるならそれで良いんだ……。
全力でデーモンの手を噛むと、黒い皮膚が裂け、口にはデーモンの血が流れてきた。デーモンは人間に体を傷つけられた事が気に触ったのか、まるで服に付いた埃でも落とす様に手を払うと、俺の体は宙を舞った。
上手く着地出来ずに地面に落下すると、両足に激痛が走った。きっと骨が折れているのだろう。意識を失いそうな激痛に耐えながら、俺はデーモンの足首を掴み、何度も敵の足を噛んだ。
「そんなに死にたいのか……?」
デーモンが低い声で訪ねると、俺は返事をせずに敵の皮膚を噛み切った。デーモンは森を逃げる妹を見たあと、俺の体を持ち上げて妹の傍に投げた。体はまるで言う事を聞かないが、俺はそれでも必死に這いつくばってデーモンの前に進んだ。
「逃げろ……! エルザ!」
「お兄ちゃん……ごめんね……いつか国家魔術師なったら……お兄ちゃんの仇を討つから! 絶対に私がデーモンを倒すから!」
エルザが叫ぶと、デーモンは右手を突き出して妹に向けた。瞬間、黒い魔力の塊が空を裂き、エルザの体に激突した。殺された……。俺は妹の死を悟った。俺は何と無力なのだろうか。愛する妹すら救えなかった。俺に魔法の力があったら、国家魔術師級の力があったらデーモンを殺せたかもしれない……。
「生かすべきは勇敢な者。いつか俺を殺しに来い」
「よくもエルザを……! 復讐してやる……力を付けて必ずお前を殺す!」
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