鍵盤上の踊り場の上で

紗由紀

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第5章 Duet

「これから」を共に

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「なんかさ、運命的だよね」
水瀬は、呟くようにそう言った。水瀬のその表情は、僕が前に同じ言葉を言ったときのような顔をしていた。
「何が?」
「私が憧れてた音を出していた人と、知らない内に連弾してて、そこから絆が生まれて…ほんと、運命だよ」
水瀬は、穏やかに笑った。その笑顔は、何を思っていたのだろう。その仕草に妙な安堵感を覚えた僕も、きっと笑顔になっていただろう。
すると、水瀬は立ち上がった。軽やかに曲がった脚に、プリーツが翻る。
「さぁて、次の連弾の曲はどうする?」
「もう決めるのか」
「だって、君がやりたいって言ったんじゃん」
だってほら、本番前の、あのとき。と水瀬が言ったことで、僕はすぐにその光景を思い出すことができた。
『これからも、僕と連弾をしてくれませんか?』
本心だった。
僕はもう、水瀬がいないピアノなんて考えられなくなっていたから。
ピアノを弾いているときの嬉しそうな表情も、上手く弾けなかったときの少し怒った顔も、僕に見せてくれる温かい笑顔も。水瀬の全てが温かくて、大切で。僕にとって水瀬は、とても大事な存在となっていた。
「そうだな」
「私、調べたんだよ?一緒に聴いてみようよ」
水瀬はスマホを取り出して、色々曲を出していた。一緒に曲を聴いて、意見を言い合って。僕らにぴったりな曲を見つけると、少し嬉しくなって。
僕らはただ、聴き続けた。時間も忘れて音楽に没頭した。こんなに音楽に没頭出来たのは、もしかしたらこれが初めてかもしれなかった。それくらい、あのときの僕よりも僕は音楽を欲していた。それが実現出来たのは、きっと隣にいる少女の存在があまりにも大きかったから。
僕は次に、水瀬に何を伝えよう。水瀬に、どんな思いを言いたいのだろう。音楽を聞いて、聴いて、その先の弾くという行為の先の想いに、僕は思いを馳せた。未来の僕は、もしかしたらもうその答えを見つけているのかもしれない。
隣にいる水瀬を見た。水瀬も、不思議そうにこちらを見ていた。
「澪」
僕は自然と言葉にしていた。無意識に、無心に。
僕は、ピアノを弾く意味を見つけた。ピアノを弾きたいと思えた。だから、今の僕は胸を張ってこう伝えられる。
「水瀬に、会えてよかった」
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