鍵盤上の踊り場の上で

紗由紀

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Epilogue

楽譜

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澪は持っていた鞄の中から本を取り出した。
…本?
「この本の曲の弾き方がわからないんですよー」
そう言って水瀬は僕のことを見た。
その本は、いつか僕が澪にあげた教則本だった。所々傷が見えるものの、全体的に見れば綺麗だった。
…まだ持っていてくれたのか。
思わず胸が弾み、僕は笑みが零れてしまった。
「音楽の先生だし、教えてくれますよね?相原せーんせっ」
僕の『音楽の先生』という肩書きを乱用した例である。たぶん、これ以上の乱用の仕方はないだろう。僕は溜息を吐息に混ぜた。けれど、それが本心からの溜息ではないことに、澪は気づいているだろう。
「しょうがないなぁ…」
「やったぁ!なんなら久しぶりに連弾でも…」
「それはまだ駄目」
「『まだ』?」
「まだ」
そうして僕らは方向を変え、懐かしい音楽室へと向かっていた。それはあまりに自然で、必然的なことだった。
僕も、澪も。音楽が好きなことに変わりはないらしい。
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