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6話《このエターニア、ホントにエターニアっすか?》

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「あそこがシルフの神殿な。で、あっちがノームだ」
「ほぉ。ほぉッ。……ンオォ゙ッ!これっ、中央噴水ぃ゙~!ほ、ほ、ほ、ほん゙も゙の゙ォ゙~~~~~!!!!!ぎ、ぎ、ぎ、ぎれ゙い゙ぃ゙ィ~~~~ッ!!!!!!!!」

 とりあえず体調には問題ない、って医療舎から足蹴に追い出された俺は、サラマンダー様から直々にエターニアの主要施設を案内されることになった。神殿は賢者達が暮らしてる施設のことで、来訪者も基本的にはこの中の「寄宿舎」で生活することになる。
 ゲームでは何度も見まくってきた場所だけど、トーゼン、実際にこの目で見るのは初めてだ。ちゃんと施設として存在してる神殿や広場を見ていると、感慨も成層圏突破で興奮がハンパねぇ。施設はぜんぶカーソル移動で建物もイラストとキャラ立ち絵の背景だけだったから、構造とかが知れるだけでテンションマックス!!!!
 アイテムとかアクセサリーなんかの設定画はわりかしあったけど、建物や背景なんかはイラストだけで細かい設定画なかったし……オヒィ~~~ッ、おうちっ!ちゃんと裏側まであるっ!すごいねぇッ!住めるねぇッ!装飾もねッ!きれぇだねぇッ!ああッ!ここにスマホがあればっ!全部録画して!俺がっ!!エン‥エレファン代表ヅラでッ!!!なにもかものすべてをッ!撮っておくのにぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙……ッ!!!!!!

「楽しそうだな……。いきなり別世界に来ちまって、不安はねぇのか?」
「え?ああ、だいじょぶだいじょぶ!そこはほらまぁ!俺!色々知っておりますからッ!」

 俺のブチアゲ反応を見て、あからさまに怪しむサラマンダー様。確かに見ず知らずの異世界転生なんてしちまったら、普通は不安にもなるだろう。だが、俺はそれなりのエン‥エレ有識者。とにかく一周でも誰かのルートをクリアすれば、現実世界への帰還フラグが立つことを知っている。全員攻略はマストとして、EDもぜ~んぶコンプしてバッドエンドのフラグも大体覚えてる俺ならば、賢者の親密度上げの最短ルートも刻めるはず。エターニア時空で換算しても、二週間もあれば誰かの攻略まで行けるだろう。現実時空で一キャラ攻略が詰めに詰めて六時間くらいだから、現実に戻っても半日以内で問題ナシ!もしもっと楽しみたくなったら他キャラ攻略したりエーテルーフに会ってもいーし、どう転んでも俺のWin-Win~♡
 ……と、このような完璧なケーサンによって、俺のトリップ計画はハナから勝利が確定しているワケだ。だからこんな余裕の態度も当然。まっ、攻略するのは最初からサラマンダー様って決めてるけどなッ♡

「ははぁ……そりゃ頼もしい。それなら難しい仕事をいきなり任せても問題ないか?」
「えっウソ、まさかの初手ショートカットスキップ機能!?やるやるっ!」
「よくわからん単語を多用する奴だな。協調性はないと見た」
「おう!よく言われる!」
「言われるのか。よしよし……」

 うほっ、突然の頭ナデナデっ!♡突然のご褒美っ!♡サラマンダー様の手、でっかくってあったけぇ~……ッ!♡でも、なんで褒められてるのかはさっぱりわかんねぇ~~~~!!!!コレ、もしかしなくても憐れまれてんのかァ!?!?!?!?!?!?!?

「──あ、やっぱり居た居た。ども、来訪者サマぁ」
「おお、ノームじゃねぇか。仕事はどうした?」
「そんなの秒で終わるし後回し。あんなつまんないルーティンみたいな仕事、よく毎日セコセコ出来るね?オレ、賢者ってもっと楽しいと思ってたのに拍子抜け。これじゃただの元素の奴隷じゃん」

 会話を嫌味に遮って、俺の目の前まで悠々と歩いてきたのは……ノームっ!地の賢者で、史上最年少で賢者になったっつう謂われの天才キャラだ。見ての通りウエメセオスガキくんなやつで、ウンディーネを余裕で超える不遜傲慢クンでもある。褐色肌に銀髪な見た目は相当破壊力とポテンシャルがあり、性格も刺さるやつにはブっ刺さることもあって、ファンの濃度はいっちゃんくらいに濃いキャラだな。

「お前は賢者をなんだと思ってんだ。元素は研究のオモチャじゃねぇんだぞ」
「オレにとってはより良い元素術のための材料にしか過ぎないし。来訪者サマもオレに協力してくれたら、もっと術便利にしてあげるからね?」
「あー、はいはい。気が向いたらな」
「ゲッ。塩対応、サイッアク」

 そしてこの対応の通り、俺にはそこまでツボにハマなかったキャラなんだが……それ以外にもこんな態度には理由がある。こいつはテキトーな対応をするほうが構ってちゃんになって噛みついてきてカワイイのだ。初期に全員にフラグ立てとく保険のアレだな。
 ちなみに「術」っつうのは賢者それぞれから習得できる「元素術」のこと。移動速度が早くなったりフィールドの邪魔なモンを排除できたり錬金みたいなこともできたりと、覚えるごとにゲームがモロモロと便利になっていくシステムだ。これは賢者と元素の修練をしてレベルが上がるごとに効果も上がって、最大レベルまで上げると賢者と結ばれるためのEDが解放される。まぁつまりは親密度上げと同列に、賢者のルートをクリアするには欠かせねぇシステムってことだな。
 んでこのノームは術の研究や扱いに秀でてるって設定で、こいつと修練を重ねると他の元素術を最終段階からもう一段階能力を引き上げることができる。こいつが言ってるセリフはそういう意味。

「サイアクと言いたきゃ言え。俺はサラマンダー様から「先約済み」の称号を頂いたんだからな。つまりお前なんぞ眼中にないってことよ」
「何ソレ。サラマンダーの先約済みなんて程度の低い青田買いじゃん。誰にでもやってる粉掛け行為でナニそんな喜んじゃってんの。え?今回の来訪者サマちょっと頭お花畑すぎない?」
「ンなにィ~~~~~ッ!?!?テメッ、実はカワイイもの好きでノアからぬいぐるみ横流しして貰ってるクセに、イキってんじゃねぇぞぉ!?」
「ん゙な!?ば、ば、な……っ!なんで、それッ、知って……ッ!!!!」

 俺の突然の暴露に、顔を真っ赤にして口ごもるノーム。
 そりゃ俺はお前のルートもバッチリクリアしたからな、お前の秘密も隠し事も、すべてはりょうサマの手中ってわけよ。フハハ……!

「ナニこの来訪者サマ、なんで見てもないこと知ってんの!?ナニ!?『記憶者』なワケっ!?」
「ほへ?……『記憶者』?」
「ん?そっちは知らんのか。お前みたいにこっちの知識を元から持ってる奴は『記憶者』って呼ばれててな。普通の来訪者よりも丁重に扱わせて頂いてるんだ。来訪者はそれだけで『祝福』だが、更に記憶持ちとなりゃかなり国に貢献して下さる。つまりは特別扱い、ってわけだ」
「へぇぇ?そう、なんだ……?」

 ……なんじゃそれ、『記憶者』なんて初めて聞く設定だぞ。ゲーム内でもそういう名称みたいなモンが出てきた試しはないし。多分開発室での裏設定でもそんな単語とか呼称出てきてないはず……どっから生えてきたんだ、この設定?

「ッ、『記憶者』とか、マジ相性悪いんだけど!オレは未知の発見がしたいんだから、チート能力で引っ掻き回すのはやめろよなッ!?」
「いやいや、使えるモンは賢者でも使え、だろ。マウント取れないからって怒んなよノームくん」
「くあああぁ~~~っ!言い方ムカッつくッ!」

 そりゃそうだ、煽れば煽るほど、引っ掻き回せば引っ掻き回すほどボロが出て魅力的になるのが君だ、ノームくん。神殿に行くだけで親密度が爆上がる君のチョロさは、エン‥エレ界では既に「ノムる~♡(※すぐ堕ちるなどの意)」とミームのように扱われているからな。
 俺の反応に悔しさを隠せないのか、バタバタと暴れ回るノーム。そんな態度を、サラマンダー様が間に入って嗜める。

「おらおら、いつまでも猫同士でじゃれついてんな。まとめて食っちまいたくなるからな」
「ねこっ!♡にゃ~ん♡サラマンダーしゃま~♡♡♡」
「ちょ、顎撫でんな……ッ!♡っ、それより、サラマンダー!今日のエーテルの調整、アンタの役目だろ!?完全に放置されてて慌ててオレがやったんだけど!感謝しろよ、感謝!」
「ああ……そうだったか。来訪者様の対応ですっかり忘れちまってたな」
「エーテルは元素の源、世界の根源ッ!なによりも大切に扱うのが鉄則だろッ」
「えっ?な。……え……エーテル?」

 エーテル。
 その単語に、俺はあんぐりと口を開ける。
 えっ……な、なして?
 だってエーテルはエーテルーフが管理してるはずじゃん。だってあいつがエーテルの守護者なんだから。エーテルって普段は神殿の中央にある祭壇の奥の扉にエーテルーフごと封印されてて、誰の目にも触れないようになってるはずだよな?賢者全員クリアで貰えるアイテムを使って封印を解くことで、はじめてエーテルとエーテルーフの存在が明らかになって、トゥルーエンドへのルートが開く……エン‥エレとは、そういう話のはずでは!?

「おう。エーテルは俺達四賢者で管理してる、元素の源である秘器だ。この大地を正常に保つためのもんでな。毎日それぞれの元素での調整が必須なんだよ」
「ソッチは知らないワケ?大口叩いといてずいぶん知識に偏りある来訪者サマだね」
「……」

 訝しむノームとサラマンダー様の説明は、俺の知ってるエターニアのルールとはまるで違う。明らかに通常と異なるエーテルの在り方に、俺は慌ててサラマンダー様の服を掴んでぐいぐいと引っ張った。胸の中のざわめきが、一秒ごとに大きくなっていく。

「そ、それってどこにあんの?俺、そのエーテル見てみたいっ」
「おう、良いぜ。折角だ、ノームも着いてこい。お前がどういう調整をしたのか聞いておきたいしな」
「フン。いつものサラマンダーのやり方よりはずっと良いと思うけど?」

 ツンツンするノームの後を追って、俺は祭壇へ案内される。そこは賢者達が住まう各神殿の、その中央に位置する場所。本来なら奥に扉があって、一周目クリアアイテムの『無垢の水晶』が使われるまで封印を施されてる場所。
 でも……。

「──。」

 ……でもそこに封印は施されてなくて、祭壇への扉は既に開かれた状態で、奥の部屋に直接エーテルらしき正方形の物体が置かれていた。誰でも入れるようにただ無防備に、「元からそうだった」ように、入口が設えられている。

「っ……」

 そこではじめて、俺はこの場所に違和感を覚えた。ここは俺の知ってるエターニアじゃないのかもしれない。そう思った。ここにあるなにもかもは本物のように存在していて。でも、この景色は、俺が出逢ってきたエン‥エレと、決定的に違うことを示しているように思えた。

「え……えと……ここって、最初からこうだった?エーテルって、最初からみんなでそうやって管理してたん?」
「そりゃそうでしょ。最初ッからエーテルはここにあったんだからさ」
「エーテルの管理は代々賢者が継いできたと言われている。賢者として、最も重要な仕事だってな」
「それこそエターニアじゃ一番の常識だろ?なんでそれを知らないワケ?アンタ、ホントに『記憶者』ぁ?」
「……。」

 刺々しいノームの言葉にも、なにも答えられない。
 だって……エーテルーフの痕跡が、ここにはどこにもねぇ。まるで意図的に消されてしまったように、エーテルーフは最初からエターニアに存在しないことになっている。それはつまり、ここにはエーテルーフが居ないってことだ。現実と虚構を繋ぐ、この作品のメタフィクション要素の要であるあいつが居ないって……そういうことだ。
 それは、エターニアという世界そのものにとっては些細なことなのかもしれない。だって他のやつらは当たり前に存在して、ゲームの中の挙動と外れないカタチで動いてるんだから。
 けど……『エント‥エレメント』にとっては、根幹に関わる問題だ。少なくとも……俺がエターニアを、そしてそこに生きるキャラクター達を愛するようになったのはエント‥エレメントの物語があってこそで、それにはエーテルーフの存在が欠かせない。
 それなのに……そのエーテルーフが……ここには……存在しない、だなんて。

「……。」

 じっと、開かれたままの祭壇を見つめる。
 奥に置かれた、物言わぬ真四角の立方体。
 それは俺の不安を長い影にして伸ばすように、淡い乳白色に光り輝いていた。


【TIPS】
・「エーテル」は四大元素の均衡を保つための、エーテルーフが守護する秘器。彼の能力を引き出すのに必要な媒介でもあり、通常はエーテルーフの体内に保持され、物質としては存在しない。
 設定画でのみ、『無垢の水晶』を内包した立方体のキューブとして描かれている。
・ノームの身長は169cm。好きなものは刺激的で新しい発見。カワイイもの!?好きじゃないけど!?齢18。
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