恋する狼と竜の卵

ミ度

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2.強欲商人は狼の地雷を踏む



 商会に戻ったふたりを待っていたのはドミニクの怒号だった。
を手に入れるのにどけだけ金がかかったか知ってるのか!? お前らのしょっぱい稼ぎを足しても足らん額だぞ!」
「傭兵にとって、依頼主との契約不備は些末な問題ではない」
「知るかっ! 戦いしか能のないバカ共のくせに、何を勝手なことをしてるんだっ! お前らは雇い主ワシの言うことを聞いてればいいんだ!」
 若い花嫁に逃げられた中年商人は、脂ぎった顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。太っているだけあってなかなか声量がある。執務室にビリビリ響く。フェンリルは立ち耳を後ろにぺたりと倒した。人間よりも多くの音を聞き取れる優秀な耳は、こういう場面では厄介な存在となる。
「凄腕だというから雇ったのに、まったくの期待外れだっ!」
(早く帰りてえなァ……)
 フェンリルはうんざりしながら罵倒を受け流していた。至近距離で怒鳴るせいでバアルや自分にツバが飛びそうで不快なのだ。となりに立つバアルをチラリと横目で盗み見る。背を正し毅然としている。怒鳴り散らすドミニクをまっすぐ見つめている。自分は何一つ間違ったことはしていないと思ってそうな顔である。傍から見ればその通りだ。花嫁をまるで物のように『あれ』と呼ぶ時点で、ドミニクには彼女に対する健全な愛情などない。バアルは醜悪な男の魔の手から不幸な乙女を救う手助けをしたのだ。しかも無償で。人としては美徳だが、なんとも損な役回りだとフェンリルは思う。
(まあ、もっとも……そんな不器用なとこも可愛いんだがな)
 もし、一緒に依頼を受けたのがバアル以外の誰かで、その誰かがバアルと同じことをしようとしたら……フェンリルは迷わずその『誰か』を半殺しにしてエリザをドミニクに引き渡していた。バーレットに関しても、彼が無駄に抵抗するようなら迷わず殺していた。フェンリルにとっては、赤の他人であるエリザやバーレットの人生よりも、自分や家族の方が大切だからだ。バアルとはいずれ『家族』になる。だから本来ならやりたくもない『損な役回り』も演じてみせた。
(報酬が良かった分もったいねえが仕方ねえ。ギルドに大口の仕事が入ってりゃいいんだが……あ、仕送りが遅れるって手紙も書かねえと……)
「お前たちは個人的な感情で依頼を反故にする信用の置けん連中だと言いふらしてやる。この話が広まれば、ロスヴァイセではもう碌な仕事にはありつけんだろうな」
(そう来たか。やりたきゃどーぞ)
 ドミニクは下劣だが商才はある。でなければロスヴァイセでも有数の大商会のボスの座には就いていない。しかも正攻法より汚い手が得意な男だ。やり方次第では本当に傭兵稼業に悪い影響を与えられそうだ。
 だが、廃業に追い込まれることはまずないだろう。自分たちがとびきり優秀なことをギルドもしっかり把握している。ついでにドミニクの最低な人柄も……。
 だからフェンリルはこのに動じなかった。彼の顔色を変えさせたのは、この後に続く悪徳商人の言動だ。
「だが、お前の態度次第では、考えを改めてやらんでもない」
 と、ドミニクの手が、バアルの後ろの髪房をすくい取った。
「驚いたな、卑しい傭兵のくせに絹のような髪だ。それにこうして間近で見ると、肌もなかなかきめ細かい。ふん……若くて鍛えている分、の方も良さそうだ」
 芋虫のような指で、彼の髪の感触を味わう。それからねっとりとした視線でバアルを舐めまわす。
「……なんのつもりだ」
 あまりにも無礼な態度に、バアルが柳眉をひそめて問う。
「たしか、バアルとか言ったか。まあ、名前なんてどうでもいい」
「なんのつもりかと聞いている」
「お前、ワシの性奴隷になれ。契約期間はワシがお前の身体に飽きるまででいい。そうすれば、今回の件も水に」
 流してやろう──と、ドミニクは言いたかったのだろう。
 しかし、彼がその言葉を継ぐことはできなかった。屈強な狼獣人の手加減なしの拳を横っ面に受けたからだ。醜く肥えた身体が宙を舞い、壁に勢いよく叩きつけられた。

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