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3.襲撃者
その日の真夜中、追われる身となったフェンリルとバアルは、月明かりを頼りに街外れの森の中を移動していた。今はまだ追っ手の気配はない。
「……悪かったな」
フェンリルはぽつりと呟いた。
「後悔しているのか、奴を殴ったことを」
「いいや、これっぽっちも」
ドミニクを半殺しにしたことに関しては微塵も後悔していない。
「お前を侮辱したんだぞ。当然の報いだろ」
「ならば何の謝罪だ」
「面倒な事になっちまったからな。奴のことは、後で犯人がオレだと分からねえように片付ければ良かったんだ」
あの状況は受け流すのが賢い選択だったのだ。フェンリルはドミニクの下衆な口車に乗ったフリをしてやりすごし、後からバアルを逃がせばそれでおしまいだった。
なのに、気づいたら殴り飛ばしていた。怒りで目の前が赤く染まり、後先のことなどまるで考えられなかった。
「……お前が動かなかったとしたら、私が奴の手を斬り落としていた」
「ははっ、お前涼しい顔して意外と気ィ短いもんなァ」
「──フェンリル」
「おん?」
バアルがいきなり剣を抜いたのでぎょっとした。
「ちょ、おい待てっ、今ので怒ったのか!?」
否、彼は一足先に気づいたのだ。フェンリルも気づいた。
森の中に潜む第三者の存在を。
風下からの見事な奇襲だった。
しかし、バアルも襲撃者を的確に捉えていた。鋭い剣戟が森の静寂を打ち破る。
初撃はバアルの膂力が勝った。剣圧に弾かれた敵はふわりと飛び退いて地面へ着地し、息つく間もなく雷光のように飛び出した。
剣と剣がぶつかり合い火花が閃く。
(おー……凄まじいな)
フェンリルは少し離れた場所から戦闘を見守る。時折飛んでくる牽制のナイフをかわしながら……。樹木に深々と突き刺さるのは、彼の命を奪い損ねた刃物たちだ。魔力を乗せて放たれるそれらは弾丸よりも速かったが、狼獣人の俊敏さの方が半歩勝った。
(何者だ?)
憲兵か、商会の刺客か。いずれにせよ、バアルと一騎討ちでこんなに保っている相手は、フェンリルが知る限りでは初めてだ。フードを目深に被る襲撃者の顔はうかがえない。
(においは人間のオスだが……いや、待てよ、なんか混じって…………ゲッ!!)
それは、竜の『におい』だった。
フェンリルは思案する。バアルが負けるとは思っていないが、彼が勝った場合もややこしいことになる。これは予感ではなく確信だ。
──竜の番など、殺したら百害どころの話ではないのだから。
フェンリルがバアルを連れて逃げる算段をしていると、ふいに襲撃者の攻撃の手が止まった。
「──素晴らしい」
そう言って、彼は剣を鞘におさめてフードを脱いだ。
(おっと……)
その素顔にフェンリルは瞠目した。
見た目の年齢はバアルと大差ないだろうか。問題は月明かりに晒されたその容姿である。肌は抜けるように白く、鼻筋は上品に整っている。切れ長の双眸の色は、魔性と神性を同時に帯びる翡翠。一番目を惹くのは、暁を思わせる長い金髪だ。世界で最も美しい種族と謳われるエルフでさえ、これほど見事な金糸を持つ者はそうはいないだろう。
(美形だな。バアルといい勝負だ)
そのバアルも、戦闘態勢を解いて相手の出方をうかがっていた。
「突然の無礼を許してほしい。貴殿らの腕をどうしても確かめたかったのだ」
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