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14.孵化
フェンリルにとって、コウゲツの館で過ごす休暇はとても充実していた。
コウゲツはふたりを客人として丁寧にもてなしてくれた。出される料理と酒はどれも絶品だったし、身の回りのことは、コウゲツの使い魔である紅い梟たちがやってくれる。
日中は、バアルと共に、コウゲツの弟子の零に稽古をつけてやって過ごした。零本人から頼まれたのだ。曰く、『実戦的な近接戦闘の訓練がしたい。十夜さんの隣に立つためにも、オレは強くならなきゃいけない』と。この若い弟子がコウゲツに執着しているのは明らかだった。惚れた相手に護られるより、背中を預けられる存在でありたいと願うのは、同性として分からなくはない。容赦なく鍛えてほしいという要望に応え、徹底的に叩きのめした。零は並外れた度胸と戦闘センスの持ち主で、すでにそこいらの大人より強かったが、最初は実戦不足ゆえの攻撃の単調さが目立っていた。だが、それもふたりのスパルタ指導のおかげで克服しつつある。出会った当初はふたりを警戒する様子を見せていた零だが、指導を受けているときの彼は、素直で飲み込みが早く、教え甲斐のある生徒だった。
そして……。
フェンリルはバアルと毎夜身体を重ねた。フェンリルが嬉しかったのは、一度も彼に拒まれなかったことだ。伴侶と熱を分かち合うのは、愛妻家である狼獣人にとって何よりも至福の時間だった。
安全で快適な寝床、うまい酒、愛しい番との蜜夜……これ以上の幸福を望めば、罰が当たると思えるほどだ。
──そんな穏やかな日々がしばらく続いたが、ある朝、異変が起きた。
その日は、フェンリルが先に目を覚ました。
そして、静かに眠るバアルの背後に、小さな黒い頭を見つけたのである。
「……!」
慌ててバアルを抱き拐い、正体不明の侵入者と距離をとる。
「いきなり何だ……」
腕の中でバアルが目を覚ます。流石と言うべきか、覚醒するなり、彼も即座に侵入者の存在に気づいた。
侵入者に攻撃の気配はない。シーツにくるまるシルエットはやたら小柄だ。やがて、それがもぞりと上体を起こした。シーツが落ちて、姿が露になる。
(子ども?)
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「……お、おい、このニオイ、まさか……!」
子どもからは、人間と竜のにおいがした。
フェンリルは全裸の子どもを俵抱きすると、すぐに部屋を飛び出した。後ろからバアルがついてくる気配がした。子どもの方は暴れるでもなく泣き叫ぶでもなく、フェンリルの腕の中でおとなしくしていた。
「──コウゲツ!!」
キッチンで朝食の準備をしていた魔術師ふたりが、揃ってフェンリルたちの方へ振り返った。
「……ああ、孵ったか」
このコウゲツの一言で、フェンリルは自分の予想が正しいことを悟った。
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