赤薔薇の魔女と青薔薇の亜人

化野妖子

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1章

魔女の子と亜人

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道の端に丸まっている仔猫を見つけた。
レイチェルが近寄っても逃げないどころか、こっちを見もしない。
死んでいるのだろうかと撫でてみるとほんの微かにではあるがピクリと震えた。

「生き……てる」

レイチェルは仔猫をゆっくりと抱き上げると急いで路地裏に入った。
そして仔猫の冷えきった体を温めようと優しく抱きしめると冷たさがレイチェルに伝わった。
レイチェル自身も着ている服はノースリーブのワンピース1枚だけで寒さに震えていた。
今の季節は12月でこのままでは仔猫もレイチェルも凍死してしまう。

「どうしたらいいの……?」

ここは貧民街スラムと言われる所で、一切の慈悲も希望もない街で身寄りを失ったレイチェルは雨風を防げない狭い路地裏しか暮らす場所がなかった。

「もしも……お母さんが生きていたら、こんな思いしなくてすんだのかな……?」

小さく呟いた言葉は寒さで白い息となり誰かに届くわけでもなく消えていった。

一体どのくらい時間が経ったのだろうか?
3時間は経ったのだろうか?ひょっとしたら1分も経ってないかもしれない。
どちらにせよレイチェルの体力は限界に近かった。
意識が朦朧としてきた時、背後から足音が聞こえた。

「なんだぁ?こんな所にガキがいやがるぜ」

朦朧としていた意識が覚醒し、後ろを振り返るとここでは不釣り合いな筋肉質な男と太った男がいた。

「ほーぉ、なかなかいい顔立ちだな。高値で売れそうだ」

太った男が脂肪で顎骨がはっきりしていない顎に手を当て値踏みをするかのような目でこちらを見てきた。

「なるべく傷つけたくねぇから暴れんなよ嬢ちゃん」

冗談じゃない。あんたみたいなのに捕まってたまるか。
心の中で毒突きながら男の手を避け、路地裏の奥まで逃げた。

「ちっ、ちょこまかと逃げやかって」

レイチェルは急いで左手を噛み、血を出すと地面に振り撒いた。

「おい!それ以上傷がついたら価値が下がるだろ!早く捕まえろ!」

太った男が叫ぶと筋肉質な男がレイチェルを気絶させようと首を狙ってきた。

させるものか。
レイチェルがそれよりも先に薔薇の茨を出す。

「な、なんだこりゃ!?」

茨は男に絡みつき、棘だらけの蔓が男の体に食い込んだ。
辺りに男の悲鳴が反響する。

「今の内に逃げなきゃ……!」

出口へと体力を振り絞って走り出したが、横から強い衝撃を受け壁に背中を叩きつけた。

「うぐぅ……!」

「手間取らせやがって!大人しく商品に成り下がればいいものを……このクソガキが!」

太った男がレイチェルのプラチナブロンドの長い髪を乱暴に掴み上げる。
レイチェルは背中の痛みのせいで吐息を吐いた。

「珍しい髪色だ。多少傷ついたがかなり高く売れるなぁ」

吐き気を催すような男の笑みを浮かべながら気絶させようと手を上げた。
レイチェルは成す術が無く、奥歯をギリッと噛んで目を閉じた。

「そんなに良い商品なら、この俺が買ってやろう」

ふいに聞こえた筋肉質の男でも太った男でもない、凛とした声にレイチェルは目を開けた。

「あん?なんだお前?……ひぃっ!!」

太った男が何かに怯えたような声を出すとレイチェルの髪を離し、出口に逃げようとした。

「やれやれ、こういうのは心底呆れるな……オラァ!!」

出口から背の高い金髪の男が現れ太った男を殴り飛ばした。

「……っ」

何が起こっているのか把握できてないでいると凛とした声の持ち主であろう顔の整った青年がレイチェルと視線を合わせた。

「平気かい?怪我……はしているようだね。すぐに手当をしよう。ユージーン!そいつらは放って置いていいから彼女を馬車まで運んでくれ」

太った男を殴り飛ばした男はレイチェルの元まで走ってくると愛想のいい笑みを浮かべ、レイチェルの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「人攫い相手によく泣かなかったな!今怪我を治療してやっからもう少し我慢してくれよ」

男はレイチェルを横抱きにすると馬車まで走った。

「さて、1つ聞いていいかな」

「?」

馬車に着き、男に上着を着せられ怪我の治療を受けているとまた凛とした声が馬車に響いた。

「先に自己紹介するべきだね。俺はロバート。ロバート・ヘリオドール。君は?」

「あ、えっとレイチェル……です」

「ちなみに俺はロバートの執事って事になってるユージーン・ブラウンだ。よろしくな」

自己紹介が終わるとロバートは1つ咳払いをすると、馬車を走らせた。

「さて、本題に戻ろう。君は、『赤薔薇の魔女』かい?」

「た、多分そうです……」

視線を合わせずに答えるレイチェルにロバートは薄く微笑んだ。

「安心してくれ。君を傷付けたりはしない。君の母に守るように言われてるからね」

「お、お母さんに?」

「君の母とは知り合いでね。色々と助けられたんだ」

そういうとロバートは徐ろにロングコートを脱いだ。

「!!」

ロバートの腰あたりから爬虫類のような鱗が付いている黄色い尻尾が生えていた。

「気味が悪いかい?俺にはドラゴンの血が流れていてね。つまりは亜人さ」

「亜人……」

昔、母が人間と見た目が違うけど人間の心を持つ人達だと教えてもらったことをレイチェルは思い出した。

「単刀直入に言おう。俺は身寄りのなくなった君を引き取ろうと思っている。強制ではないから、断ってもいい。どうかな?」

「……ちょっとよく分からないです……だけど、行く宛もないですし、こちらからもお願いします……」

たどたどしい言語で返事を返すとロバートは満足したような表情を浮かべ、ユージーンは満面の笑みを浮かべた。
レイチェルも笑みを浮かべようとした時、下の方から小さく猫の鳴き声が聞こえた。

「あ……」

下を見ると今まで忘れていたが、ずっと抱きしめていた死にかけの仔猫が目を開いてこちらを見ていた。

「よかった……」

安堵したのと同時に1つの不安が生まれた。
それはロバートの館でこの猫は飼えるのだろうか、と言うことだ。

「あ……ぅ……」

聞こうにも何と言ったらいいのか分からずモゴモゴと口の中で呟いた。
ロバートはそれを不思議そうな顔で見た。

「どうかしたのか?」

「い、え……」

いえじゃない。言いたいことがあるんだ。
意を決して口を開いた時、仔猫は少し大きめに鳴いた。

「お、猫じゃねーか。所々に血がついてるが綺麗な猫だな。なぁ、ロバートこの猫飼おうぜ!」

隣に座っていたユージーンが猫を軽く撫でてロバートにレイチェルが言いたかったことを言うとロバートは呆れたような顔をした。

「やれやれ、いい歳したお前からおねだりされると何だか拒否したくなるが……その猫はレイチェルが連れてきた猫だ。好きにするといい」

「いい歳だとぉ!?俺はまだ23だぞ!20歳未満のクソガキめぇ!」

「どうとでもいえ。それに今年で20歳になるからその定番文句は言えなくなるな」

「むかつくぅ!」

ユージーンが執事らしからぬ(敬語でない時点でおかしいが)態度だが、ロバートは全く気にしておらず、まるで友人か兄弟のような振る舞いだった。

人間と亜人。
普通であれば人間には忌み嫌われ、怯えられる亜人がここまで心を許しているのはなかなかないだろうとレイチェルは珍しく難しいことを考えたが、2人の喧騒のせいでどうでもよくなり、指に戯れている仔猫を優しく撫でていた。
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