【R18/完結】嘘つきビビアンとあべこべ薬〜好きが嫌いで、嫌いが好きで〜

1.ビビとザック

「あんたのことなんて『大っ好き』なんだから！！」

　ビビアンの叫び声が工場中に響きわたると、周りの人々は黙りこみ工場の機械の音だけがゴトゴトと鳴っていた。

「ビビ……？」

　目の前にいるぶ厚いメガネをかけた灰色のボサボサ頭の男ザカリーが、ビビアンを見て驚いた顔をして固まっている。

「ち、違っ！　『嫌い』なんかじゃない！　ザックのことなんて『大好き』だもん」

　追い討ちをかけるようなビビアンの言葉に、すぐにそこかしこからヒューッという口笛やおめでとうというヤジが乱れ飛んでくる。
　後ろから小突かれてよろけたザカリーとビビアンがお互いを支えるように抱き合うと、周りからは盛大に祝いの拍手が投げられた。
　困惑したような顔のザカリーと抱き合ったまま、ビビアンは一人内心で叫んでいた。

（ど、どうしよう～！！）


　＊＊＊＊＊


　玄関横の鏡の前でビビアンは身体を右に左にと捻って、自分の格好の最終チェックをしていた。

「前髪、切り過ぎちゃったかな……」

　鏡に顔を寄せて前髪をツンと引っ張ると、切ったばかりの短すぎる前髪が太めの眉をくっきり浮かび上がらせているのに気づき、ビビアンは少し情けない顔をした。
　すると、家の奥から母親の声が聞こえてきた。

「ビビ～、早く持って行かないと冷めちゃうわよ～」

「は～い！　今、行くとこ～！」

　ビビアンは黒い豊かな髪と襟元のリボンを急いで綺麗に整えて、食事の入ったバスケットを持つと家の裏手の工場に向かった。

　ビビアンは町の印刷工場の娘だった。
　印刷工場とは言っても出版業務も兼任しており、ビビアンは原稿を集めたり校正の仕事を手伝っている。
　ビビアンのところの出版物で最近の一番人気は、幼なじみのザカリーの書く恋愛小説だった。

「ザック、新しいお話できた？」

　印刷工場の二階の小部屋に居候しているザカリーを訪ねてビビアンが顔を出す。
　こうやってザカリーに差し入れの食事を持って、原稿をもらいにくるのもビビアンの仕事の一つだ。
　ザカリーはビビアンの方に顔も向けずバスケットを受け取って覗き込むと、灰色のボサボサの頭をガシガシ掻きながらポイと原稿を投げてよこした。