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プロローグ

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勇者の師匠と聞いた時、諸君はどんな人物を想像するだろうか。

ぶっきらぼうだが弟子を大切に思う老人?いいじゃないか。
普段は物腰穏やかだが怒ると誰よりも恐ろしい青年?素晴らしい。
強く美しく、たまに可愛いお姉さんキャラだって?男子の夢だね。

そう、ここからわかる事実はひとつ。勇者の師匠=善人という事だ。
だが、その法則が崩れるパターンというのが万にひとつくらいの確率で生まれる。勇者の師匠がクズだった場合、世界はどう救われるのか。これはそういうお話だ。



とある辺境の村に、大きな夢を抱いた少年が暮らしていた。その夢とはすなわち、少年の住む国が直々に運営している世界最大のギルドに入ることだ。そのギルドというのは入団試験が凄まじく難しいことで有名で、加入するためには天賦てんぷの才能かとんでもない努力が必要だった。そういう訳だから、ギルドメンバーは揃いも揃って化け物ばかり。ああ、一応言っておくけれどモンスターというわけじゃない。モンスターの域にちょっとばかり足を踏み入れた感じの人間たちだ。並の人間じゃかないっこないという点では、モンスターの類と大差がない。「国営ギルドの会員ブローチを拾えば一生事件には出会わない」ということわざがある事から彼らの恐ろしさがわかるだろう?誰も彼らには喧嘩を売れないんだ。
因みに、少年が国営ギルド加入を目指す理由は平和に暮らしたいからでは無い。勇者になりたいからだ。なぜ勇者になりたいかって?それを説明するとなると、この世界の伝承についての知識が必要になる。これから解説をするからゆっくり聞いてくれたまえ。

この世界が出来た時、ひとつの予言が下った。どこから下ったのか、って?質問をしてくれるのは嬉しいし、好奇心旺盛なのはいいことだけど、それにはまだ答えられない。
その予言と言うのをざっくりまとめるとこうだ。
【人族と魔族の三度の争い。一度目は四人の王。二度目は四人の騎士。三度目はその両方が力を振るうだろう。そして最後は全てが無くなる】
これじゃあ何も分からないって思うかい?私もそう思う。しかし、予言とはいつの時代もふわふわしているものだ。
一度目と二度目の戦いはもう終わった。一度目の争いでは魔族の四天王が力を振るい、人類は魔族にひれ伏した。それから千五百年ほどたって、四人の騎士が現れ魔族を打ち破り、人間の領土を大きく広げた。今、二度目の戦からさらに千五百年が過ぎた。人族も魔族も分かっていた。次の戦いが近い事を。
魔族は既に四人の王を揃えている。それぞれ大地の王、天空の王、大海の王、炎華えんかの王という仰々しい名前だ。
人族の方は残念なことに、まだ誰一人も揃ってない。人間は増えすぎたのだ。いくつもの国に別れた人族は、どの国に自分たちの命運を託すのか決めかねている。魔族と比べて慎重な人族は、完全に誰かを信用出来ないのが強みでもあり弱みでもあった。しかし、恐らく数億いる人間の全員が何となく理解していることがある。少年の生まれ故郷の国営ギルドから四人の騎士が選ばれるだろう、ということだ。なんせ、千五百年前の騎士たちが作った世界初のギルドこそが国営ギルド・アレンスフィアだから。さらに言うと、アレンスフィアを運営するカリスファル王国には四人の騎士の子孫が住んでいる。魔族が二代目四天王に選んだのが一代目四天王の子孫だった事もあり、全人類の期待は騎士の子孫たちに向けられていた。

四人の騎士と呼ばれる英雄達はそれぞれ勇者、聖女、戦士、賢者の名で知れ渡っている。彼らはそれぞれ故郷のカリスファルで子孫を残し、子孫達は欠かさず鍛錬を積んできた。
ここで二代目四騎士の最有力候補を君たちに教えておこう。
聖女の直系子孫、シャルルリーゼ・ロッテンブルク。
戦士の直系子孫、プリシーリェラ・ハゼルベール。
賢者の直系子孫、エシェルレット・レーゾンヒュート。
名前が長くて覚えづらいだろうから、彼女たちが実際に呼ばれているあだ名で呼ぶといい。シャルル、プリシラ、エシェルだ。ほら、多少覚えやすくなっただろう?
さて、勇者の候補が気になるところだろうけど、そんな者はいないというのが答えだ。初代勇者は聖女と結婚したが、勇者と聖女の一族には勇者の持っていた力を受け継いだものが一人も現れていない。聖女の能力を持った子供は何人も産まれているのだから不思議な話だ。勇者の血筋だけが、忽然こつぜんと消えてしまったみたいじゃないか。この謎についても君たちはのちのち知ることになるだろう。
勇者の有力な候補が居ないというのは実に困ったことだが、これが必然だという意見もあるから伝えておこう。一代目勇者は無名な少年だったんだ。彼は辺鄙へんぴな田舎から突然現れて、強い力で世界を救って、過去を明かさず国立の立派な墓場に消えた。それに対して、一代目の聖女は王族、戦士は貴族、賢者は教会の有力者だったと言う。だから今のこの状況は必然なのだと、そういう説だ。何不自由なく暮らしてきた三人を何も持っていない勇者が導くべきなんだ、とね。
ここで少年の話に戻ろう。さっき私は、少年はどこに住んでいたと言ったかな。そう、辺境の村だ。だから少年は夢見たんだ。千五百年前の勇者のように小さな村を出発して、世界を救う英雄になることを。
カリスファル王国のレガン村に住み、今年十五になる少年の名はアール・レモンド。この物語の主人公になる子供だから、どうか覚えてあげて欲しい。
私は誰か?うん、その質問にもまだ答えられないな。のんびり、楽しんで私の正体を探ってくれると嬉しく思う。さあ、物語を始めようか。
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