SIX RULES

黒陽 光

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第一条:時間厳守。

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 夜明けを待つまどろみの薄暗い街の中、ハリーは例のショット・バー"ライアン"の外壁に寄りかかり、腕を組み背中を預けながらただじっと、静かに待っていた。
 店じまいだからと店を追い出されて、どれぐらいのときを此処で待っていただろうか。店を出た頃はまだまだ真っ暗だった仰ぐ空も、夜明けの色が段々と見え始めてきている。
「園崎、和葉」
 妙な少女だと、長いこと接していてハリーは思っていた。あの歳にしてはあまりに大人びすぎているというか、写真での印象もそうだったが、言われなければ彼女が十代の少女だとは思えないぐらいに和葉は大人びた雰囲気と話し方だった。
 アレならば、確かにバーテンのバイトも成り立ってしまうだろう。普通、彼女がまだ十代も後半だとは思わない。良くて十九、二十歳ぐらいの印象だ、彼女の風貌と話し方から抱く印象は。
「あら、ホントに待っててくれたの?」
 そうしてハリーが待っていると、彼の横で店の戸がカランコロンというベルの音と共に内側から開き。バイトを終えた和葉がひょいと顔を出すと、扉の傍に寄りかかるハリーの姿を一目見るなり、至極意外そうな顔と声音でそう言った。
「ルール第二条、仕事は正確に、完璧に遂行せよ」
「ぷっ、なにそれ」
「俺の信条だ」
「相変わらず、面白いヒトね貴方って」
 ハリーの顔を見ながらクスッとおかしそうに小さく笑う和葉の格好は、先程までの燕尾服の出で立ちでなく。ジーンズにキャミソール、そして袖を折ったジャケットという比較的ラフな私服の格好だった。
「まあ、いいわ。此処で私を待っててくれたってことは、さっきの誘い、承諾って解釈しても良いんですよね?」
 軽く腰を折り、悪戯っぽくウィンクなんか交えつつ言う和葉の言葉に「そう取って貰っても構わない」とハリーが小さく頷く。その顔は、何故か神妙な面持ちのままだった。
「じゃあ、そういうことで。――――行きましょうか、ハリー・ムラサメ?」
 しかし、和葉はそれを呑み過ぎたのかぐらいにしか解釈せず。大して気にも止めないままに、そうやってハリーを連れ立って夜明け前の街へと繰り出していってしまう。
 段々と薄明るくなってきた夜明け前の繁華街は、まだまだ多少の活気はあるが何処か物哀しく、まるで夕焼けの中に居るような錯覚すら覚えさせられてしまう。夜の街にとっての日没が、すぐ傍まで迫っているからだった。
 新たな一日が始まれば、夜の顔にとっての長い一日が漸く幕を下ろす。そして日が沈めば、夜にとっての新しい朝が訪れる。和葉が当然のように訪れるこの街はある意味で表裏一体、カードの表と裏のように、綺麗に別れているのだ。
 そんな、表と裏が入れ替わる手前ぐらいな夜明け前の街の中を、和葉とハリーが二人横並びになって歩く。無言のままで、ただ街の中を歩いていた。
「――――園崎和葉」
 二人の間に漂っていた沈黙を切り裂き、神妙な顔で唐突に口を開いたハリーの言葉に、和葉がきょとんとした顔で「えっ?」と驚く。
「どうして貴方、私の名前を」
 立ち止まり、いぶかしむような顔をする和葉を意図的に無視し、ハリーは一方的に彼女の前へ言葉を並べていく。
「現在三年生、美代学園に在籍中。父は現・防衛事務次官の園崎雄一、交通事故で数年前に他界した母は天才科学者の園崎優子。父とは疎遠で、現在は市内のマンションで独り暮らし。
 …………未成年の身分でバーテンのアルバイトとは、感心しないな」
「此処じゃあよくある話よ、珍しくもない」と、警戒した様子で和葉。
「それより、最初から独特な雰囲気だと思ってたけれど、どうやら只者じゃ無さそうねこれは。
 ……貴方、一体何者?」
 流石にこれだけの個人情報を並べてしまえば、和葉も最大級に警戒し。何歩か下がってハリーから距離を取りながら、怪訝な顔で問いかける。
「俺はハリー・ムラサメ、君を悪い奴から保護しに来た」
 そんな和葉に対し、ハリーはいつもの調子でありのままの真実を告げてやる。元々、彼女に隠れて彼女を護衛する気なんて更々無かった。
「……その言い方、もしかしてパパの関係かしら」と、何かを察したように和葉。
「そんなところだ」それをハリーが肯定する。
「現状、君のパパさんが行方を眩まして一週間が過ぎてる。何かあったと思って然るべきだ」
「そう、いい気味だわ」
 彼女にショックを与えてしまうかも知れないと思いながらハリーは言ったが、しかし対する和葉の反応は思いのほか素っ気なく、それでいて感心なさげな反応だった。
「……驚かないんだな」
 意外に思いながらハリーが言うと、和葉は「まあね」と肩を竦める。
「ママが事故で死んじゃってから、あの人はヒトが変わったみたいにすっかりおかしくなっちゃったから」
 母・園崎優子の死――――。
 詳しい事情は分からないが、しかしそれが切っ掛けで園崎雄一も、そして目の前に居る和葉も大きく変わってしまったのだろう。和葉の疲れたような語気と、遠くを見るような哀しい瞳の色から、ハリーは何となく察していた。
「次は、君が危ない」
 だが、今は関係ない。ハリーは毅然とした態度で、事実を彼女に告げた。
「余計なお世話よ」
 しかし和葉の反応はやはり素っ気なく、自分の身に危険が迫っていることが信じられないといった様子で、くるりと踵を返してしまう。
「悪いけれど、放っておいて頂戴」
 そのままスタスタと歩き去って行ってしまう和葉の不機嫌そうな背中が、視界の中で段々と遠くなっていく。街の中に突っ立ったままでそんな彼女の背中を見送りながら、ハリーは呆れたように小さく肩を落としていた。
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