SIX RULES

黒陽 光

文字の大きさ
11 / 108
第一条:時間厳守。

/10

しおりを挟む
「ふぅ……」
 …………一方、同刻。
 自宅に戻った和葉は、あのハリー・ムラサメがすぐ隣のマンションからこの部屋を見下ろしているとはいざ知らず、既に部屋の各所には彼女を護る為のセンサーが巧妙に仕込まれているとはいざ知らず。帰って来るなりスクール・バッグを投げ捨てて、制服のブレザー・ジャケットを乱雑に脱ぎ捨てて。そうして、リビングの中央にあるソファへと雑に寝っ転がっていた。
 思わず溜息が漏れるほどに、今日は疲れる一日だった。夜遅くまでいつものショット・バー"ライアン"でバーテンのバイトをしていて、あまり寝てもいないから余計にだろう。
「……ホント、何なんだろ」
 しかし、それよりも和葉がこれほどまでの疲労感を覚える原因は、他にあった。
 それはあの謎の男、ハリー・ムラサメの存在に他ならない。突然現れて、和葉の経歴をザッと並べた挙げ句、和葉を護る為にやって来たと告げたあの男。彼の突然の来訪とその存在こそが、和葉をここまで疲れさせる最大級の原因だった。
「いきなり学園まで押し掛けるだなんて、限度ってモノを考えて欲しいわね」
 はぁ、と大きすぎる溜息を吐き出しながら、心の底からの本音を独り言という形で和葉が虚空に吐き捨てる。
 ――――本当に、限度を考えて欲しい。
 今朝のマンション前、送っていくと彼が言ったところまではまだ、和葉にも理解出来た。しかしまさか、帰り際にまで押し掛けてくるとは思っていなかった。
 何てったって和葉がNSRで出て行くのをハリー・ムラサメは朝に見ているはずだし、普通に考えて帰りだけ車に乗って帰るだなんて考えられない筈だ。しかもわざわざ声まで掛けてきて、あれじゃあ完全に朱音には誤解されてしまっただろう。
「朱音だから、まだ良いけれど……」
 そう、まだ今日の場合は、目撃者が和葉にとって親友ともいえる朱音だったからまだ良かったのだ。もしアレが他のクラスメイトだったりすれば、和葉にとってもまるで笑えない事態になってくる。あんなよく分からない男のせいであらぬ噂を立てられてしまっては、こっちが迷惑というものだ。
「それにしたって、私ってホントに狙われてるのかしら?」
 正直怪しいな、とも和葉は思う。何せ和葉自身、そんなあくどい連中に狙われる心当たりも、そして何か大事なモノを預かった覚えも無いのだ。
 大体映画なんかだと、こういう場合は自分はヒロインの立場で。それで、父親から何かとてつもなく重要なキーアイテムを預かっていたりして。それを狙って悪の秘密結社みたいなのが命を狙ってくるのがお決まりのパターンだろう。
 だが、少なくとも和葉自身、そんなことへの心当たりは全くもってアリはしないのだ。心当たりも、預かったヤバそうな代物も、なにひとつ持ち合わせていない。
 だからこそ、和葉は余計に不思議だった。自分が狙われているということに、不思議と現実味が湧かなかった。それこそ、あのハリー・ムラサメの狂言なんじゃないかと邪推してしまうぐらいに、あまりに現実味がなさ過ぎることだった。
「ま、いっか」
 私には、あんまり関係の無さそうなコトだし――――。
 途端に頭を切り替えると、和葉はソファの傍にあるテーブルの上に放置されていたリモコンを手繰り寄せ、そしてテレビの電源を入れる。
 液晶の大画面に映し出されたのは、夕方の報道番組。実にくだらないことばかりを毎日毎日飽きもせずに、しかも繰り返しみたく同じことばかりを報じていて、やる方も見る方も飽きないのかな、と和葉は素直に思った。
 他にもっと報じるべきコトも、知るべきコトもあるはずなのに。なのに世間は、そんなことには目もくれない。センセーショナルな見出しと共に報じられるのは、やれ芸能人の惚れた腫れただ、今日こういう汚職事件が発覚しましただとか。それでいて、世間もそちらにしか関心の目を向けず、肝心な世界情勢の方は、まるでパック寿司の添え物のように雑な扱いしか受けない。
 だから、正直和葉はこういう番組があまり好きでは無かった。ただでさえ汚い現実を、もっと汚く、狭い視野で加工して大声で触れ回る、こういう番組が嫌いで嫌いで仕方が無かった。
「アホらし」
 いい加減苛ついてきたので、和葉はさっさとチャンネルを衛星放送に変えてしまう。
 衛星放送は良いものだ。アニメに映画、BBCなんかが製作する海外のドキュメンタリー番組や、CNNのお堅いニュースも映る。好きなモノだけをピックアップして見れるから、あんな丸めた紙くずの切れ端にも満たないようなくだらない番組、視界に入れなくて済む。
 和葉が適当に切り替えたチャンネルは、洋画ばかりを年がら年中垂れ流すチャンネルだった。丁度、今流れているのは1993年の『ラスト・アクション・ヒーロー』。シュワルツェネッガー主演で、彼が劇中で主演する映画『ジャック・スレイター』の大ファンである少年が、その映画の世界に迷い込んでしまうという夢のあるお話だ。
 前に和葉も見たことがある映画で、割と楽しく観られたからお気に入りの一本でもあった。シュワルツェネッガーがジャック・スレイターとして存在する為に俳優としての彼がいない劇中世界で、チラリと出てくる『ターミネーター2』の立て看板が現実と構図そのまま、しかし俳優だけがスタローンに変わっていた辺りでクスリと来た覚えがある。
「……映画、か」
 そう思うと、なんだか自分も映画の世界に迷い込んだみたいだ、と和葉は冗談交じりに思った。ある日突然現れた謎の男前に「君は命を狙われている」と言われ、彼に護られる日々が始まる……。
 うん、文章にしてみせればそれらしい感じだ。ただ問題は、このパターンで行くと必ずヒロイン的な立場である自分は死ぬほど危ない目に遭い、間一髪の所で主役の彼が颯爽登場、そのまま激しすぎる銃撃戦に突入してしまう、ということだ。
「ないない、それはないわ」
 しかし、和葉はそれを即座に否定する。この日本に於いて映画みたいに激しい銃撃戦なんて、起こる筈が無いのだ。そういうことが起きるのは、あくまでそれが映画や小説、アニメだから。作り話の娯楽話の中だからこそであって、現実にあんなことが起きるワケがない。
「…………」
 そうやって己の中で否定してみせたのに、しかしソファに寝転がる和葉の頭からは、あの男のことが離れなかった。アルマーニの高級イタリアン・スーツを着こなすあの妙な男、ハリー・ムラサメのことが、どうにも頭から離れないでいた。
「…………変な男」
 本当に、変な男だ。
 和葉はクスリと小さく微笑み、そして知らず知らずの内に瞼を閉じる。疲れが溜まっていたのか、和葉は無意識の間に眠りの国へと誘われてしまっていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...