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第二条:仕事は正確に、完璧に遂行せよ。
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「ホント、毎日毎日ご苦労なことよね……」
普段通りにマンションの前でハリーを振り切り、和葉がNSRを走らせ学園への通学ルートを突き進む。
毎朝通る、慣れ親しんだ道だ。右へ左へと他車を避け、車と車の間を縫うように駆け抜ける。渋滞だろうが何だろうが、そんなものこのNSRの前では関係ない。道路の混み具合に関わらずスイスイと抜けて行けてしまうのが、単車の利点だ。
そうして、普段よりは少しばかり空いているいつもの通学ルートを、和葉がNSRと共に走り抜ける。ときたまギアをわざと一段下に落とし高回転までエンジンを回しながら、奏でる軽快なサウンドを楽しみつつ、和葉は学園までの道を急ぐ。
こんな風に風を切って走るのは、好きだった。だから和葉は二輪のバイクが好きだ。四輪で走るのとはまた違う感覚と、風を切って走る心地の良さ。そして多少のスリルも味わえる二輪が、どうにも好きだった。
だから、和葉は十六になってすぐに普通二輪の免許を取得した。400ccまでしか乗れない免許だが、十六である以上は仕方ないし、それで和葉も十分だった。
その直後に買ったのが、このNSR250Rだった。たまたま縁があって中学の頃から何かにつけては顔を出していたバイク屋で偶然見つけたのが、今跨がるこのNSRだったのだ。
文字通りの、一目惚れだった。紅白の塗装が眩しいレーサー・レプリカのカウルに一目惚れしたのを、今でも覚えている。
当然、買うとなったら店の親父には止められた。何せNSRでも、じゃじゃ馬と名高い1988年式の通称"88NSR"だ。当然、バイク屋の親父はそんなもの初心者には乗りこなせないと再三の忠告をする。しかしそれを押し切り、和葉はこの若さで88NSRのオーナーとなった。
今から思い返せば、かなり愚かな選択だったのではと和葉も今になって思う。しかし幸運にも、和葉の腕前は天才の領域に迫るほどのモノだった。とても初心者とは思えないような巧みなテクニックで暴れ馬の88NSRを御す彼女の走りに驚く店の親父のぽかんとした顔は、今思い出しても笑えてくる。
だからこそ、今日まで一度の掠り傷もなく、こうして二年以上に渡って和葉はこのNSR250Rと共に走ってこられたのだ。時には通学のアシとして、時には目的地もなくぶらりとツーリングに。そして時には、苛立った心を癒やす為に無計画な遠出に繰り出してみたりもした。
故に、和葉にとって今跨がるこのNSRは、長年連れ添った相棒のようなものだった。校則違反など、そんな馬鹿馬鹿しいことは知ったことじゃない。例え生活指導に突っつかれて停学処分を喰らったとしても、自分は構わずNSRに乗り続けるだろうと和葉は確信していた。
「ふんふんふーん……っと」
今日は、いつにも増してNSRの調子が良かった。とても三十年モノの半分骨董品みたいなバイクだとは思えないぐらいの走りに、和葉は思わずヘルメットの下で鼻歌なんか歌ってみせたりする。
交差点に差し掛かれば、かなりの急角度でNSRの車体を傾けながら、シュッと閃光のような俊敏さで左に折れていく。膝から下に着けたプロテクターを地面と少しだけ擦らせながら、まるで点と点を結ぶかのような滑らかにして淀みの無いコーナリングを見せつけつつ、そのまま立ち上がりでスロットルを開き急加速。凄まじい加速度に伴う強烈な向かい風にヘルメットの後ろから零れる蒼い後ろ髪を靡かせながら、和葉は今日も早朝のストリートを凄まじい速度で駆け抜けていた。
「ん……?」
そうして走っている内、何の気無しに見たサイド・ミラー。カウルから生えるミラーに映る背後の視界に、和葉は今日に限って妙な違和感を覚えていた。
(何……?)
自分のNSRの後ろに、真っ黒なセダンが何台も何台も付いて来ている光景が、サイド・ミラーに映っている。
車種は多種多様で、例えばある一台はメルツェデス・ベンツのEクラスだったりだとか、レクサスのGSであったりとか。他にはBMWの5シリーズなど、車種はバラバラ。しかしどれも一様にボディは黒塗りで、しかもフロントガラスまでもを遮る完全なフルスモーク・ガラスだった。
明らかに、後ろに付いてきている連中は不審極まりない。偶然で片付けようかとも、和葉は思った。
しかし、完全に内部を覆い隠すフルスモーク仕様が漂わせる妙な雰囲気の車両たちと、そして――――自分を護りに来たというあの男、ハリー・ムラサメの存在が、和葉に対しそれを偶然で片付けることを許さず。ただ、猛烈な不安感だけを煽っていた。
(まさか、ね……?)
ないない、と即座に否定しようとした。
だが、出来なかった。和葉の中でやたらと引っ掛かるハリーの存在が、和葉に否定を許さない。
だからなのか、和葉は本能的にNSRのスロットルを大きく開く。半ば本能的に、まるで相棒のNSRに囁かれたみたいに、和葉は急加速を敢行した。まるで相棒に逃げろと、此処は危ないと囁かれているかのように……。
凄まじい勢いで加速していく、和葉とNSR250R。そのカウルから生えるサイド・ミラーの中で、黒塗りの車両たちの姿は急速に小さくなり。そして、やがてミラーの中からも消えていった。
「……何だったのかしら、今の」
――――杞憂ならば、それでいい。
胸の中にモヤモヤと未だ残る不安感に駆られるみたく、和葉はいつもよりかなりのハイペースで学園へ向けて走り抜けていく。そんな急ぎ足な彼女の後ろ姿は、まるで背中を追いかけてくる死神から、必死に逃れようとするかのようだった…………。
普段通りにマンションの前でハリーを振り切り、和葉がNSRを走らせ学園への通学ルートを突き進む。
毎朝通る、慣れ親しんだ道だ。右へ左へと他車を避け、車と車の間を縫うように駆け抜ける。渋滞だろうが何だろうが、そんなものこのNSRの前では関係ない。道路の混み具合に関わらずスイスイと抜けて行けてしまうのが、単車の利点だ。
そうして、普段よりは少しばかり空いているいつもの通学ルートを、和葉がNSRと共に走り抜ける。ときたまギアをわざと一段下に落とし高回転までエンジンを回しながら、奏でる軽快なサウンドを楽しみつつ、和葉は学園までの道を急ぐ。
こんな風に風を切って走るのは、好きだった。だから和葉は二輪のバイクが好きだ。四輪で走るのとはまた違う感覚と、風を切って走る心地の良さ。そして多少のスリルも味わえる二輪が、どうにも好きだった。
だから、和葉は十六になってすぐに普通二輪の免許を取得した。400ccまでしか乗れない免許だが、十六である以上は仕方ないし、それで和葉も十分だった。
その直後に買ったのが、このNSR250Rだった。たまたま縁があって中学の頃から何かにつけては顔を出していたバイク屋で偶然見つけたのが、今跨がるこのNSRだったのだ。
文字通りの、一目惚れだった。紅白の塗装が眩しいレーサー・レプリカのカウルに一目惚れしたのを、今でも覚えている。
当然、買うとなったら店の親父には止められた。何せNSRでも、じゃじゃ馬と名高い1988年式の通称"88NSR"だ。当然、バイク屋の親父はそんなもの初心者には乗りこなせないと再三の忠告をする。しかしそれを押し切り、和葉はこの若さで88NSRのオーナーとなった。
今から思い返せば、かなり愚かな選択だったのではと和葉も今になって思う。しかし幸運にも、和葉の腕前は天才の領域に迫るほどのモノだった。とても初心者とは思えないような巧みなテクニックで暴れ馬の88NSRを御す彼女の走りに驚く店の親父のぽかんとした顔は、今思い出しても笑えてくる。
だからこそ、今日まで一度の掠り傷もなく、こうして二年以上に渡って和葉はこのNSR250Rと共に走ってこられたのだ。時には通学のアシとして、時には目的地もなくぶらりとツーリングに。そして時には、苛立った心を癒やす為に無計画な遠出に繰り出してみたりもした。
故に、和葉にとって今跨がるこのNSRは、長年連れ添った相棒のようなものだった。校則違反など、そんな馬鹿馬鹿しいことは知ったことじゃない。例え生活指導に突っつかれて停学処分を喰らったとしても、自分は構わずNSRに乗り続けるだろうと和葉は確信していた。
「ふんふんふーん……っと」
今日は、いつにも増してNSRの調子が良かった。とても三十年モノの半分骨董品みたいなバイクだとは思えないぐらいの走りに、和葉は思わずヘルメットの下で鼻歌なんか歌ってみせたりする。
交差点に差し掛かれば、かなりの急角度でNSRの車体を傾けながら、シュッと閃光のような俊敏さで左に折れていく。膝から下に着けたプロテクターを地面と少しだけ擦らせながら、まるで点と点を結ぶかのような滑らかにして淀みの無いコーナリングを見せつけつつ、そのまま立ち上がりでスロットルを開き急加速。凄まじい加速度に伴う強烈な向かい風にヘルメットの後ろから零れる蒼い後ろ髪を靡かせながら、和葉は今日も早朝のストリートを凄まじい速度で駆け抜けていた。
「ん……?」
そうして走っている内、何の気無しに見たサイド・ミラー。カウルから生えるミラーに映る背後の視界に、和葉は今日に限って妙な違和感を覚えていた。
(何……?)
自分のNSRの後ろに、真っ黒なセダンが何台も何台も付いて来ている光景が、サイド・ミラーに映っている。
車種は多種多様で、例えばある一台はメルツェデス・ベンツのEクラスだったりだとか、レクサスのGSであったりとか。他にはBMWの5シリーズなど、車種はバラバラ。しかしどれも一様にボディは黒塗りで、しかもフロントガラスまでもを遮る完全なフルスモーク・ガラスだった。
明らかに、後ろに付いてきている連中は不審極まりない。偶然で片付けようかとも、和葉は思った。
しかし、完全に内部を覆い隠すフルスモーク仕様が漂わせる妙な雰囲気の車両たちと、そして――――自分を護りに来たというあの男、ハリー・ムラサメの存在が、和葉に対しそれを偶然で片付けることを許さず。ただ、猛烈な不安感だけを煽っていた。
(まさか、ね……?)
ないない、と即座に否定しようとした。
だが、出来なかった。和葉の中でやたらと引っ掛かるハリーの存在が、和葉に否定を許さない。
だからなのか、和葉は本能的にNSRのスロットルを大きく開く。半ば本能的に、まるで相棒のNSRに囁かれたみたいに、和葉は急加速を敢行した。まるで相棒に逃げろと、此処は危ないと囁かれているかのように……。
凄まじい勢いで加速していく、和葉とNSR250R。そのカウルから生えるサイド・ミラーの中で、黒塗りの車両たちの姿は急速に小さくなり。そして、やがてミラーの中からも消えていった。
「……何だったのかしら、今の」
――――杞憂ならば、それでいい。
胸の中にモヤモヤと未だ残る不安感に駆られるみたく、和葉はいつもよりかなりのハイペースで学園へ向けて走り抜けていく。そんな急ぎ足な彼女の後ろ姿は、まるで背中を追いかけてくる死神から、必死に逃れようとするかのようだった…………。
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