SIX RULES

黒陽 光

文字の大きさ
30 / 108
第二条:仕事は正確に、完璧に遂行せよ。

/19

しおりを挟む
 数分前のことだ。
 あの後また多少の交戦を経た後で、追っ手を撒き何とか旧校舎に辿り着いたハリーは上階から伝わる物凄い音と微かな振動を察し、真っ直ぐに階段を昇り上階を目指していた。今の音が和葉に危険が迫っている物だと、根拠は無いが彼の第六感がそう告げていたのだ。
 二階を突っ走って探索し、そしてまた階段を駆け上り三階へ。そこで扉が無残に蹴破られた教室を一つ見つけると、陰に隠れながら慎重に中の様子を窺う。
 教室の中には、ドデカい巨漢の背中があった。シュワルツェネッガーかと思うぐらいのデカさと隆々とした筋肉、そしてアジア系にしか見えない肌の色。その後ろ姿は間違いなく、あの"ウォードッグ"のモノだ。
 そして、その向こう側には蹲りながらウォードッグを涙目で見上げる、怯えた様子の和葉の姿もあった。恐らくは彼女が隠れていたのだろう積み上げられていた机と椅子は、ウォードッグによって既に半ば以上が吹き飛ばされている。
(仕掛けるか……?)
 いや、まだだ。ハリーは飛び出したい衝動を抑えながら、必死にタイミングを待った。明らかな強敵・ウォードッグの虚を突ける、最高のタイミングを。
 やがて、ウォードッグは和葉の近くへとのそりのそりと近づいて。そうして驚くことに、邪魔な机や椅子を片腕でヒョイヒョイと放り始めた。まるで空き缶でも投げ捨てるみたいな軽快さと気軽さで、そう軽くもない机をさも簡単なようにポイポイとそこいらへ雑に投げていく。
 恐ろしい筋肉だ、とハリーは素直に驚嘆し、そしてウォードッグに対して微かな恐れを抱いた。あの筋肉が本気になって殴りかかってくれば、タダでは済まないだろう。まして、あんな丸太みたいに太すぎる脚で全力の蹴りを喰らわされることなんか、想像もしたくないぐらいだ。
(想像以上だな、ウォードッグ)
 今、直に己の眼で見るウォードッグという男は、先刻渡された資料で見た時よりもずっと恐ろしかった。果たしてこの男に勝てる人間がこの地球上に存在するのかと、ハリーが本気で疑うほどの風格と力強さだった。
 流石は香港ヤクザ叩き上げにして、世界中の戦場を絶え間なく渡り歩いてきた歴戦の傭兵というワケだ。ウォードッグ(戦争の犬)という仇名は、どうやら伊達ではないらしい。
(だが、勝てない相手じゃない)
 奢りや傲慢などではなく、冷静な頭でハリーはそう思っていた。確かにウォードッグは強敵だ。今まで出逢ったことが無いほどに、恐らくはハリー・ムラサメの人生最大級の強敵なのは間違いない。
 しかし、それでも勝てない相手ではないと、ハリーは内心で確信する。例え相手があんな恐ろしい巨漢だろうが、世界各地を転戦してきた歴戦の傭兵だろうが、所詮は同じ人間。ミリィじゃないが、結局は同じ土俵に立っているというわけだ。それに……。
(血を流す相手なら、殺せるはずだ)
 相手は未来からやって来た殺人ロボットでも何でもない。同じ時代に生きる、ただの人間だ。何処まで行ってもその事実は揺るがず、確実なもの。同じ人間という生物であるからには、ハリーには奴を殺せる確かな自信があった。
(仕掛けるタイミングさえ見誤らなければ、どうにかなる)
 そう思いながら、ハリーはQBZ-97の銃把を握り締め。そして教室と廊下とを隔てる窓ガラスから小さく顔を出しながら、絶好のタイミングを待っていた。
「悪いな、仕事なんだ」
 邪魔な机と椅子を全部放り投げ、和葉を見下ろしながらウォードッグが言う。奴の顔までは見えなかったが、きっとその名に相応しい闘犬みたいな笑みを奴は浮かべていることだろう。
「助けてよ…………っ!」
 和葉の懇願する声が漏れ、それは偶然、ハリーの耳にまで届いていた。
「助けてよ。ねぇ、ハリー…………っ!」
(っ……!)
 仕掛けるなら、今しかない。いや、今を置いて他にはない。これが、ラスト・チャンスだ。
「その依頼、確かに承った…………!」
 ハリーは満を持して立ち上がり、窓ガラス越しにQBZ-97の照準をウォードッグの背中へと合わせる。口から出てきた咄嗟の一言は、ハリーも無意識の内に漏らしていた言葉だった。
 和葉が唖然とするより早く、声に反応したウォードッグが振り返るよりもずっとずっと早く。ハリーは肩付けに構えたQBZ-97自動ライフルのセレクタをフルオートに合わせ、そしてその引鉄を容赦無く奥の奥まで引き絞った。
 銃口で、ハリーの視界内で盛大な火花が瞬く。薄いガラス窓を容易に突き破ったのは、世界的にポピュラーなNATO規格5.56mm×45小口径・高速ライフル弾。軍用フルメタル・ジャケットの弾頭はガラス窓を容易く突き破り、数十発もが凄まじい勢いで次々にウォードッグの背中に到達し、その広すぎる背中を超音速で殴り付ける。
 背中に数十発の5.56mm弾を喰らったウォードッグが、たまらずその巨体を吹き飛ばされる。まるで後ろから鉄球か何かで思い切り殴られたみたいに激しく吹っ飛んだ巨大な身体は、蹲る和葉の上を平気で通り過ぎ。そしてそのまま外側の窓ガラスに激突すると、ガラスをブチ破りながら下へと落下していった。
「えっ……?」
 何が起こったか分からないといった和葉の顔を一瞥した後で、ハリーは小さく助走を付けると地を蹴り、5.56mmの弾痕だらけになった目の前の窓ガラスへと飛び込む。
 穴だらけになって脆くなった薄いガラスを、タックルの要領で肩からブチ破ってハリーが教室内に飛び込む。くるりと床の上で一回大きく前転なんてかましながら着地すれば、ハリーは一度膝立ちの格好になる。
 顔を上げたその瞬間、和葉と眼が合った。明らかな動揺に揺れる、涙の滲んだ彼女のルビーみたいに紅い瞳と。
「待たせたな」
 そして、立ち上がりながらハリーが口を開く。不敵な顔で、敢えて余裕の表情を作ってみせながら。
「……戻ってきたぞ」
 弾の切れたQBZ-97を右肩に預ける格好で立つハリーの姿を、和葉は信じられないような顔で見上げていた。
「本当に、貴方なの……?」
「君を助けに来た」と、ハリー。「少々、遅刻してしまったが」
「ヒーローは遅れてやって来るってよく言うけれどさ、幾ら何でも遅刻にも程があるわよ……」
 冗談っぽいハリーの言葉に、和葉も思わずクスッと吹き出す。その瞳に未だ涙を滲ませたまま、しかし少しだけ表情を安堵に落ち着かせて。
「ルール第一条、時間厳守。……そうじゃなかったかしら、ハリー・ムラサメ?」
「悪かったよ、本当に悪かった。そこは謝るよ、園崎和葉」
「和葉で良いわよ、今更よそよそしい」と、和葉。「そしたら、貴方のこともハリーって呼んで良いかしら?」
「……好きにしろ」
 ぶっきらぼうに頷きつつ、ハリーはQBZ-97の空弾倉を足元に放り捨てた。アルミ製の弾倉が木張りの床に跳ね、カランコロンと音を立てる。
「…………でも、私を助けに来てくれたんだよね。命懸けで」
 俯き、何故かハリーから視線を逸らす和葉の言葉に、ハリーが新しい弾倉を差し込みながら「ああ」と頷く。
「ルール第二条、仕事は正確に、完璧に遂行せよ。
 ――――俺の信条だ。少々遅刻してしまったが、第二条は守ることが出来た」
 クールな顔で言いながら、QBZ-97のコッキング・レヴァーを奥まで引いて放し、ガシャンという確かな機械音と共に新たな一発が薬室に装填される。
「……本当に、変な人」
 そんなハリーの方を見上げながら、和葉が小さく笑う。
「でも、ありがとう」目尻の涙を手の甲で拭いながら、和葉が言った。「……そして、ごめんなさい」
「礼を言うのも詫びるのも、全部後にしよう。今はとにかく、此処から君を逃がす」
 スッと、ハリーがライフルを持たない左手を蹲る和葉の方に差し出した。「付いて来られるな?」
「……当ったり前じゃない」
 そして、その手を和葉が握り返す。
「エスコートは頼んだわよ、凄腕のハリー・ムラサメさん?」
 ハリーの強靱な左腕に引き起こされながら、微笑みと共に冗談めかしたことを言う和葉。その瞳にはもう涙の潤みも、恐怖の色も無かった。
「任せろ、レディのエスコートは得意なんだ」
 そんな和葉に粋な返しをするハリーの横顔は、クールで不敵な笑みに満ちていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

【完結】あやかし団地 管理人見習い日誌

双月ねむる
キャラ文芸
就活全滅で「自分には社会性がない」と思い込む凛は、遠縁の親戚に紹介され、昭和レトロな巨大団地・さくらヶ丘第一団地の『管理人見習い』として住み込みで働くことに。しかしその団地には、中庭の「靴鳴らし」、エレベーター表示盤に棲む狐など、団地限定あやかし達が当たり前のように暮らしていた。 最初は逃げ腰の凛だったが、すねた空き部屋や、ベランダの風鈴が告げるSOSなど、人とあやかしのトラブルに巻き込まれながら、少しずつ『共同体』に関わる勇気を取り戻していく。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

処理中です...