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第三条:依頼内容と逸脱する仕事はしない。
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「ハリーっ!」
遠くで、和葉が叫ぶ声が聞こえた。一瞬だけ意識を失っていたハリーはそれで意識を取り戻すが、しかしその頃には、すぐ目の前にチェーンソー男の姿があった。
「おいおい……」
振り上げられるチェーンソーを見上げながら、ハリーが苦く笑う。流石に今回ばかりは、逃げられないような気がした。
「――――ハリー、これっ!!」
しかし、遠くからまた和葉の声が聞こえてくる。苦い顔でハリーがそちらに振り向くと、
「冗談だろ?」
……自分に向けて、和葉が何処からか引っ張ってきた赤い消火器を投げてくるのが見えた。
(イチかバチか、やってみろってことか……!?)
あんなものでこのチェーンソー男に勝てるとは、到底思えない。
――――しかし、やってみる価値はある。
「後は野となれ、なんとやらだ……!」
宙を舞いやたら正確に飛んでくる消火器をハリーはしっかりと受け止め、そして和葉から受け取ったそれを使い、イチかバチかの賭けに出る。
安全ピンを抜き、短いホースを頭上のチェーンソー男に向け。そしてレヴァーをギュッと絞り真っ白い消化剤を噴射する。
「――――!?」
タイミングは、本当にギリギリだった。チェーンソー男がいざハリーを仕留めんとチェーンソーを振り下ろす寸前に、消火器から噴射された白い消化剤は男のヘルメットを真っ白に染めてしまい。唐突に視界が奪われたことで男は怯み、思わずチェーンソーまでもを手から滑らせてしまう。
「へえ、やってみるもんだ……!」
この大きな隙、千載一遇のチャンスを見逃すハリーではない。
すぐさま消火器を捨てながら、地面を転がるようにして落ちてくるチェーンソーを避けつつ立ち上がり、そして助走を付けた強烈な飛び蹴りを男の脇腹へ見舞って仰向けに倒してやる。幾らあれだけの重装備でも、助走付きでハリーが放った飛び蹴りには耐えられず、ドスンと物凄い地響きを立てながらリノリウムの床に倒れた。
ハリーは近くに落ちていた自分のナイフを拾い上げてから、起き上がることもままならないその男の胴体に飛び乗り、マウントを取ってやる。両の二の腕を靴底で踏みつけながら動きを封じつつ、消化剤で真っ白に染まったフルフェイス・ヘルメットを剥ぎ取ってやった。
そうすれば、やはり黒い目出し帽(バラクラバ)を着けた顔が露わになる。戸惑いと恐怖に満ちたチェーンソー男の視線と、ハリーの視線とが交錯し合う。
「コイツは、吹っ飛ばしてくれたお返しだッ!」
そんな男の無防備になった顔面へ、ハリーが右の握り拳を思い切りめり込ませてやる。頬へ最初の一撃を見舞った後、何度も何度も鼻先から顔面を殴り付けてやった。目出し帽の黒い生地に血が滲む。
「そんでもって、チェック・メイトだ!」
そして、最後にハリーは左手のナイフで首を掻き斬り、頸動脈を両断してやった。そうすれば、痙攣の後に間も無く男は絶命する。
「ハリー、無事っ!?」
男の装備でナイフのブレードを拭ってからハリーが立ち上がると、和葉が駆け寄ってくる。その言葉も、瞳の色も、ひどく彼を案じているようだった。
「ギリギリで」と、ブレードを畳んだナイフを仕舞いながら疲れた顔でハリーが頷く。
「……しかし、まさかジェイソンを相手にすることになるとはな。この仕事ももう長いけど、こんな手合いは流石の俺も初めてだった」
物理室、リノリウムの床に大の字になって息絶えたチェーンソー男の死骸を一瞥しつつ、ハリーは傷付いた手でまた和葉の手を取る。
「それより、急ごう」
「分かった。……でも、皆はどうするの?」
「公安に任せるさ、今は君の保護が第一優先だ」和葉の言葉に、ハリーが振り向きながら告げる。
「でも、朱音だって……っ!」
「彼女なら無事だ」と、ハリー。「さっき、新校舎の方で逢った」
「ほ、ほんとに?」
戸惑いの色を紅い瞳に浮かべる和葉に、「ホントだ」とハリーが言ってやる。
「運が良ければ、きっとまた生きて逢える」
「…………」
安堵したのか、和葉が無言でホッと胸を撫で下ろす。その手を引いて再び歩き出しながら、ハリーは最後にこんなことを和葉に告げた。
「ルール第三条、依頼内容と逸脱する仕事はしない。
――――不満はあるだろうが、割り切ってくれ。今此処で君を敵の手に渡すワケにはいかない。学園の安全より、君の保護が最優先だ」
か細い手を傷付いた手で引きながら、男は歩みを止めない。和葉が後ろ髪引かれる思いでいることが分かっていながら、しかしハリーは彼女の安全を優先した。
――――ルール第二条、仕事は正確に、完璧に遂行せよ。
その信条に従い、ハリーが最優先するのは和葉の身の安全。そして、それ以外のことに構っている余裕も、今のハリーには欠片も残っていなかった。
遠くで、和葉が叫ぶ声が聞こえた。一瞬だけ意識を失っていたハリーはそれで意識を取り戻すが、しかしその頃には、すぐ目の前にチェーンソー男の姿があった。
「おいおい……」
振り上げられるチェーンソーを見上げながら、ハリーが苦く笑う。流石に今回ばかりは、逃げられないような気がした。
「――――ハリー、これっ!!」
しかし、遠くからまた和葉の声が聞こえてくる。苦い顔でハリーがそちらに振り向くと、
「冗談だろ?」
……自分に向けて、和葉が何処からか引っ張ってきた赤い消火器を投げてくるのが見えた。
(イチかバチか、やってみろってことか……!?)
あんなものでこのチェーンソー男に勝てるとは、到底思えない。
――――しかし、やってみる価値はある。
「後は野となれ、なんとやらだ……!」
宙を舞いやたら正確に飛んでくる消火器をハリーはしっかりと受け止め、そして和葉から受け取ったそれを使い、イチかバチかの賭けに出る。
安全ピンを抜き、短いホースを頭上のチェーンソー男に向け。そしてレヴァーをギュッと絞り真っ白い消化剤を噴射する。
「――――!?」
タイミングは、本当にギリギリだった。チェーンソー男がいざハリーを仕留めんとチェーンソーを振り下ろす寸前に、消火器から噴射された白い消化剤は男のヘルメットを真っ白に染めてしまい。唐突に視界が奪われたことで男は怯み、思わずチェーンソーまでもを手から滑らせてしまう。
「へえ、やってみるもんだ……!」
この大きな隙、千載一遇のチャンスを見逃すハリーではない。
すぐさま消火器を捨てながら、地面を転がるようにして落ちてくるチェーンソーを避けつつ立ち上がり、そして助走を付けた強烈な飛び蹴りを男の脇腹へ見舞って仰向けに倒してやる。幾らあれだけの重装備でも、助走付きでハリーが放った飛び蹴りには耐えられず、ドスンと物凄い地響きを立てながらリノリウムの床に倒れた。
ハリーは近くに落ちていた自分のナイフを拾い上げてから、起き上がることもままならないその男の胴体に飛び乗り、マウントを取ってやる。両の二の腕を靴底で踏みつけながら動きを封じつつ、消化剤で真っ白に染まったフルフェイス・ヘルメットを剥ぎ取ってやった。
そうすれば、やはり黒い目出し帽(バラクラバ)を着けた顔が露わになる。戸惑いと恐怖に満ちたチェーンソー男の視線と、ハリーの視線とが交錯し合う。
「コイツは、吹っ飛ばしてくれたお返しだッ!」
そんな男の無防備になった顔面へ、ハリーが右の握り拳を思い切りめり込ませてやる。頬へ最初の一撃を見舞った後、何度も何度も鼻先から顔面を殴り付けてやった。目出し帽の黒い生地に血が滲む。
「そんでもって、チェック・メイトだ!」
そして、最後にハリーは左手のナイフで首を掻き斬り、頸動脈を両断してやった。そうすれば、痙攣の後に間も無く男は絶命する。
「ハリー、無事っ!?」
男の装備でナイフのブレードを拭ってからハリーが立ち上がると、和葉が駆け寄ってくる。その言葉も、瞳の色も、ひどく彼を案じているようだった。
「ギリギリで」と、ブレードを畳んだナイフを仕舞いながら疲れた顔でハリーが頷く。
「……しかし、まさかジェイソンを相手にすることになるとはな。この仕事ももう長いけど、こんな手合いは流石の俺も初めてだった」
物理室、リノリウムの床に大の字になって息絶えたチェーンソー男の死骸を一瞥しつつ、ハリーは傷付いた手でまた和葉の手を取る。
「それより、急ごう」
「分かった。……でも、皆はどうするの?」
「公安に任せるさ、今は君の保護が第一優先だ」和葉の言葉に、ハリーが振り向きながら告げる。
「でも、朱音だって……っ!」
「彼女なら無事だ」と、ハリー。「さっき、新校舎の方で逢った」
「ほ、ほんとに?」
戸惑いの色を紅い瞳に浮かべる和葉に、「ホントだ」とハリーが言ってやる。
「運が良ければ、きっとまた生きて逢える」
「…………」
安堵したのか、和葉が無言でホッと胸を撫で下ろす。その手を引いて再び歩き出しながら、ハリーは最後にこんなことを和葉に告げた。
「ルール第三条、依頼内容と逸脱する仕事はしない。
――――不満はあるだろうが、割り切ってくれ。今此処で君を敵の手に渡すワケにはいかない。学園の安全より、君の保護が最優先だ」
か細い手を傷付いた手で引きながら、男は歩みを止めない。和葉が後ろ髪引かれる思いでいることが分かっていながら、しかしハリーは彼女の安全を優先した。
――――ルール第二条、仕事は正確に、完璧に遂行せよ。
その信条に従い、ハリーが最優先するのは和葉の身の安全。そして、それ以外のことに構っている余裕も、今のハリーには欠片も残っていなかった。
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