SIX RULES

黒陽 光

文字の大きさ
40 / 108
第四条:深追いはしない。

/1

しおりを挟む
 街の外れにある白く大きな家屋。一階部分がガレージになっていて、二階部分が探偵事務所になったその家の前に軽快な二ストローク・サウンドと共に滑り込んできたのは、赤と白のカウルが眩しいレーサー・レプリカのバイクだった。1988年式のホンダ・NSR250R、通称"88NSR"だ。
「……えーと、此処なの?」
 そのNSRに跨がる和葉がフルフェイス・ヘルメットのバイザーを上げながら振り向いて問うと、後方に着けられた申し訳程度なタンデムシートに座るハリーが「ああ」と頷く。
「俺の事務所だ」
「事務所?」
「いいから、とにかく中に入ろう」
 ハリーは懐に隠し持っていたリモコンを使い一階ガレージのシャッターを遠隔で開き、その中に和葉とNSRをいざなう。
「……ありがとね」
 膝に着けたボロボロのプロテクターとフルフェイス・ヘルメットを脱いだ和葉が相棒のカウルをそっと撫でながら小さく呟いていると、シャッターを閉じつつ既に内階段を昇り始めていたハリーが「こっちだ」と彼女の方を見下ろしながら声を掛けてくる。
「あ、うん」
 そうして和葉を連れて内階段を昇り、通用口のドアを潜れば、ハリーは久方振りに暮らし慣れた五条探偵事務所へと戻ってきた。
「……驚いた、ハリーの本業は探偵さんだったんだ」
 事務所の中を見回しきょろきょろと目移りさせる和葉の言葉に、しかしハリーは「いや」と首を横に振ると次にこう答えた。
「探偵業はあくまでも表向きと税金対策。そっちの仕事もやらんワケじゃないが、やっぱり本業はこっちの方だ」
 と、彼女の方に振り向きながら、右の指で拳銃の形を作ってみせる。
「ま、まあそうでしょうね……」
 そんなハリーの仕草を眺め、和葉が苦笑いしながら頷いた。
「疲れただろう、とりあえずシャワーでも浴びてくるといい」
 そう言って、とりあえずハリーは疲れた和葉に事務所のシャワーを貸してやることにした。この五条探偵事務所は三階部分にもちゃんとした居住スペースはあるが、二階の事務所部分でも生活できるようになっているのだ。睡眠を摂る為のベッドもあれば汗をシャワーもあり、キッチンと冷蔵庫もある。事実、ハリーはこっちの事務所で寝泊まりすることの方が多い。
 遠くから和葉がシャワーを浴びるささやかな水音を聞きながら、その間にハリーは汚れたスーツから新しい物に着替えた。といっても見た目もワイシャツやネクタイとの組み合わせも全く同じで、違いは汚れているかクリーニング済みかというぐらい。
 ピンっと糊の効いたジャケットをデスク前の椅子の背もたれへと掛ければ、清潔なワイシャツの袖を折り。襟首とネクタイを緩めながら、ハリーはその椅子にスッと腰掛けた。流石に疲労が溜まっているのか、座った途端に「ふぅ」と小さな溜息が零れる。
 そしてふと窓の方を見ると、ブラインドの開いた窓からは茜色の夕陽が差し込んでいた。追跡を懸念しかなり大回りして此処まで逃げてきた結果、思っていたよりもかなり時間を食ってしまっていたらしい。
「ごめんね、シャワー貸して貰っちゃって」
 としていると、浴室から出てきた和葉がそんな風に声を掛けてくる。
「それにしても、気持ち悪いぐらいにサイズピッタリね……」
 自分の格好を見ながら、続けてそんなことを言う和葉の格好は先程までの美代学園のブレザー制服ではなく、ラフな私服姿だった。黒いTシャツに袖を折ったちょっとした濃緑色のミリタリー・ルックスなジャケットと、そして下にはデニム地の丈が短いホット・パンツを履き、脚は黒っぽく濃い色をしたデニールの厚いタイツで覆うといった具合だ。
「流石に仕事が良いな、ミリィは」
 そんな和葉の様子と格好を眺めながら、椅子に座るハリーが小さく笑う。彼女が今着る服は何か不測の事態があった時の為にと、ミリィ・レイスが置いておいてくれたものなのだ。
「ミリィ?」すると、聞き慣れない名を耳にした和葉が首を傾げる。
「ミリィ・レイス、腕利きの情報屋で、コンピュータ関連のプロフェッショナル。機会があれば、逢うこともあるかもな」
「へぇー……。色んな知り合いがいるのね」
 語尾を間延びさせながらの和葉に、ハリーは「まあな」と頷きつつ立ち上がる。
「ところで、珈琲でもどうかな?」
「頂くわ」
 応接用の黒い革張りのソファに腰掛けた和葉の前にある低いテーブルへスッとコーヒーカップを差し出しつつ、ハリーもまたデスクの上に自分の分のカップを置き、二人揃って熱々の珈琲を啜り始める。
「……ところで」
 と、珈琲を啜る音以外は沈黙が支配していた中、和葉が何かを思い出したみたいに口を開いた。
「そういえばさ、さっきの」
「ん?」椅子の背もたれを倒し、デスクの上に両脚を乗せる不作法な格好のままで珈琲を啜るハリーが反応する。
「クララ、とか言ってたっけ。……さっきの女の子みたいな敵、知り合いなの?」
 どうやら、彼女は学園で遭遇したハリーの知り合い――――クララのことについて訊きたいらしかった。
「まあな」
 今更になってクララのことを彼女に隠す理由も無いので、ハリーは小さく頷きながらコーヒーカップをデスクの上に置くと。それから、ゆっくりと口を開いた。
「昔、アメリカで今みたいな仕事をやってた頃にコンビを組んでた」
「アメリカ?」眼を丸くしながら、訊き返す和葉。「……驚いた、貴方海外で暮らしてたの?」
「この稼業を最初に始めたのは向こう、西海岸でだ。
 ……それより、煙草吸ってもいいか?」
「此処はハリーの事務所よ、好きにして頂戴。それに、私もバイトで嗅ぎ慣れてるから」
 和葉の了解を得たところで、ハリーはデスクへ無造作に置いてあった煙草の紙箱とジッポーを手繰り寄せる。吸い慣れたマールボロ・ライトの煙草を口に咥え、ジッポーで火を付けた。カチン、といぶし銀のオイルライターの蓋が閉じる音が、事務所の中に木霊する。
「クララは……」
 ふぅ、と一度大きく紫煙混じりの白い息を吐き出した後、煙草を咥え直してからハリーが話し始めた。
「――――クララ・ムラサメは、俺の師匠であり。そして……この俺、ハリー・ムラサメの名付け親でもある、そんな女だよ」
「……お姉さん?」と、和葉が訊き返す。クララのファミリーネームがハリーと同じなことを意外そうに思いながら、もしかしたら兄妹かもと思ったらしい。
「血縁があるワケじゃない」
 しかし、ハリーは紫煙を燻らせながら、即座にそれを否定する。
「……だがまあ、似たようなモノかもな。アイツと血縁関係はないが、まあ俺にとっては……そうだな、アイツは姐さんみたいな存在だった」
「そんな人が、なんでアイツらと一緒になって?」
「分からん」正直に答えるハリー。「が、多分雇われてるんだろう。俺たちは基本的にそういう人種だ。まかり間違えば、俺とクララの立場はまるで逆だったかもしれん」
「そう……」
 昔を懐かしむような眼でのハリーの言葉に、和葉は小さく珈琲を啜りながら、ただ短く頷くだけだった。
(ハリーの、過去か……)
 気にならないといえば、それは嘘になってしまう。自分を護りに来たという男、絶体絶命の所を救ってくれた男の過去が気にならないといえば、それは和葉にとって自分自身に対し嘘をついていることになる。
「……ハリー?」
 そう思えば、和葉には思い切って彼に訊いてみる以外の選択肢は無かった。純粋に興味が湧いてしまったから。彼が、ハリー・ムラサメという男がどう生きてきたかを。彼の、その生き様を。
「良かったら、聞かせてくれないかしら。クララのことを、貴方のことを」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...