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第一章『戦う少年少女たちの儚き青春』

Int.16:虚構空間、少年は幻影の戦場へ①

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 そして、入学式から一週間が過ぎた日。士官学校に入って初めての週末を控えた花の金曜日に、一真たちA組は遂に本格的な実技訓練を行う運びとなっていた。
 といっても、まだ流石にJST-1の実機に乗り込むわけではない。あくまで今日はシミュレータを使い、コクピットとTAMSの操作に慣れることが目的だ。JST-1は幾ら訓練機といえども、身長8mもある巨大兵器であるコトには変わりない。訳も分からぬ初っ端の内から、本物を使うこともないのだ。
「さて、皆さんにはこれからパイロット・スーツに着替えて貰います」
 シミュレータ・ルームのある士官学校の地下区画。そこの一角にある男子更衣室に集められた一真・白井を含むA組の数少ない男子数名は、同じく更衣室内に立つ錦戸教官の説明にじっと耳を傾けていた。隣の女子更衣室の方は、西條が担当しているはずだ。
「本来ならそれぞれ皆さんの名前が書いてあるロッカーがあるのですが、今日はシミュレータを使用するということで、ここは共用のロッカーになっています。皆さんのパイロット・スーツは今から私が渡しますから、名前を呼んだら取りに来てください」
 錦戸は傍らに置かれた段ボール箱からビニール袋に詰められた新品のパイロット・スーツを一つずつ手に取ると、そこに名前の書かれている者を一人ずつ呼ぶ。何せ人数が少ないので、全員に行き渡るまで三分と掛からない。
 そうして渡されたパイロット・スーツの包装を破り、一真たちはそれに着替える。脱いだ制服は適当なロッカーに放り込んでおく。
「うわはは……随分とまあ、これは」
 先んじてスーツを装着し終えた白井が、自分の格好を見ながら困惑気味の声を上げる。
「耐Gの為だ、ある程度パッツリ張り付くのは仕方ないぜ」
 自分も渡されたパイロット・スーツに着替えた一真は、隣でぼやく白井にそう言ってやった。
 ――――確かに、パイロット・スーツは想像以上に身体のラインがくっきり出る。感触的には全身タイツよりもっと張り付いている、といった方が適切だろうか。尤も肩や肘、膝や脚の各所など所々はプロテクターが噛み付いているから、そうアレなデザインというわけでもないのだが。
 しかし、これが無ければTAMSに乗ることは出来ない。このスーツは耐G性能を高める為、敢えてこうした独特なスタイルになっているのだ。それに加えて軽度の防刃/防弾機能もあり、また背部のバックパックにはTAMS接続用の機器の他に栄養剤も組み込まれている。このスーツを着ているだけで、例えTAMSを捨てて脱出して飲まず食わずでも三日間は生き残れるのだ。
 つまり、このパイロット・スーツ自体が一つのサヴァイヴァル・ギアというわけだ。他にも拳銃用のホルスターや、機体備え付けサヴァイヴァル・ガンの各種装備の接続用コネクタもあちこちに備え付けられている。規格は全世界でほぼ共通だが多少の差異は当然あり、日本国防軍の物は85式パイロット・スーツと呼ばれていた。
「皆さん、ヘッド・ギアも忘れずに」
 錦戸教官に言われ、一真も含め着替え終わった面々は破った包装の中から慌ててヘッド・ギアを取り出し、片手に持った。頭部装着用のコイツも、立派なパイロット・スーツの一部だ。
「では、着替え終わりましたね。女子は人数も多く時間が掛かるでしょうから、我々だけ先に行きましょうか」
 そう言うと、錦戸は男子一同を連れて更衣室を出ると、すぐ傍のシミュレータ・ルームへと案内した。
「おおー……流石にすげーな」
 シミュレータ・ルームに入った途端、一真の隣を歩いていた白井がうわ言を言うみたくそう呟く。一真も「だな」と感心した顔で彼の言葉に同意する。
 彼らの視界いっぱいに広がるシミュレータ・ルーム――――。そこは体育館ほどもある巨大な空間で、少し窪んだ床の部分にある基部から生える何本もの太い油圧シリンダーに支えられるようにして、大きなTAMS操縦シミュレータが六基ほど並んでいた。シミュレータの機械は一つ一つがまるで大きなカプセルのように完全に閉鎖された造りで、それぞれ"01"から"06"までの数字が側面に刻まれている。
 そうしていると、背後から続々とやって来る気配が足音と共に聞こえてきた。振り向くとそれはやはりA組の女子訓練生連中で、しかし一様に何処か顔を赤くしているようにも見える。
「……っ! おい、弥勒寺!」
「ああ……!」
 今まで見たことないぐらいに真剣な表情の白井に肩を叩かれ、一真も神妙な顔付きでそれに応じる。
 そう、パイロット・スーツは身体のラインがくっきりと出る形状。それは例え女子訓練生であろうと同様のことで、即ち――――!
「ホラそこの馬鹿二人、何鼻の下伸ばしてる」
 なんてことを暗黙の内に白井と頷き合っていると、いつの間にか目の前に立っていた西條にボカッと二人して頭を殴られる。
「「ってえ!!」」
「痛いじゃないわこの助平ども。あんまアレしてっとグラウンド五十周させるぞ」
 腕組みをする西條にそんな恐ろしいことを言われてしまえば、一真と西條は二人揃って「すんませんしたァァァ!!」と速攻で謝る他に選択肢は無い。
「ったく、これだから男ってのは……」
 なんて言いながら、尚もニコニコと笑みを絶やさない錦戸の横に並んだ西條は、先んじてここに来ていた男子に女子連中を合流させる。
「……あっ、居た居た。おーい、瀬那ー」
 群れの中から瀬那を見つけた一真が呼びかければ、瀬那も気付いて頷き、一真の方に歩み寄ってくる。
「……っ」
 歩いてくるパイロット・スーツ姿の瀬那を見て、一真はゴクリと軽く生唾を飲んだ。
 瀬那は普段のように凛とした立ち姿で一真の方へ歩いてくるが、その格好はパイロット・スーツ。つまり身体のラインがかなりくっきりと出るわけで、即ちただでさえ起伏の激しい瀬那のそれ・・が、より強調される訳であり。そんな瀬那の格好はかなり刺激が強いというか、なんというか。
 それは本人も重々自覚しているようで、顔付きは平然としながらもやはり頬が少しばかり紅くなっている。だがやはりそこは瀬那、気にする素振りを殆ど出していない辺り、流石としか言い様がない。ちなみに、訓練ということで流石に刀は置いてきているようだ。
「へへっ、中々似合ってるじゃないのさ」
「……う、うむ」
 何処かぎこちなく頷く瀬那を、一真がじっくりと下から上まで眺めていると、
「あ、あまり見るでない……!」
 なんて具合に、流石に参ってきたらしい瀬那に注意される。
「まあまあ、どのみちこれから慣れなきゃならんのだしさ」
「し、しかしだな……」
「…………ん、どしたの二人とも」
 瀬那の反応が面白くって一真がおちょくっていると、ヌッと何処からともなく現れた霧香が話しかけてくる。
「おっ、霧香か」
 かくいう霧香の方も、やはりとてつもなく刺激の強い格好だ。とはいえ瀬那や他の連中みたく恥じらう節は見受けられず、顔もいつも通り感情の起伏に乏しい色のまま。この辺りは、やはり霧香の性格が故のことなのだろうか。
「……? 私の顔に、ゴミでも付いてますか」
「おっと、いんや別に」
 ちょっと凝視しすぎたようで、不思議に思ったらしい霧香にそう言われると、一真は慌てて目を逸らす。瀬那と見比べても遜色ない霧香の格好は、また随分とそそるものがある。
 なんてやり取りを交わしていると、こっちに近づいてくる影を一つ、一真の視界の端に映った。
(あれは……)
 コツ、コツと足音を立てながら、堂々たる足取りで近づいてくる長身の少女。身に纏うパイロット・スーツは明らかに国防軍の85式ではなく、他国の物だ。どうやら彼女のパーソナル・カラーらしい深紅を基調とした色の組み合わせで染め上げられた派手なパイロット・スーツを身に纏う彼女は、紛れもなく例の編入生――ステラ・レーヴェンスだった。
「あら、霧香。それに瀬那にカズマも」
 そんなステラは一真たちの姿を見かけるなり、そんな風に声を掛けてきた。この一週間で一真たちとは大分打ち解けてきたステラだったが、やはり一真は心の何処かで彼女に対する嫌悪感を拭えないでいる。
「どう? 初めてパイロット・スーツを着てみた感想は」
 サッと髪を払いながら言うステラの顔に、恥じらいやその類の感情は一切見受けられない。寧ろ堂々としているぐらいだ。流石に元・米空軍アグレッサー部隊だけあって、場慣れはしているということか。
「うむ。少々慣れぬ格好ではあるが、かなり動きやすいなこれは」
「…………悪くない」
 瀬那、続いて霧香が答えると、ステラは満足げに「そう」と言い、片手を腰に当てる。
「日本の75式は着たこと無いけれど、まあ似たような感じでしょ。どうせ国際規格だし、多分アタシのM5A2と殆ど変わんないかな」
 そんな具合に二人がステラと話しているのを一真が遠巻きに見ていると、遠くでパンパンッ、と西條が手を叩く。
「ほら、静かにしろ。――――では、これよりTAMSシミュレータ訓練を始める」
 教官二人の方に全員の視線が集中し、あれだけ騒がしかったシミュレータ・ルームが一気に静けさを取り戻す。
 そうした中で西條は集まった訓練生たちをぐるりと見渡すと、隣の錦戸と一度頷き合い、今から行うシミュレータ訓練の口頭説明を始めた。
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