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第三章『アイランド・クライシス/少年少女たちの一番暑い夏』

Int.37:アイランド・クライシス/極限状況、生き残る術はただひとつ③

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「ほら、行くわよ」
 そして、少し後。最先発ぐらいで出発したステラはエマと白井を背に引き連れ、深い森の中を慎重に、しかし慣れた足取りで奥へ奥へと歩いていた。
「はいはい、分かってるって。ステラ、僕らを置いてかないでよ?」
 どんどん先陣を切って先へ先へと歩いて行くステラの背中を追って、やれやれといった風にエマが続く。しかしそういう彼女も慣れたもので、流石に少尉殿というだけはあるらしい。
 しかし、ステラの方も中々に山というか、自然そのものに慣れている感じだ。流石はハンターの祖父に鍛えられただけのことはあるな、と、ぐいぐい突き進む彼女の背中を追いながら、エマは思わず感心してしまう。
 だが、残る一人は――――。
「ひぃーっ、待ってくれよぉエマちゃーん、ステラっちゃーん!」
 残る一人は……白井は、まあ予想通りこのザマだ。二人と違って慣れていないから仕方ないと言えば仕方ないのだが、やはり何処かぎこちないというか。二人の後に追いすがるのがやっとといった具合で、後ろに少し離れたところから必死に付いて来ていた。
「待たない!」
 しかし、一瞬振り返ったステラの言うことは辛辣の一言。まあある意味でいつも通りなので、エマは「あはは……」と苦笑いをするのみだが。
「ひどぅい! 酷いよステラっちゃーん!!」
「っるっさいわね、もうっ! 大体、なんでアタシたちだけ荷物一人増えてんのよっ! ったくもう……! 寄越すならカズマ寄越しなさいよねぇっ、もうっ!」
「えぇ!? 俺じゃ駄目なのぉ!?」
「駄目に決まってんでしょうがっ!」
 一抹の慈悲も無くステラにそう断言されてしまったものだから、白井は「ぐえー!」なんて叫んでズッ転けそうになる。
「まあでも、あの二人はあれで安定感というか、なんかああじゃないとって感じあるからね」
「んー……分からないでもないけど」
 苦笑いを浮かべたままでエマの口走った一言に、ステラも納得がいかなさそうな顔ながらも頷き、一応の同意を示す。
「でもさぁ、やっぱり折角組むならカズマの方が良かったわよ。エマだって、そう思わない? 思うでしょ? いや、思うはずよ」
「あははは……」
 どうにも強引に決めつけめいたことを言うステラに、またエマが苦笑いをする。
「おいおい、俺ってばもしかして男とすら見られてないって感じぃー?」
「ヒトですらないわね」
「おっ、辛辣ゥー!!」
「あははは……」
 延々と繰り返される二人のやり取りにまた苦笑いを浮かべながら、エマは後ろ腰に吊すフィールド・バッグから島の地形図を取り出す。
「もうすぐ、真北に折れる辺りだ。ステラ、方位は?」
「スリー・ツー・ゼロ。今のところは問題ないわ」
 支給品のナイフとは別の、自前のガーバー製マチェーテ(山刀)で目の前の邪魔な草をバサバサと薙ぎ払いながら、チラリと携帯コンパスで現在方位を確認したステラがそう言う。するとエマは「オーライだ」と頷いて、
「今のところは順調だね。アキラ、しっかり付いてきなよ?」
「あたぼうよ!」振り返り、ニコッと軽く微笑んだエマにそう言われてしまえば、白井も片腕を掲げて力強く頷いてしまう。「エマちゃんにそう言われちゃ、這ってでも付いて行くしかあるめーよ!」
「その意気だよ、アキラ。でも、本気で辛くなったら遠慮無く言うんだよ? 僕らと違って、君はまだ慣れてないんだから」
「分かってるって。いやー、にしたってホントにエマちゃんは優しいなあ。俺ってば、涙がちょちょ切れそうかも」
「馬鹿なこと言ってないで、ホラ行くわよ。これぐらいのこと、さっさと終わらせたいんだから」
「オッケーオッケー。でもマジで置いてかないでくれよぉステラちゃーん。俺この中で遭難したら、マジで生きて帰れる自信ないからさあ」
「ま、まあ……その時は僕も残るから……」
 あはは、とまたもやエマが苦笑いを浮かべれば、それに白井は「うわぁ、感激」と言って、
「感激も感激、いやあホントに。俺ってば真面目に惚れそうかも。やっぱりエマちゃんさ、俺と結婚しよ? ね?」
「残念ながら……」
「うん、知ってた」
 とは言いつつも、がっくりと肩を落とす白井。するとステラははぁ、とあからさまに肩を竦め「ったく……」と呆れた声を上げながら、
「大体、それだとアタシだけ独りで行けってことじゃないの。エマさ、しれっと酷くない?」
「いや、ステラなら普通に独りでも帰って来そうだしさ……」
「うぐ……」
 確かにその通りなので、ステラはぐうの音も出なくなる。幼少の折よりハンターだった祖父にそこら中の山へ狩りに連れて行かれていた自分が、誰よりも場慣れしスキルも積み重ねてきていることは、紛れもない事実。故に、それは否定しきれない所があった。
「確かに、ステラちゃんなら何処だろうが生きて行けそうな雰囲気あるよなあ」
「……ちょっと、白井? それってどういう意味よ」
 妙なことを口走ってしまったせいで、立ち止まり振り返ったステラにキッと物凄い眼で睨まれる白井。「ヒッ」と怯えた声を漏らせば、「なんでもございません」と腰を低く、低ーくして一瞬の内に発言を撤回する。
「ったく……」
 すると、ステラはまた呆れた顔をしてみせて。もう一度はぁ、と大きすぎる溜息をつけば、
「まあ、さっさと行きましょ? アタシたちが真っ先に辿り着いてやるんだから」
 そう言って、再び道なき道に先陣を切って歩き始めた。
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