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第五章『ブルー・オン・ブルー/若き戦士たちの挽歌』

Int.40:SIX RIDERS/帰還報告、狩人三騎の凱旋

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 そうして辛くも敵を殲滅し、小隊の全員が五体満足で。しかし一機を欠いた失意の内に、コンボイ1に回収された京都A-311小隊の面々は西方に沈み行く夕陽を背に、京都士官学校へと帰還した。
 九機のTAMSが無事に士官学校に戻り、グラウンドに降ろされる頃には既に陽は完全に没しているような刻限で、しかしそんな中でも小隊の面々は疲れた身体に鞭を打ち、作戦結果報告(デブリーフィング)の為に再び校舎のA組教室に詰めかけていた。
「――――というわけで、現刻を以て彼らハンター2小隊も、此処へ駐留することとなった」
 教壇の前に立ち、そんなことを言う西條の傍。黒板を背にして一列に並ぶ六人のヘリ・パイロットたちは西條にそうやって紹介されると、各々小さく表情を綻ばせていた。
「初めまして、でもないやな。アタシは小隊長の常陸慧ひたち けいや。皆、よろしゅうな」
 そうすれば、真っ先に一歩前に出てきてにひひ、なんて笑いながらそう言うのは、傍観する一真にとっても聞き慣れた声の持ち主だった。
 妙に粗暴な口調と、何故か関西弁風な訛りのその女――――常陸慧ひたち けいは真っ赤なベリーショートの髪を揺らしながら首を振り、そうして同色の瞳を忙しなく動かせば、「そういや西條はん、何か足りへんくないか?」なんて風に、隣の西條へ向けて怪訝そうに問いかける。
「ん? ……あー、そうか。国崎は医務室、哀川は一応その付き添いだ」
 すると、西條は少ししてから慧の言葉の意味を察したのか、そうやって彼女に言い返してやる。
 ――――撃墜され、脱出した国崎は怪我こそたいしたことないが、満身創痍というぐらいに憔悴していた。それを鑑みて西條は彼に医務室行きを命じ、美桜にはその付き添いを頼んだのだ。所詮デブリーフィング、大したことは話さないからだろう。
 まあ医務室といっても、此処は元は公立高校の校舎だったもの。故に保健室と呼んでも差し支えないほどに医務室は質素で、大した医療措置なんて出来やしない。
 ――――閑話休題。
「ほーん。まあ、あのあんちゃんも災難やったなあ」
 国崎たちのことを聞けば、慧はそんなことを口走り。その後で「まあええわ」と早々にその話題を締め括れば、
「……んで話を戻すけど、こっちがアタシの相棒の雪菜や。一番機のガンナーを務めとる」
「あっ、どうも。伊川雪菜いかわ ゆきなです。お見知りおきを……」
 そんな風に慧に話題を振られ、慌ててペコリとお辞儀をする彼女が、どうやら例のコブラ一番機ガンナー、伊川雪菜いかわ ゆきならしい。慧とは違い標準語で、性格も慧とは対照的におっとりとした感じ。少し長い栗色の髪に、可愛げな顔に掛けるフレームレスの眼鏡がチャーミングだ。
「そんなわけで、彼女らハンター2小隊は本日より当士官学校に駐留し、諸君らの火力支援に当たってくれることになった。……常陸中尉、以後頼りにさせて貰う」
「おうよ!」
 またにひひ、なんて人懐っこく笑いながら、西條の最後の一言に慧が力強く頷いた。
「まあ言うて、アタシらはコブラちゃんの整備の関係で、厳密に言えばお隣の桂駐屯地になるんやけどな。まあでも細かいコトは置いといて、よろしゅう頼むで?」
「……慧ちゃんはこんなですけれど、不器用なだけですから。どうか、嫌ってあげないでくださいね?」
 まだまだ人懐っこい笑みを浮かべる慧に続き、苦笑いをしながら雪菜がそう言えば。慧は慌てて彼女の方に振り返りながら「ちょっ、雪菜ぁ!?」なんて風になるが、
「まあ、姐さんはガサツっスからねえ」
 なんて風に別のパイロットからそんな茶化す言葉が飛んでくるものだから、慧は「それ以上言うなや!」と顔を真っ赤にしながら言い返す。とはいえそれを言った奴はガハハと笑い、他の奴らも、雪菜もクスクスと小さく笑っていた。
 ちなみに、慧と雪菜の一番機組以外は、ハンター2のパイロットたちは全員が男だ。ガタイが良く、少し小柄な慧や雪菜とこうして並び立てば、まるで大人と子供のようだ。余談だが、先述みたいなことを慧に言ったのは、戦闘時に無線通信で聞こえてきたハンター2-2の声と同じ声色のように一真には聞こえていた。
「…………はぁ」
 なんて具合なハンター2小隊の阿呆なやり取りを横目に眺めながら、西條は参ったように大きすぎる溜息をつく。そんな中で、教室の隅で錦戸はニコニコと相変わらずの好々爺めいた笑みを浮かべながら見守っていた。
「……そういえば、常陸中尉。敵の別働隊が確認されていたとの情報だったが、アレはどうなったんだ?」
「あー、アレかあ」西條に言われ、慧が思い出すように唸る。
「あんなもん、普通にハンター3が対処しとったわ。グラップルが五十にハーミットが十五ぐらいしかおらん程度やったもんだから、コブラ三機で余裕だったらしいで?」
「……? 事前に、そちらに詳細な位置情報が?」
「当たり前やろ?」目を丸くして訊き返す西條に、不思議そうな顔をして当然だと慧が言う。
「あれぐらい、把握出来んワケがあらへん。大体、防衛線の真裏やで? 対処せえへんワケがないやろ」
「…………」
 ――――"あれぐらい、把握出来んワケがあらへん"。
 言われてみれば、その通りだ。今回はそう内陸部というワケでもなく、瀬戸内海絶対防衛線に比較的近い場所での戦闘だった。そんな至近距離とも言える場所まで侵攻してきた敵集団の場所を、みすみす判明させていないワケがない。
(……やはり、倉本の横やりか)
 そう思いながら西條が一瞬、錦戸の方へと横目の視線を走らせれば。眼を合わせてきた錦戸もまた、一瞬だけ頷けば、互いに暗黙の内に意図を確認し合った。
 ――――これは、意図的な情報統制だ。
 倉本少将の手による嫌がらせの一種だと、この瞬間に西條は確信した。でなければ、冷静に考えてあんな状況で出撃命令が下るわけがない。そもそも、挟撃されるような状況に陥れられるような作戦自体、既に作戦として半ば破綻している……。
「? どないしはった、西條はん?」
 急に神妙な顔をした西條を怪訝に思ったのか、首を傾げながらの慧にそう声を掛けられ。ハッと意識を戻した西條は彼女の方に振り返れば、「なんでもない」と適当に言葉を返してやる。
「……まあ、新顔の紹介はこんな具合だ。それじゃあハンター2の諸君も、適当に席に着いてくれ。デブリーフィングの本題に入るとしよう――――」
 西條がそうやって話を切り替えれば、黒板を背にして並んでいたハンター2の六人も続々と席に着き、西條はやっとこさデブリーフィングを始めることが出来た。
(……やってくれるな、倉本)
 デブリーフィングを淡々と続けながら、西條が胸中でひとりごちるその言葉は、しかし誰にも聞こえることはない。
(…………少佐)
 ――――ただ一人、暗黙の内に察していた彼を、錦戸を除いては。
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