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第六章『黒の衝撃/ライトニング・ブレイズ』

Int.32:白狼と漆黒、睨み合うは意地と傲慢

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「……おや、まだ居たのか」
「やっはろー、カズマくーん」
「…………」
 背後から靴音を鳴らし現れたのは、≪ライトニング・ブレイズ≫の壬生谷雅人と雨宮愛美、そして無言を貫く氷みたいな無表情をした神崎クレアの三人だった。
「悪いかよ」ニヤニヤとした雅人の視線に苛立ち、一真が棘っぽく言い返す。
「いいや、別に君を責めているワケじゃない。……それより教官、クリスは?」
「ああ、クリスなら」
「ここよ、ここぉん!」
 白衣を翻して振り向いた西條を押しのけて、クリスが雅人の前に躍り出る。相も変わらぬ奇妙なオカマ口調だが、雅人たちは流石に慣れているのか戸惑った反応は見せない。
「んでんで、雅人ちゃんってば、アタシに何の御用かしらぁ?」
「≪飛焔≫の件で、少しクリスに調整して貰いたくてね」
 雅人が爽やかな笑顔で言うと、クリスは「調整ぃ?」と首を傾げて訊き返す。雅人はそれに「ああ」と頷いて、
「左腕の肘関節、動きが少し鈍かった。それと右足の付け根と足首も。腕の関節は調整して、脚に関しては多分バランサーが狂ってると思うんだ」
「あー……ホントに? 何か申し訳ないわねぇ」
「良いさ、半分は無茶な空挺降下をしでかした俺の責任だからね」
 そんな雅人とクリスの会話を片耳に聞きながら、ふと思い出して一真は格納庫の中を見渡してみる。そういえば≪ライトニング・ブレイズ≫の機体は何処にあるのだろうかと。
 すると、今まで気付かなかったが、格納庫の中は昨日よりも更に賑やかなことになっていた。横並びになった一真と瀬那の≪閃電≫・タイプFや正対するエマの≪シュペール・ミラージュ≫、そして格納庫の最奥でひっそりとカヴァーを掛けられロープで縛られて封印されている謎の機体の他に、更に四機の姿がいつの間にか増えていた。
 全部、≪ライトニング・ブレイズ≫の機体だ。雅人のJS-16G≪飛焔≫や愛美と省吾のJS-17C≪閃電≫、そしてクレアのFSA-15J≪雪風≫と、漆黒の特殊戦機が四機も新たに整備ハンガーへ増えている。またそんな四機の為にハンガーのスペースを明け渡す為か、オレンジ色の訓練機は格納庫の外に追い出されていた。
「で、愛美ちゃんとクレアちゃんはどうしたのよ?」
「あ、アタシは雅人の付き添いですっ。クレアちゃんは……」
「……帰還途中に、電装系の警告灯が幾つか出たわ。報告書は上げているけれど、一応口頭で伝えておきたかった」
「あーはいはい、≪雪風≫のチェックランプのことねぇ。アレなら誤作動だったわよぉ。人工筋肉パッケージを新式のに入れ替えたから、それと相性がよろしくなかったみたいなのよ。ちゃーんとチェックして、プログラムの方も適合させておいたから。今後はチェックランプが点くようなことは無いわよぉ」
「……そう、なら良い」
 軽く瞼を閉じるような仕草をするクレアの顔は、相変わらずの仏頂面というか、氷のような無表情で。しかしクリスの報告で少しだけホッとしたのか、彼女の表情は心なしか安堵しているようにも一真の眼には映っていた。無表情の相手は霧香で慣れているから、少しの機微で何となく察せられる。
「ところで教官、タイプF改に関する説明は、もう二人に?」
「たった今終わったところだよ、ジャストタイミングだ」
 西條がそう答えると、雅人は「それは良い」と言って一真の方へと向き直る。
「……弥勒寺、一真くんだったっけ」
「ああ、そうだよ」敵意を込めた視線で一真が頷く。すると雅人は「おっと、そんなに怯えないでくれよ」とおどけたような、小馬鹿にしたような反応を示す。
「怯えてるように見えるか? だったらテメーの眼はガラス玉だな、さっさとビリヤードの球辺りに取り替えてくることをオススメするぜ」
 と、それに一真はニヤリと不敵な顔をし、皮肉っぽい言葉で返す。
「へえ、言うじゃないか」
 すると雅人はニヤリと楽しげに、しかし不気味にも見える笑顔を見せ。一真の方にジリジリとにじり寄ってくる。
「っ……!」
 その間にエマが割って入ろうとするが、しかし一真はそれを片腕で制した。
「カズマ……!」
「エマ、悪いが退いてくれ。……コイツは、男同士の話だ」
「そういうことだよ」と、雅人。「良いことを言うじゃないか、弥勒寺くん」
 言いながら、既に雅人は一真の至近へと迫っていた。互いに顔を突き合わせ、息と息がぶつかり合うぐらいの至近距離だ。そんなすぐ傍で、一真は苛立った顔で。そして雅人はニヤニヤと不気味な笑顔で睨み合う。
「折角の機会だ、ひとつ君と手合わせをしてみよう」
「手合わせ、だァ? ソイツは何の冗談だ」
「冗談じゃないさ、本気も本気。……西條教官、シミュレータは使えますか?」
「好きに使え」雅人の意図を何となく察した西條が、呆れっぽく肩を竦めて言った。
「なら、決まりだ。……構わないね、弥勒寺くん?」
「構わねえさ、上等だ。テメーのその見下してるような態度、いい加減ムカついて来てるところだからな」
 雅人がシミュレータを使って一真と戦いたがっている意図は、先程から一真の方も何となく気付いていた。だからこそ、一真は二つ返事で受けたのだ。
「待ちなよカズマ、相手は……!」
「……其方も男である故、喧嘩も結構だ。しかし此度こたびばかりは、相手を見誤っておる気がする」
 するとエマと、そして瀬那ですらもが制止するように口を挟んできた。エマは少しばかりの焦り顔で、そして瀬那は冷静だが、何処か的確で直球な言葉を投げ掛けて。
「上等だ」しかし一真は、それを聞き入れようとしない。
「相手が誰であれ、どんな野郎であれ。売られた喧嘩は買ってやるのが礼儀ってもんだ。……そうだろ?」
「フッ。単なる未熟者かと思ったけれど、中々にガッツだけはあるじゃないか。その度胸は認めてあげるよ、弥勒寺くん」
 睨み合う二人の、至近距離で火花を散らし交錯し合う視線。それを止める術は最早この場に於いて誰一人として持ち合わせている者はおらず、二人の決闘は流れのままに決定事項と化してしまった。
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