355 / 430
第六章『黒の衝撃/ライトニング・ブレイズ』
Int.40:葬送、戦友よ安らぎと共に眠れ②
しおりを挟む
「待て美桜、ここがこうなって、それでこうなるのか?」
「違う違う、違うわよ。ここをこうして……それで、こうよ」
「むう……本当にこれで合ってるのか」
「私は出来ましたっ!」
「右に同じ……ふふ、Tu-160型だよ……」
「おいちょっと待て東谷、それどうやって作った!?」
「あら、羽が曲がるのね。霧香ちゃんってば器用なのねぇ、うふふっ♪」
「感心してる場合かっ!」
美桜と美弥に霧香、そして半ば強引に輪の中へ引き入れられた国崎も慣れぬ作業に悪戦苦闘しつつ、こうして賑やかに折り鶴を作る作業に興じることおよそ一時間ばかし。それだけの時間を四人がかりで作り上げた鶴の量は結構な量になり、言い出しっぺの美桜はそんな四人分の鶴たちを眺めれば「うふふっ……♪」と至極満足げな顔だ。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
「行くって、何処に行く気だ美桜」
「内緒よ、着いてからのお楽しみ」
悪戯っぽくウィンクなんか投げてくる美桜にはぐらかされるまま、連れられるがまま。国崎は彼女ら三人に連れられて校舎を出ると、そのまま折り鶴がいっぱいの籠とともに士官学校の敷地外へと誘われていく。
校門を潜り、五分ばかしも歩いたかというぐらいの至近距離に、美桜たちの目的地はあった。
「……此処は?」国崎が訊く。すると美桜たちは、目の前にある小川のような所へと降りていく。
国崎たちの目の前にあるものは、小川というにはあまりに細く。しかし川でないというのも憚られるといったような微妙なものだった。恐らくは農業用水の流れだろうか。流れていく方向から察するに、近隣を流れる桂川へと合流していく支流めいたものなのは容易に察せられる。
はてさて美桜たちは、鶴を此処に持ってきて何をするつもりなのだろうか。国崎は首を傾げつつ、しかし郷に入っては郷に従えの精神でとりあえずは彼女らに続き、目の前の小川めいた所へと降りていく。
「崇嗣は知っているかしら、精霊流し」
川の傍でしゃがみ込む美桜に訊かれ、隣に立つ国崎は「いや」と首を横に振る。「灯籠流しみたいなものか?」
「似たようなものかな。長崎の方の風習なんだけれど、死者の魂を弔う為に、川に舟を流す行事なの」
ふふっ、と柔らかに笑いながら、美桜が国崎の疑念にそう答えを導き出した。
――――精霊流し。
彼女が言った通り、長崎の方にある伝統的な風習だ。盆の時期に、故人の初盆を迎えた家族の手で飾り付けられた「精霊船」という船に、故人の魂を乗せて川に流し。「流し場」という終着点まで運ぶという行事。追悼の為の仏教的な行事で、爆竹なんかも流す賑やかな伝統風習だ。
また、国崎が言い出した「灯籠流し」というものも似たような風習だ。こちらは灯籠に故人を乗せてといったもので、精霊流し同様に川に流す。こちらも盆の時期に行う、同じく仏教的な追悼の儀式だ。国崎がこれに思い当たり名前を出したのも、精霊流しとよく似ているといった事情がある。
「それにヒントを貰ってね。これなら私たちでも、まどかちゃんを弔ってあげられるかなって思ったの」
生憎と、お盆の時期は過ぎちゃったけれどね――――。
傍らの籠から折り鶴をひとつ取り出し、それを両の掌の中に乗せて。掌の上で今にも吹き飛んで行ってしまいそうなほどに軽い折り鶴に視線を落としながら、美桜は柔らかい笑顔で、しかし少しだけ哀しそうな横顔を見せ、国崎にポツリとそんなことを呟いていた。
「……良いんじゃないか」
すると、国崎は彼女の隣でしゃがみ込み。美桜の手の中にあった鶴をスッと自分の手元に持ってくると、フレームレスの眼鏡越しの双眸でそれをぼうっと眺める。
「私たちには、これぐらいのことしかしてあげられないから」
「やれることをやる、か……」
国崎の方に横目の視線を這わしながら、苦く笑う美桜の視線を横顔に感じつつ。手元の鶴をぼうっと眺めたままで、国崎はひとりごちていた。
「死んだ後、俺たちは何処へ往くのだろうか」
「分からないわ、そんなこと」
「俺にも分からない。だが……多分、橘は知っていた」
「……そうかしら?」
「多分な」と、国崎は珍しく冗談っぽい苦笑いで頷く。
「ただ、出来ることなら……こんな鶴に乗って、あの世とやらに行ってみたいものだ」
フッと微かな笑みを横顔に浮かべると、国崎は手の中にあった鶴をそっと清流のせせらぎへと乗せ。流れゆくままに身を任せるように、その鶴を小川の流れの中に流した。
「崇嗣……」
「俺たちが出来ることといえば、こうして弔ってやること。……後は、橘の分まで必死こいて生きて、出来る限りの所まで辿り着いてやることぐらいなのかもしれん」
「……かもしれないわね。ううん、きっとそう」
はい、と美桜は籠から取り出した新しい折り鶴を笑顔で国崎に手渡すと、自分の分も一緒に籠から摘まみ取る。
「この子たちも一緒に行くわ。きっと、まどかちゃんの寂しさも少しは紛れてくれる」
「信じるしかない。これが、今の俺たちに出来る精一杯の弔いだ」
フレームレスの眼鏡越しの双眸が細く見据え、少しだけ垂れ気味の紅い瞳がせせらぎの中で淡く映る。二人の手から放たれた二羽の折り鶴が、くっついたり離れたりしながら、清流の中を流されるがままに揺蕩っていく。
やがて、美弥や霧香たちの手からも鶴が次々と放たれ始め。小さな小川のせせらぎの中は、あっという間に色とりどりの折り鶴たちでいっぱいになった。
「そういえば、美桜ちゃんと国崎さん、下の名前で呼び合うようになったんですねっ」
「あー、えーとね美弥ちゃん? それは……」
「ふっ……意外な二人がくっついたみたいだね……ふふふ……」
「えっ、あっ、あのねえっ霧香ちゃんっ!?」
「ば、馬鹿! 壬生谷も東谷も、そそそ、そういう勘繰りをするんじゃない!」
「霧香ちゃん、図星だねー」
「ふふ、図星図星……」
顔を真っ赤にして露骨に慌てる美桜と国崎に、それをぱぁっと鮮やかな笑顔で眺める美弥と、おちょくるようなことを言ってほくそ笑む霧香。そんな風な彼女たちの楽しげな声と笑顔とともに、沢山の折り鶴が流れていく。笑顔に見送られながら、先に逝った戦友の魂が安らかな眠りに就くというささやかな祈りとともに。
(まどかちゃんも、きっと)
――――戦友よ、安らぎと共に眠れ。
そんな祈りとともに、美桜は流れ往く清流へと鶴を流す。若くして命の徒花を散らした彼女の魂が、安らかな眠りに就いてくれることを祈りながら…………。
「違う違う、違うわよ。ここをこうして……それで、こうよ」
「むう……本当にこれで合ってるのか」
「私は出来ましたっ!」
「右に同じ……ふふ、Tu-160型だよ……」
「おいちょっと待て東谷、それどうやって作った!?」
「あら、羽が曲がるのね。霧香ちゃんってば器用なのねぇ、うふふっ♪」
「感心してる場合かっ!」
美桜と美弥に霧香、そして半ば強引に輪の中へ引き入れられた国崎も慣れぬ作業に悪戦苦闘しつつ、こうして賑やかに折り鶴を作る作業に興じることおよそ一時間ばかし。それだけの時間を四人がかりで作り上げた鶴の量は結構な量になり、言い出しっぺの美桜はそんな四人分の鶴たちを眺めれば「うふふっ……♪」と至極満足げな顔だ。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
「行くって、何処に行く気だ美桜」
「内緒よ、着いてからのお楽しみ」
悪戯っぽくウィンクなんか投げてくる美桜にはぐらかされるまま、連れられるがまま。国崎は彼女ら三人に連れられて校舎を出ると、そのまま折り鶴がいっぱいの籠とともに士官学校の敷地外へと誘われていく。
校門を潜り、五分ばかしも歩いたかというぐらいの至近距離に、美桜たちの目的地はあった。
「……此処は?」国崎が訊く。すると美桜たちは、目の前にある小川のような所へと降りていく。
国崎たちの目の前にあるものは、小川というにはあまりに細く。しかし川でないというのも憚られるといったような微妙なものだった。恐らくは農業用水の流れだろうか。流れていく方向から察するに、近隣を流れる桂川へと合流していく支流めいたものなのは容易に察せられる。
はてさて美桜たちは、鶴を此処に持ってきて何をするつもりなのだろうか。国崎は首を傾げつつ、しかし郷に入っては郷に従えの精神でとりあえずは彼女らに続き、目の前の小川めいた所へと降りていく。
「崇嗣は知っているかしら、精霊流し」
川の傍でしゃがみ込む美桜に訊かれ、隣に立つ国崎は「いや」と首を横に振る。「灯籠流しみたいなものか?」
「似たようなものかな。長崎の方の風習なんだけれど、死者の魂を弔う為に、川に舟を流す行事なの」
ふふっ、と柔らかに笑いながら、美桜が国崎の疑念にそう答えを導き出した。
――――精霊流し。
彼女が言った通り、長崎の方にある伝統的な風習だ。盆の時期に、故人の初盆を迎えた家族の手で飾り付けられた「精霊船」という船に、故人の魂を乗せて川に流し。「流し場」という終着点まで運ぶという行事。追悼の為の仏教的な行事で、爆竹なんかも流す賑やかな伝統風習だ。
また、国崎が言い出した「灯籠流し」というものも似たような風習だ。こちらは灯籠に故人を乗せてといったもので、精霊流し同様に川に流す。こちらも盆の時期に行う、同じく仏教的な追悼の儀式だ。国崎がこれに思い当たり名前を出したのも、精霊流しとよく似ているといった事情がある。
「それにヒントを貰ってね。これなら私たちでも、まどかちゃんを弔ってあげられるかなって思ったの」
生憎と、お盆の時期は過ぎちゃったけれどね――――。
傍らの籠から折り鶴をひとつ取り出し、それを両の掌の中に乗せて。掌の上で今にも吹き飛んで行ってしまいそうなほどに軽い折り鶴に視線を落としながら、美桜は柔らかい笑顔で、しかし少しだけ哀しそうな横顔を見せ、国崎にポツリとそんなことを呟いていた。
「……良いんじゃないか」
すると、国崎は彼女の隣でしゃがみ込み。美桜の手の中にあった鶴をスッと自分の手元に持ってくると、フレームレスの眼鏡越しの双眸でそれをぼうっと眺める。
「私たちには、これぐらいのことしかしてあげられないから」
「やれることをやる、か……」
国崎の方に横目の視線を這わしながら、苦く笑う美桜の視線を横顔に感じつつ。手元の鶴をぼうっと眺めたままで、国崎はひとりごちていた。
「死んだ後、俺たちは何処へ往くのだろうか」
「分からないわ、そんなこと」
「俺にも分からない。だが……多分、橘は知っていた」
「……そうかしら?」
「多分な」と、国崎は珍しく冗談っぽい苦笑いで頷く。
「ただ、出来ることなら……こんな鶴に乗って、あの世とやらに行ってみたいものだ」
フッと微かな笑みを横顔に浮かべると、国崎は手の中にあった鶴をそっと清流のせせらぎへと乗せ。流れゆくままに身を任せるように、その鶴を小川の流れの中に流した。
「崇嗣……」
「俺たちが出来ることといえば、こうして弔ってやること。……後は、橘の分まで必死こいて生きて、出来る限りの所まで辿り着いてやることぐらいなのかもしれん」
「……かもしれないわね。ううん、きっとそう」
はい、と美桜は籠から取り出した新しい折り鶴を笑顔で国崎に手渡すと、自分の分も一緒に籠から摘まみ取る。
「この子たちも一緒に行くわ。きっと、まどかちゃんの寂しさも少しは紛れてくれる」
「信じるしかない。これが、今の俺たちに出来る精一杯の弔いだ」
フレームレスの眼鏡越しの双眸が細く見据え、少しだけ垂れ気味の紅い瞳がせせらぎの中で淡く映る。二人の手から放たれた二羽の折り鶴が、くっついたり離れたりしながら、清流の中を流されるがままに揺蕩っていく。
やがて、美弥や霧香たちの手からも鶴が次々と放たれ始め。小さな小川のせせらぎの中は、あっという間に色とりどりの折り鶴たちでいっぱいになった。
「そういえば、美桜ちゃんと国崎さん、下の名前で呼び合うようになったんですねっ」
「あー、えーとね美弥ちゃん? それは……」
「ふっ……意外な二人がくっついたみたいだね……ふふふ……」
「えっ、あっ、あのねえっ霧香ちゃんっ!?」
「ば、馬鹿! 壬生谷も東谷も、そそそ、そういう勘繰りをするんじゃない!」
「霧香ちゃん、図星だねー」
「ふふ、図星図星……」
顔を真っ赤にして露骨に慌てる美桜と国崎に、それをぱぁっと鮮やかな笑顔で眺める美弥と、おちょくるようなことを言ってほくそ笑む霧香。そんな風な彼女たちの楽しげな声と笑顔とともに、沢山の折り鶴が流れていく。笑顔に見送られながら、先に逝った戦友の魂が安らかな眠りに就くというささやかな祈りとともに。
(まどかちゃんも、きっと)
――――戦友よ、安らぎと共に眠れ。
そんな祈りとともに、美桜は流れ往く清流へと鶴を流す。若くして命の徒花を散らした彼女の魂が、安らかな眠りに就いてくれることを祈りながら…………。
0
あなたにおすすめの小説
大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-
半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
世にも奇妙な世界 弥勒の世
蔵屋
キャラ文芸
私は、日本神道の家に生まれ、長年、神さまの教えに触れ、神さまとともに生きてきました。するとどうでしょう。神さまのことがよくわかるようになりました。また、私の家は、真言密教を信仰する家でもありました。しかし、私は日月神示の教えに出会い、私の日本神道と仏教についての考え方は一変しました。何故なら、日月神示の教えこそが、私達人類が暮らしている大宇宙の真理であると隠ししたからです。そして、出口なおという人物の『お筆先』、出口王仁三郎の『霊界物語』、岡田茂吉の『御神書(六冊)』、『旧約聖書』、『新訳聖書』、『イエス・キリストの福音書(四冊)』、『法華経』などを学問として、研究し早いもので、もう26年になります。だからこそ、この『奇妙な世界 弥勒の世』という小説を執筆中することが出来るのです。
私が執筆した小説は、思想と言論の自由に基づいています。また、特定の人物、団体、機関を否定し、批判し、攻撃するものではありません。
万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜
黒城白爵
ファンタジー
異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。
魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。
そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。
自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。
後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。
そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。
自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる