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Chapter-01『覚醒する蒼の神姫、交錯する運命』

第三章:Long Long Ago, Dear my Memories/06

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 少女が去って行った後、遥はまた堤防沿いの路肩に戻したバイクに寄りかかりながら、さっきと同じように夕暮れ空をぼうっと見上げていた。
(……結局、私は一体何者なんでしょう)
 そうしながら、彼女は思う。自分は一体何者なのかと。失った記憶はどういうもので、過去に自分は何をしていて。そして、どうしてこの力を得たのかと…………。
 ふと、遥はまた自分の右手の甲に視線を落とした。
 そのままスッと意識してやれば、右手にはまたセイレーン・ブレスが輝きとともに浮かび上がる。どこからともなく、まるで生えてきたかのように。
 ――――これは、明らかに普通じゃない。
 最初から分かりきっていたことではあるが、どう考えてもこれは超常の力とかその類だ。
 そして自分は、この力の扱い方を知っている。知りすぎているほどに、知っている。
 この力を、神姫ウィスタリア・セイレーンの力を持つ自分が何をすべきなのか、どう戦えばいいのか。記憶はなくても、本能的に遥は理解出来てしまうのだ。誰に教えられたわけでもなく、気付けば遥は無意識の内に敵と上手に戦えていた。
 身体が覚えている……というのもあるのだろう。だがそれ以外にも、遥は何処か本能的な部分で戦っている節があった。
「……ふぅ、っ」
 一度出現させたセイレーン・ブレスをまた消失させながら、遥は小さく溜息をつく。
 そして頭上の夕焼け空を見上げながら、彼女は胸の内で独り呟いた。
(私の過去に何があったのか、それは分からない。ただ……神姫として戦うことが、私のやるべきこと、使命のようなものだということは分かる)
 もしも、だとするのならば――――。
(だとすれば、私はどうするべきなのか――――そんなこと、改めて考えるまでもありませんよね)
 この超常の力を、神姫の力を以て異形を制することが、間宮遥という己に課せられていた使命であるというのなら。この力で誰かの笑顔を、居場所を守れるのなら。だとしたら、自分は――――。
「……?」
 独り胸の内で新たに決意を固めていると、遥が懐に収めていたスマートフォンがプルプルと小さく震える。
 取り出して画面を見てみると、新着メッセージが入っていたようだった。
 その送り主は、他でもない戦部戒斗と……そして、アンジェリーヌ・リュミエール。行き先も告げずに飛び出したっきりの遥を案じて、二人でメッセージを送ってきてくれたらしい。
『長いこと帰って来ないが、大丈夫か? 生きてるなら余裕があるときにでも連絡をくれ』
『遥さん、大丈夫かな? 余計なお世話かも知れないけれど、心配になっちゃって……。返信はしなくてもいいよ。でも、暇があったら何か反応くれると嬉しいな』
 戒斗とアンジェ、二人からほぼ同時に送られてきたメッセージといえば、こんな感じの文面だった。
「ふふっ……」
 二人から送られてきた、そんなメッセージが映し出されたスマートフォンの画面に視線を落としつつ、遥は小さく微笑むと。またそのスマートフォンを懐に戻し、そうすれば今までもたれ掛かっていた自分のバイク……二〇一九年式のカワサキ・ニンジャZX‐10Rに跨がる。
 長い脚を大きく翻してバイクに跨がり、引っ掛けていた黒いフルフェイス・ヘルメットを被って、そしてイグニッション・スタート。キュルッとセルモーターが小気味良く回り、排気量一リッターの直列四気筒エンジンが官能的な音色とともに眼を覚ます。
 そうすると、何度かの空吹かしの後に遥はスタンドを蹴っ飛ばして、そのままZX‐10Rで夕焼け空の下、茜色に染まる堤防沿いを走り出す。内に秘めた悩みを、自分の過去とこの力に対する疑念を、まるで風の中に全て振り切ろうとするかのように…………。
 ――――例え過去の私が何者で、そしてどんな使命を背負っていたとしても。今の私は私で、そんな私を受け入れてくれるヒトたちが居る。暖かく迎えてくれるヒトたちが居る。愛したいと思うヒトたちが、守りたいと思うヒトたちが……そんなヒトたちの、とっても素敵な笑顔がある。
 だから、私は戦い続ける。誰にも知って貰わなくていい。称賛も感謝も、何もかも必要ない。ただ私は、私の愛した誰かの笑顔を守れるのなら…………。
 ――――茜色に染まる夕暮れの中を、遥が駆け抜けていく。
 真っ赤なテールライトと、そして風に靡く青の長い髪で軌跡を残して。漆黒のカウルで風を切り裂きながら間宮遥は独り、この夕焼け空の下を駆け抜けていった――――――。




(第三章『Long Long Ago, Dear my Memories』了)
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