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Chapter-03『BLACK EXECUTER』

第七章:深淵より見つめる相貌は大いなる野望を秘めて

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 第七章:深淵より見つめる双眸は大いなる野望を秘めて


 ――――篠崎しのざき財閥。
 世界規模の影響力を誇る、日本屈指の財閥だ。孫会社や更にその先などの末端まで含めれば、およそ数百もの企業を束ねる大企業連。そんな大財閥を率いる名門・篠崎家の本邸があるのは、日本国内のとある人里離れた場所だった。
 …………大邸宅。
 凄まじく広大な敷地を高い塀で囲み、その中にそびえ立つ屋敷は……まさにそう表現するしかないほどに大きいものだった。
 外観、内観ともに洋館と喩えるのが正しいだろう。大きな屋敷はまるで国賓を迎え入れる迎賓館のように煌びやかで、少なくとも財閥を統べる篠崎一族が住むだけにしては、あまりにも豪華すぎて広すぎるような屋敷だ。
 そんな屋敷の――――広間と呼ぶべきだろうか。中世ヨーロッパの古城にあるような縦長のテーブルがある辺り、普段は食事の席にも使っているのだろう。そんな広間の中には、三人の人影があった。
 いずれも財閥を統べる篠崎一族の面々だ。品の良い顔付きをした老人と、若い男女が一人ずつ。広間の最奥で白髪を揺らす前者が、よわい七一歳の現当主・篠崎しのざき十兵衛じゅうべえ。後の二人がそれぞれ篠崎しのざき香菜かな、そして篠崎しのざき潤一郎じゅんいちろうという名だった。二人とも十兵衛の孫に当たる人物だ。
 十兵衛の見た目は今述べた通りだ。白髪頭で、顔や肌には年相応の皺が寄っている。
 また、身長は一七〇センチジャスト。目元には色つきの眼鏡を掛けていて、格好はグレーのビジネススーツだ。恐らくフルオーダーメイドと推察されるそれは……一着で高級車が何台買える値段なのやら。
 そして孫娘の香菜は、現在二八歳。髪は焦げ茶でショートボブ、身長は一五七センチと、この場に居る三人の中で最も小柄だ。
 そんな華奢な身体に纏っているのは、紫を基調としたゴシック・ロリータ風のワンピース。足には編み上げのロングブーツを履いていて、そのダークで妖艶な出で立ちが、彼女のミステリアスな雰囲気をより一層強めている。
 ――――最後に、潤一郎だ。
 彼の年齢は二五歳で、香菜の弟に当たる。ちなみに末っ子だ。
 身長は一八三センチと三人の中で最も高く、髪はパーマがかった少し丈の長い黒髪。顔の彫りは深く、長身であることも相まって……和製クリント・イーストウッドと呼ぶべき整った容姿だ。或いは、雰囲気的には息子のスコット・イーストウッドの方が似ているかも知れないが。とにかく潤一郎はそんな見た目の男だ。
 だが、顔立ちからはどうにも品の良さというか……お坊ちゃまっぽさ、底抜けのヒトの良さが抜けきれていない感じもある。
 まして今の潤一郎の格好が、黒のTシャツの上から厚手の白いジャケットを羽織り、下は白いズボンに黒革のパンクブーツといったラフにも程がある格好だったから、その印象は余計に強まってしまう。どこかダークな雰囲気を漂わせる祖父と姉が同席している中では、彼は些か純粋すぎるような風貌だった。
 ――――閑話休題。
「お爺様、まずはこちらをご覧なさって」
 三人の中で唯一立っていた香菜は、暗い部屋の中……テーブルの最奥、いわゆる誕生日席の位置に座る十兵衛にそう言うと、広間の壁に吊り下げてあった大きなスクリーンに何かの画像を投影し始める。
 香菜の手でスクリーンに映し出されたのは、三人の神姫を写した画像だった。
 ――――赤と黒の神姫、ガーネット・フェニックス。
 ――――赤と白の神姫、ヴァーミリオン・ミラージュ。
 そして――――――。
「ウィスタリア・セイレーン……ほう、生きておったか」
 ――――蒼と白の神姫、ウィスタリア・セイレーン。
 スクリーンに映る彼女を見て、誕生日席に座る十兵衛が感心したかのようにひとりごちる。
「私もセイレーンを見た時には驚きましたわ。まさか生きているだなんて、思いもよりませんでしたもの」
「はっはっは、気持ちは分かるぞ香菜よ。私とて、彼奴あやつはてっきり死んだものと思っておったからのう」
 肩を揺らす香菜の言葉に、十兵衛が笑いながらそう答える。柔らかな笑顔もその声音も、文字通り孫娘に接する好々爺こうこうやそのものだった。
 そんな十兵衛に、香菜は小さく肩を竦め返し。その後で淡々とした調子でこう続けた。
「……何にしても、これで一年半前の生き残りは二人に増えたことになりますわ。忌々しきクリムゾン・ラファールに続き、あまり良い兆候ではありませんわね」
「クリムゾン・ラファール……はて、最後に彼奴あやつが確認されたのは、何処だったか」
「……メキシコ、ですわね」と香菜が十兵衛の質問に答える。「二ヶ月前、コフィン・タイプの……簡易量産型の運用実験を見事に邪魔されてしまいましたわ」
 香菜の答えに、十兵衛は「ふむ」と思案するように小さく唸る。
 そんな風に思案する十兵衛に対し、香菜は話題を切り替えるようにこんな提案をした。
「神姫の件はともかくとして、私がお爺様にお話ししたいのは例の下級個体……グラスホッパー・バンディットのことですわ」
「ほう? 面白そうだ、続けたまえ」
「グラスホッパーは面白い個体です。下級にしては戦闘力・戦術判断能力ともに高く、性能面では中級クラスに迫る勢いですわ。強化施術次第では、ひょっとすれば上級レベルの性能を得られるかも知れませんの」
「ふむ」
「とはいえ、強化実験の為には更なる実戦データを取る必要がありますの。そこで……私からお爺様にお願いが」
「構わんよ。可愛い孫の頼みだ、何でも聞こうじゃないか」
 優しげに微笑む十兵衛の答えに、香菜もまた笑顔で「ありがとうございます、お爺様」と言ってうやうやしくお辞儀をし。そうしてから香菜は十兵衛に向かってこう言った。ニヤリと、文字通り悪巧みをするかのように悪い笑みを浮かべて。
「――――ここはひとつ、派手にやってみる必要があるんですの」
「そのパーティに当たって、必要な手駒はどれほどかね?」
「実験中のグラスホッパー以外には……そうですわね、実戦テストも兼ねて量産型を幾らかお借りさせて貰いたいんですの」
 香菜の言葉に、十兵衛は「良かろう」と頷き返す。
「初期ロット、量産試作分を任せよう。失敗しても構わないから、香菜の思う通りにやってみなさい」
「お爺様、感謝致しますわ」
 快諾し、はっはっはと高笑いをする十兵衛と、祖父にまたニッコリと上機嫌そうな笑みを浮かべる香菜。
 そんな二人の傍ら、今まで沈黙を保っていた末っ子の潤一郎――――長テーブルの真ん中ぐらいの位置に座っていた彼が、姉の香菜に向かって笑顔を浮かべながらこんな言葉を投げ掛けていた。
「姉さん、また僕に新しい道具を貸してくれるのかい?」
 が、訊かれた香菜の方は途端に不機嫌そうな顔になると、ギロリと潤一郎を睨み付けながら「黙ってて」とうんざりした調子で言うだけ。
「あらら、姉さんってば手厳しい」
 しかし姉に辛辣な態度を取られるのは潤一郎の方も慣れっこで、彼は彼でやれやれと大袈裟に肩を竦めるだけで、特に傷付いた様子もなかった。
「はっはっは……!」
 そんな孫二人のやり取りを眺めながら、十兵衛は心底楽しそうにまた高笑いをあげていた。
 …………篠崎財閥、またの名を――――秘密結社ネオ・フロンティア。
 それこそが、街で蠢く異形の怪人たちを操る者たちの真の名であり、この場に集った篠崎一族の本当の顔。彼らこそが、秘密結社ネオ・フロンティアこそが、人々に暴虐の限りを尽くす異形の怪人・バンディットを操る糸を引く邪悪な影の正体だった――――――。




(第七章『深淵より見つめる双眸は大いなる野望を秘めて』了)
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