羽扇の旅【三国志創作詰め】

青伽

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寝物語【徐庶、徐庶の母、程昱】

元々、程昱が仕込んだことであった。
蜀国の軍師である徐庶を手に入れるために、母親を語った偽の手紙を用意し、徐庶へと送った。
程昱がしたのは、それだけのことである。

魏国に着いた徐庶の頭には、頭巾が巻かれていた。
役人が巻いているのは珍しく、少々異質に感じたが、軍師には変わり者も多いため、特別視されることはなかった。

程昱は早速、徐庶と母親を面会させた。
「母上、お会いしとうございました」
好手し頭を下げる徐庶に、母親は激昂する。
「あんたなんで来た! 私を殺す気かい!? 程昱!あんたなんで徐福を連れてきたんだい!? 帰れ! 帰れ帰れ帰れ帰れ!!」
そう叫ぶと、母親は部屋の中へと入って鍵をかけて閉じこもってしまった。

徐福?
と程昱は疑問に感じた。
徐庶の偽名は、単福だけではなかったのか。
それとも聞き間違いか。
徐庶でも単福でも徐福でも、そんなことは問題ではないが程昱は何か引っかかる。
徐庶は、扉の前で母親に許しを請いている。
母親が出てくる様子はない。
「程昱殿、見ての通り母はあの通り……どうか二人きりにしてくれないでしょうか」
すでに徐庶は魏国の物だ。
後は信用を得るだけである。
程昱は、特に問題ないだろうと考え、侍女を下げた。
「もし用があったらこちらからお呼びいたします。母は気が立っているので、決して近づかないでください」
ただ母親を説得したいだけと、程昱はなんの疑いもなく、徐庶の言う通りにした。

扉は音もなく開いた。
「あんたなんで……!?」
驚く母親を目で確認しただけで、徐庶は無表情のまま扉の鍵を閉め直す。
「どうやって鍵を開けたかなんて、どうだっていいのでは? 母上」
徐庶は自分の頭に手を回し、頭巾を取る。
母親は短い悲鳴を上げた。
「あなたがやったことでしょう? 母上」
まばらな髪、むき出しの皮膚はただれて赤みを帯びている。
「まだあどけない小さな幼子に熱湯を浴びせるとは、人のやることかね?」
「あんた母親に向かって、言いたいことはそれだけかい!? 出ていけ!!」
指差す母親の腕を掴んだ徐庶は、一言
「軽い」
と言った。

「昔話をしましょう母上」
椅子に腰掛けて、徐庶は母親を見上げる。
「始皇帝が不老長寿を目指した頃の話。そう、今から数百年前のことです」
 不老長寿の薬を得るべく国を出た男は、無事不老長寿の薬を作り上げました。
 しかしその頃には既に始皇帝は死んでいました。
 ですが男にはそれを知るすべはありません。ただ始皇帝の下へ帰りたくなかった。それだけを理由に他国に留まり続けました。
 そうして自分を知るものが誰もいなくなった時期を見計らい、故郷へと帰国しました。

 ここで少し訂正をしましょう。
 「不老長寿の薬ができた」というのは少し違います。
 正確には「若返らせる薬ができた」のです。

 若返れば、病気も怪我も全てなかったことになります。
 副作用としては、飲む前の記憶を呼び起こすのに、数ヶ月から数年程度かかるということです。
 ひとまずこれを丹薬と呼びましょう。我々もそう呼んでおりましたから。
 母上にはわからないでしょうが、この丹薬は世に広められる日が来たその時まで、我々が隠し通そうと。そういう考えで今日まで守り抜いてきました。
 
 通常であれば二十歳前後に若返らせるのですが、私が怪我をしましてね。
 生薬を手に入れること、間に合わず。仕方なく私は、数ヶ月の赤子になってしまったわけです。
 その頃には、付き人は選んだ姉弟二人だけになっておりました。
 二人は赤子になった私を息子として育ててくれました。
 そこへ、たまたま知り合ったあなたが。子供に恵まれなかった同じ「徐」を持つあなたが。
 最愛の愛弟子に手をかけ、私を手に入れた。
 こうしてあなたと私が親子になった。
 本来ならどんなに遅くとも、十を数える頃には思い出すはずの記憶を思い出せなかったのは、日々の虐待のせいでしょう。
 記憶を取り戻したのは、あなたの情夫のせいで親友を喪った時でした。
 愛弟子を喪った時の記憶とともに。
 私は、あなたと情夫を殺すことにしました。
 情夫は殺した。母上、あなたは今まで逃げた。

 話し終わると、徐庶は部屋を出て、外から扉の内側の鍵をかけた。

 急に程昱は徐庶に呼ばれた。
「母上の様子がおかしいのです。中に入ることはできませんか!?」
という徐庶の訴えに、程昱は扉を壊すよう指示を出した。
 部屋の中には、首を吊って息絶えた母親がいた。
「母上! 母上!!」
叫びながら、徐庶は母親の身体を地へとおろした。
程昱は遺体を見て、胸を高ぶらせた。
そこへ侍女が、程昱に小声で話しかける。
「程昱様。実は私、お二人の様子を途中伺いに行きました。徐庶様は部屋に入られていたのですが、これは」
「首吊りの老女の肉はまだ食したことがない」
「は?」
「いや、いい。その件については調べておく。お互い、言葉には気をつけねば」
「か、かしこまりました」
程昱は、死体に抱きつき泣き叫ぶ徐庶を邪魔に思いながら目を細めた。
徐庶が母親を殺した? そのような事はありえない。
徐庶の評判は聞いている。
親孝行であり、人情味厚く、自らの命を顧みず誰かのために人を殺せる者。
母親の為に人を殺しても、母親を殺すことなどありはしない。
母親が偽物でもない限り、そのようなことはありえないのだ。
母親が徐庶を徐福と呼んでいたのは気になるが、それが何なのだ。
偽の手紙には「徐庶」と書いていたが、この男なら偽の手紙と知っても、母親のために来ただろう。
徐庶は犯人ではない、殺された肉などどうでもいい!

どうやって「首を吊って死んだ老女の肉」を手に入れようか?

程昱は、ただそれだけを考えた。
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